第5話 炎刀の一割

「あの、あれ、あの変なお方、炎さんのお知り合いですか?」

 そう言ってスイが指差した先には、一人の女が居た。

「いや、敵だ」

 一目見て炎灯理はそう判断を下した。


 その女はスイと同じく洋装を身に纏っていた。

 そしてひとつ傘を手にぶらさげていた。

 それは武装だと炎にはよく分かった。


「御機嫌よう、世界」

 恭しく世界に一礼。

「さようなら、貴方」

 こちらに軽く手振り。

「はじめまして、わたくし」

 凛と指し示し己を誇示。

「あ、どうも」

 まるでついでのような調子。

傘子かさご愛海愛あみめにございます」

 丁寧ながらざっくりと自己紹介。

「以後お見知りおきをくださらなくて結構です」

 一歩引き、どこか謙遜するように無礼。

「貴方様方はここで殲滅いたしますので」

 ゆるぎないこちらへの迎撃の意思を高らかに宣告。

「このわたくしが」

 胸を張り自信たっぷりに続ける言葉は冥土の土産。

「鬼没の神教師・ファントムレクターが」

 言うが早いが、傘子愛海愛なる少女は右手に携えた白い異国風の傘を並び立つ炎とスイに真っ直ぐ向けた。

「コンバート……ファイヤ!!!」

 傘子愛海愛の祈りに応えて、傘の鋭くとがった石突の先がぐにゃりと変形し、筒状になった。そしてそこから、火の塊が放たれた。

沈火ちんか淡精たんせい!!」

 対する炎の呼び声に応えてお護りが焔となって火の塊を迎え撃つ。炎の呼び出した小さい焔は傘子の出した火の塊の周りに薄く広がり取り囲んだ。周囲の酸素を燃やし尽くすことで、それ以上の延焼を防いだ。

「いきなりご挨拶じゃねえか……」

「あら、焔使い」

 傘子愛海愛は、意外そうに片手の平を口に当てた。

「刀ぶら下げた侍の癖に」

「侍じゃない」

 律儀に答えてやりながら炎灯理は、後ろ手にスイを庇う。

 スイは素直に炎の後ろに回った。

「俺の名前は、炎灯理。『蛇』クチナワのお護り使いだ」

「あら、ヤダ、商売敵」

「え、『蛇』クチナワって、商売してたんですか?」

「いや、してねえよ?」

 意外そうに炎に問いかける、スイに毒気を抜かれながらも緊張を保ち、炎は、傘子愛海愛から、視線を逸らさない。

 傘子愛海愛は愉快そうに笑って、スイに視線をやった。

「いえいえ、わたくし、『蛇』クチナワの人間『蛟』ミズチの構成員なもので、つまり『蛇』クチナワさんとは、大変よいライバル関係にありますのよ」

「誰がライバルだ。護り神の狂信徒野郎どもが」

「野郎じゃありませんけど」

「そうですよ、お嬢さんですよ。失礼なことは言ってはダメですよ、炎さん」

「……ちっ」

 前から後ろから、言葉尻に突っ込まれて、炎は軽く舌打ちする。

 緊張感がまるでない。

 どうやら、スイは『蛟』ミズチも知らないらしい。

『蛇』クチナワを知っていてお護りも『蛟』ミズチも知らない教育とは、いったいいかなるものなのか、改めて気にもなったが、今はそれをどうこう言っている暇はない。傘子愛海愛はライバルなどとふざけた調子で評したが、護り神に仕える『蛟』ミズチとお護りを使える『蛇』クチナワの仲は、そのような安穏とした仲ではない。

