第4話 かけられた魔法

 血が飛び散った。耳障りな悲鳴を上げてゴブリンが倒れる。突きかかって来る錆びた槍を盾で受け流す。右手の剣を一閃。胴をなぎ払われたゴブリンがたたらを踏んで地に突っ伏する。

 その間にも残ったゴブリンが隙を見て攻撃しようとするが、全部見えている。

 欠けたダガーを突き出して突撃してくるゴブリンの腕を切り払い、盾で殴りつける。棍棒を振り回している奴は、足を払って一突き。

 信じられないほどに体は動いた。まるでどうするのか知っているように。剣を振る角度、受け流す時の力加減。

 夢想したことならある。物語の騎士のように、恐ろしい化け物を剣ひとつで倒す自分を。でも実際には、子供の英雄騎士ごっこでもレオはずっと騎士ではなくその従者役だった。素養判定の時点で、レオは剣を手に取ることを諦めた。治癒師ヒーラーには絶対に無理だと思っていたから。

 それなのにこれは何だ。

 足元に転がるゴブリンの死体を見て、レオは大きく息を吐いた。四体のゴブリンは、全てレオが一人で倒したものだ。

 ジョゼフィンはずっと背後で見守っていた。彼女の手にあるのは杖ではなく、美しい装飾の旗がついた細い槍だ。ジョゼフィンは空間収納の機能を持つ魔道具の腕輪を持っていて、旗槍はその中にしまわれていた。魔道具もピンキリだが、ジョゼフィンの持つ腕輪は間違いなくひと財産分の価値がある。


「お疲れ様、レオ君」

「お嬢様」

「なあに?」

「僕に、どんな魔法をかけたんですか?」


 まだ夢の中にいるような気分でレオはジョゼフィンに問いかける。

 強くなりたいと言ったレオに、ジョゼフィンは魔物と戦えと言った。最初は一匹だけのオオネズミ。次には二匹のオオネズミ。そんな風に少しづつ難易度を上げながら、二人は迷宮を進んできた。

 探索を始める前に、ジョゼフィンは腕輪から旗槍を取り出し、それを杖のように使って魔法をかけた。初めて見るその魔法は奴隷契約の時に少し似ていた。ジョゼフィンが魔法を詠唱すると、足元に魔法陣が現れて二人を魔力で包んだのだ。

 ジョゼフィンは詠唱の違う魔法を四つ重ねてから探索を開始した。

 付与術師エンチャンターは、対象の攻撃力を上げたり防御力を上げたりする魔法を使う者たちだ。普通の魔術師と違って強力な攻撃呪文を持たず、仲間のサポートがメイン。そのため、直接的な火力を求める冒険者の中では少数派だ。付与魔法を生かせば、魔道具製作の技師になることもできるため、わざわざ危険な仕事に就かなくても良いという理由もある。

 だから、レオも付与術師とパーティを組むのは初めてだった。だが、そんなレオでも何かおかしいと思う程度の知識はある。


「攻撃力強化。防御力強化。取得経験値増加と士気高揚」


 あり得ない単語が混じっていた。レオは自棄気味にジョゼフィンを問い詰める。迷宮に入る時あれだけ無理だ無理だと騒いだのに、いざ言われた通りにしてみればこの結果だ。気恥ずかしいと言うかなんと言うか。


「どうして僕は剣で戦えるんでしょうか」

「剣の適性があるからでしょ」

「何で盾が使えるんですか」

「盾の適性もあるからでしょ」

「その、士気高揚というのは、治癒師が剣で戦えるようになる魔法なんでしょうか」

「まさか。戦闘意欲を高めて、恐怖心を薄めるの。集中力も上がるけど、技能に影響はしないわ」

「じゃあ何で僕がこんなに戦えるんですか!?」

「それはレオ君の才能」

「嘘だ!」

「失礼ね!?」

「だって僕は弱虫の腰抜けでナメクジじゃないですか!」

「奴隷商でのこと根に持たないで!?」

「だって!」


 レオはジョゼフィンを振り向く。ジョゼフィンは昂然とレオを見返して言い放った。


「だってじゃない! それよりちゃんと怪我したところは治しなさい。貴方のお陰で私も新しい呪文を覚えたから、もう一つバフを増やすわ」


 レオが何か言う間もあらばこそ、ジョゼフィンは詠唱を始めてまた新たな魔法陣が足元に現れた。


「これは何ですか?」

「魔力回復強化」

「は!?」


 すうっと気分が爽やかになったような気がする。

 魔法は個人の魔力をコストとして発動するため、使うほどに魔力は減っていく。使いすぎると意識が朦朧として気を失ったりするのだ。魔力は自然回復するが、その回復スピードはさほど早くない。睡眠をとれば十分な回復が見込めるが、迷宮でそうそう休めるはずもなく、大体はある程度魔力を使ったら帰還するのが普通だ。

