アバター
「ねえ、魂染めた?」
「私はまだ。もう一回、いい色に染めちゃおうかな」
海辺に面した岸辺で、フェンスを背にセーラー服姿の二人が話している。
私は爽やかな彼女らをぼうっと眺めて、そういえばそんな世界だったと思い出す。
目の上にちらつく青の毛先を見つつ、別の場所へ視線を移した。
私の髪は海のような青に染まっている。魂染めの影響らしい。元の色はなんだったか私は分からない。そもそも、本体は棺におさめており、今の私は単なるアバター。要は分身のようなものだ。
理想の自分といえば聞こえはいいけれど、本当の私ではない。
本当の自分とは、なんなのだろうか。気になると急に怖くなる。今ある私とはいったい、誰なのだ。
言い知れぬ不安に苛まれ、海に来た。水面は相変わらず凪いでいる。前方に見える真っ青な空と入道雲も変わらない。まるでキャンパスに描かれたように見える。
じっと見つめていると吸い込まれそうだ。
なんて、幻想のようなことを思いながら見つめているし、自分の顔が水面に映り込む。整った顔立ちを縁取る青の髪。ミニスカートもセーラー服もよく似合っている。写真に写してもきっと違和感なく、きれいに見えるのだろう。
やはり、理想的な自分。どこまでも作り込みだ。目を伏せ、顔をあげようとした瞬間、水面が揺らいだ。まるで一滴の水の雫が落ちたかのように。そして、それを目を丸くして見つめていると、水面がさらに歪んだ。鏡のような平らな面の内側に竜巻が生じたようなイメージ。これはまずいと直感する。その内、強烈な風が全身を包む。逃れられない。私は海の中に吸い込まれた。
飲まれている間はよく覚えていない。ただ、息はできた。水の冷たさも感じない。気がつくと私は藍色の空間に立っていた。海の中ではないけれど、背景は間違いなく水の中。もしやここは噂に聞くダンジョンではないだろうか。
ぼんやりと周りを見ながら、歩き出す。
ダンジョンとは人の精神が作る魔境。現実に入り口が生じ、そこから中に入ることができる。そして、そこに広がるのはおのれの精神世界だという。だとすると、ここは私の心の中。なんとも釈然としないけれど、とにかく突き進む。
そこは水族館の中のような筒だった。一面がガラス張りになった通りを歩いて行く。足場すら透明で、進んでいるとまるで透明な流れに吸い込まれていくような感覚になる。
そして、ついに終点にたどり着いた。その先は一面のビーチだった。足元は真珠を溶かしたような白い砂浜で、目の前には壮大な地平線が広がっている。風が吹けば潮気が髪をさらい、爽やかな空気が全体を包む。空の青さも波の透明さも鮮やかに感じる。まるで本物の海に着たようだ。
しばらくの間見入って、立ち止まる。
知らず、胸がドキドキと高鳴っていた。言いようのない高揚感。でも、なぜか理解できる。私がこの景色が、この青が好きなのだ。見ているだけで愛おしい。この場に立っていると実感しているだけで、特別な思いになる。
ああ、そうか。私はずっとこれが欲しかった。青い色が欲しく、そのために魂を染めた。
だから、私の欲しい私はここにある。
この色が欲しい・この色になりたいという想いこそが、私が私である証なのだから。
ああ、だから私はここにいたのだ。
そう思うと気持ちが晴れる。空いた心に澄んだ風が吹き抜けていった。
気がつくと口元が緩み、目の縁を熱いものが流れていく。それを認めた瞬間にこの空間は崩れ落ちた。まるでガラスが割れるように、吹雪によって押し流されるように。
また、地面に立っている。今度は太陽の下、焦げたアスファルトを踏みしめていると、灼熱の空気がまとわりつく。幻想ではない本物の景色が目の前にある。生きているんだ。
実感すると喜びが湧く。見上げた空はどこまでも澄み渡り、地平線ものびのびと繋がっていた。
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