 炎に言わせれば、両者の仲は、ただの天敵だ。

「スイ、俺から離れずあいつと俺の間に出るなよ」

「……敵なのですか?」

 炎の真剣な様子にスイの声も真剣みを帯びる。

「ああ」

 炎は短く答えた。

『蛟』ミズチはお護りを護り神と崇めるが、『蛇』クチナワに神様を信仰している奴は……信仰できるような生い立ちの奴はそうそういねえよ」

「神を信じぬ不届き者は殺します。殺して活かして信じる心をその身に刻んであげましょう。これもまた布教者の役目でございます」

「絶対に断るよ」

 それは互いに戦端を開くに足る言葉であった。

「コンバート・ガトリング!!」

防火ぼうか霹靂へきれき!!」

 愛海愛の傘の石突から弾を連射される。炎の呼び声に応えたお護りが彼我の間に火の壁を作る。

 愛海愛の攻撃と炎の焔、ぶつかり合う熱が強い風を起こす。

 炎は一歩足を引く。

 スイに軽くぶつかる。

「きゃあ」

 小さい悲鳴。

 炎の背中にすがりつく手。

 炎灯理が守らなければいけないもの。

 やり遂げなければいけない任務。

 切り抜けなければならない状況。

「コンバート・シューティング!」

 愛海愛の傘の石突が変形し火の壁を突き抜けるほどの衝撃を有する単発の弾が発射される。

爆火ばくか・炸裂!」

 対する炎も狙い撃ち。弾を狙って爆発を起こし自分に到達する前に撃ち落とす。

「コンバート・スマッシュ!」

 次の弾は愛海愛の傘の石突だけではなく傘全体から発射された。

 スイが小さく呟く。

「乱れ撃ち……」

「……隙がねえ」

 愛海愛の攻撃は止む気配がない。

「あの炎さん。普通は銃なら弾切れとかあるものだと思うのですが、無限の攻撃なんてあり得るのでしょうか……?」

「使い手がお護りがそうであると定義すればそうなる。まして『蛟』ミズチにとってお護りは神の賜物だ。無限の恩寵を奴らが信じる限り奴らに無限は可能だ」

「……炎さんにとっては?」

「俺は残念ながらそこまで楽天家ではない」

「つまり」

「劣勢だ。……この物量はらちがあかねえ……いったん転進!」

「つまり逃走ですね」

「そうですよ! 目をつむれ! ……業火・軋轢!」

 まばゆいばかりの焔がはじける。

 熱さはそれほどない。

 それを目くらましに炎はスイをひっつかみ、ほぼ抱きかかえるようにしながら傘子愛海愛から距離を取った。

 背中に焔の勢いを受け転がっていく炎を傘子愛海愛は追えなかった。


「エンド・バリケード」

 敵の焔の勢いが薄れていくのを感じ取った愛海愛は小さく呟いて攻撃を取りやめ盾代わりにもしていた傘を仕舞う。

 周りを見渡す。

 当然ながら敵対していた男女二人は視界の中に居ない。

 周囲の被害は意外と小さい。

 焼け焦げた植物は痛々しかったが生態系を乱すまではいかないだろう。『蛇』クチナワの和装の男、炎灯理と律儀に名乗っていた男はどうやら焔の扱いに長けているらしい。

「……おやおや」

 そしてその中に異質な気配を愛海愛は感じた。

 そこには一匹の魚がいた。

 炎たちに置いて行かれてしまったらしい。

「これはこれは、神様」

 傘子愛海愛は魚に恭しく一礼した。

『…………』

 愛海愛は沈黙を保つ魚を見下ろしながら、傘をふわりと振った。

「コンバート・ボーリング」

 愛海愛が変形させた傘を魚のすぐそばの大地に突き立てると、そこに大きめの穴が開いた。

「コンバート・スプラッシュ」

 次いで、愛海愛の祈りに応えて、傘の石突からその穴に向かって水が注がれた。

「わたくし、火急のお仕事がありますのでしばしこちらにてご休息ください。すぐ迎えに参りますからね。我ら『蛟』ミズチにあなたを迎え入れましょう。歓待しますよ。神様」

『……神か。この老体にはもはや過ぎた言葉だよ』

 炎たちの前では見せないような殊勝さで魚は応えた。

えらをうまく使って魚は移動し、おとなしく水の中にその身を沈めた。

「うふふ。神様はどれだけ非力であろうと神様ですよ。わたくしたち『蛟』ミズチにとってはの話ですが」

『……わしは貴様は気に食わん』

『蛟』ミズチを気に入ってもらえれば万事問題ございませんよ。わたくし一人の祈りが神様に通じないのならそれはわたくしの精進が足りぬと言うことでしょう。それではわたくしはとりあえず」