 気分がすっきりしてきたというのは、ジョゼフィンの言うとおり魔力が回復しているのだろう。


「間違いでなければ、さっき取得経験値増加って聞こえたんですが……」

「そのままよ。魔物を倒した時に得る経験値の量を増やすの」


 レオは目眩を覚えた。

 この世界では戦闘職業を持つ者が他の生物……主に魔物を倒すことで、その存在のエネルギーを得て強化されていくのはよく知られた事実だ。そのエネルギーのことを経験値と呼び、強化度合いを示すのがレベルである。レベルは一定数のエネルギー量を得ることで段階を踏んで上昇していく。

 つまり経験値の取得量が増えるということは、レベルを早く上げることができると言うことだ。そんな話聞いたこともない。魔力回復をサポートする呪文などというのも初耳だ。

 自分が無知なだけかと思ったが、それならば付与術師の取り合いになってもおかしくないはずだ。だが付与術師は人数に余裕のあるパーティが補助として入れている程度。

 ならばジョゼフィンは一体何なのだ。


「お嬢様……」

「ちゃんと傷を治すのよ。変に捻ったりしていないか、違和感がないかチェックして。魔力が足りなくなったと思ったら教えて。無理する必要はないから」


 ジョゼフィンは床に転がった戦利品を拾い集め、収納の腕輪にしまっていく。

 迷宮では魔物の死体は時間経過と共に消え、その後に魔石や素材を残す。迷宮の魔物が魔力でできていると言われる所以ゆえんだ。地上に生息する同種の魔物なら死体が残るので、この説はかなり有力視されている。今ももう床の血溜まりは消えていた。

 そもそも迷宮がどうやって発生するのかはまだ解明されていない。一説には澱んだ魔力が何らかの切っ掛けで構造物となったものだという。本当のところはわからないが、冒険者としては魔物を倒せば金になることだけ知っていれば十分なので誰も気にしない。


「できれば5階まで行きたいわね。そうすれば転移魔法陣が使えるようになるし」

「よく知ってるんですね」


 もはや呆れたようにレオは言った。迷宮には5階層ごとに転移魔法陣が存在している。


「階段の認証オーブはちょこちょこ出てるんだけど、レオ君はどこまで行ったことがあるの?」

「12階です」

「でもオーブは元のパーティに置いてきちゃったのよね」

「きっと捨てられてると思います」

「まあいいんじゃない? どうせ私もオーブ集めないと降りられないもの」


 階段も転移魔法陣も、利用するためには階ごとの認証オーブと呼ばれる宝珠が必要だった。3階の魔物を倒せば3階から4階へ降りる階段のオーブが。4階の魔物を倒せば5階へと降りる階段で使うオーブが一定確率でドロップする。

 オーブは上層のものを下層のものに統合でき、階段で認証した時点でその個人専用のものとなる。浅い階層はオーブのドロップも多いので、未使用のものがこっそり取引されることもあった。

 冒険者ギルドでは取引を推奨してはいない。実力以上の階層に冒険者が踏み込むことを危惧しているからだ。だが警告のみで取り締まるほどのことはしていなかった。結局階層に従ってそれなりの値段になってしまうので、買えるほど稼げるなら何とかなるだろうという判断だ。


「もうちょっと行ける?」

「大丈夫です」

「じゃあ……こっち」


 ジョゼフィンは迷わず一つの通路を選んで指差す。普通なら斥候職が魔物の不意打ちを受けないように先行して偵察するものだが、二人しかいないパーティにそれは望めない。

 しかし、これまでジョゼフィンの示す道筋に間違いはなかった。それどころか正確に魔物の配置を把握しているように思える。

 謎は増えるばかりだが、レオは素直に指示に従って歩き出した。治癒師が前衛を務めるなど変則的にも程があるが、今までで一番快適に探索ができているのも事実なのだ。

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