 愛海愛は傘を空へと向けた。

「我らの神に捧ぐためこの山を仇敵もろとも丸裸にしてしまいましょう」

 凄惨な言葉。

「コンバート・ヴォルケーノ」

 傘子愛海愛の呼び声に応えて傘から焔が吹き上がる。それは火山の如く勢いを増し、燦々と山々に降り注いでいった。

『……だから気に食わんのだ』

 破壊されていく山を魚は苦々しい思いで眺めることしか出来なかった。


「炎さん! 鯉神様を置いてきてしまいました!」

 傘子愛海愛から十分距離を取り、疲労でその場にしゃがみこんでから、スイが開口一番そう言った。

「何かに巻き込まれていないなら大丈夫。『蛟』ミズチの構成員は神を害さない。保護する。だから人質にもされない」

 炎の知る『蛟』ミズチとはそういう連中だった。

「まあ『蛟』ミズチ『蛇』クチナワも結局は烏合の衆だけどな……」

「そこのところよく分からなかったのですが」

「なんだい」

「炎さんは神様を信じないと言いながらあの鯉が神様なのは認めていらっしゃるのですよね?」

「うん」

「矛盾していませんか?」

「そこに存在する神と信仰する神は明確に違うという話だ。神の存在は明確だが祈りを捧げる神は俺たちにいない」

 炎は早口で火急ではない説明を続ける。

『蛟』ミズチの神は信仰されている神だが鯉たちのような神は存在している神だ。鯉のはそうだな……アニミズムって奴だけどこれ通じないよな……」

 炎はリュウにドラゴンが通じなかったことを思い出す。

「ああ森羅万象すべてのものの中に魂が宿っているとの考え方ですね」

 炎の心配をよそにスイは納得したというような顔でそう言った。

「分かるのかよ」

「本で読みました」

「アニミズムが書いてあってお護りが書いてない本って何だよ」

 スイの知識の偏りは本当に不可解だ。だんだん気持ち悪くなるくらいに。

「母の著作です」

「母すごいな?」

 いや母親は『蛇』クチナワの人間、それもスイが言うには元研究員だったか。それなら著作があることは納得ではある。

 しかし炎はウォータープルーフという名の作者の著作に覚えがない。まだまだ珍しい外来語の名前の者がいれば、そこまで読書家というわけでもないが勤勉ではある炎の目にも止まっていたはずだ。

 考えられるのはスイのいう母の著作がこの霊山に住むようになった十年の間に執筆されたものだという可能性だった。

 それなら炎の記憶にないのはうなずける。

 しかしそれならば何のためのその著作は綴られたのだろう。

 誰に読ませるために?

「あっ、あの! 炎さん!!」

 ひとり黙考して俯いていた炎にスイが遠慮がちに声をかけた。

「ああ悪い。どうした?」

「……炎さん空が赤いです」

「夕暮れにはまだ早いんじゃ……な……」

 炎は絶句した。

 空を見上げると見覚えのある赤がそこにはあった。

 空から火の塊が降り注いでいた。

「……この霊山は火山だったか!?」

「かつては活火山だった跡はありますが観察の結果、現状では活動する様子はないと母は言っていました!」

「じゃあこれは……攻撃!」

 傘子愛海愛のお護りならぬ護り神。

 仕組みは分からないがとんでもない熱量だ。

「防火・霹靂!」

 炎はスイと自分の上空に焔の壁を作る。

「何か対策を考えねえと……」

 炎は焦る。

 傘子愛海愛、『蛟』ミズチの狂信者ならこのまま山を焼き尽くしかねない。

 川が枯れたのなんだの言っている場合ではない。

 山が燃え尽きる。

「でもこれじゃあ防火を張ったまま近付けもしねえぞ……」

「……風……」

 スイが小さく呟いた。

 そして炎の目をまっすぐ見つめた。

「炎さん。私に命、預けてみてくれますか?」

「……いいだろう」

 炎灯理は思い出す。

 スイ・ウォータープルーフと出会ったときに吹いていた風を思い出す。

 スイが何か案があるというのならそれに任せよう。

 駄目だったらその時はその時だ。

 スイは何も言わなかった。

 何も動かさなかった。

 ただ空を見上げて彼女は信じた。

「焔の壁を解除してみてください」

「……ああ! 信じよう! 昇火しょうか!」

 炎の声に応えてお護りは発動を止める。

 上空に降り注ぐ焔は見えない壁に阻まれて炎とスイに届くことはなかった。

「……よかった」

 スイは胸をなで下ろした。

「何だか分からんがよし! 行くぞ」

「ああっ、待ってください。危ないですよ」

 すくっと立ち上がった炎の手をスイが引く。

「風を操り周囲を真空状態にして、酸素と焔を遮断してるので、私のそばから離れすぎると真空空間に突入して体の内圧で内側から破裂とかしちゃいます」

「何か難しい話をしているな」

 酸素と焔。なるほどそれは不可分な要素ではある。何よりスイが焔と酸素の科学的な関係性を知っていたということが功を奏したのだろう。

「しかしお前のそれはお護りの話のようではなく物体の燃焼の話だな」

「そうですね物体の燃焼に酸素は不可欠ですが、たとえお護りの焔と言えどそこは変わらないようですね。仮にこの焔がそれを意識して護り神に祈って形成されたものならば無酸素空間でも物体を燃焼可能なんでしょうけどね。お護りは出来ることしか出来ないって結局そう言うことなんですね?」

「たぶんな……お前やっぱり風のお護り使いだったか」

「お護り使いという概念はまだ掴め切れていないですが……私は子供の頃から風を操れました。それは私にとっては自明のことで母も父も出来ないと聞かされたときは戸惑いましたが……幼少のごっこ遊びの延長みたいなものかもしれません」

「突然変異種、か……」

 お護り使いの多くはそのお護りを家族から受け継ぐ。何かを信じるにあたって一番身近なのは家族なのだ。

 家族、時と場合によっては村や町一帯が同じようなお護りを使うことがある。

 その一方でスイや炎のように・・・・・家族とは違う種類のお護りを使うことが出来る者もいる。

 それは炎のように後天的に自ら学んでそうなるものも多いが、スイのように物心ついたときに偶然にあるいは何かのきっかけで発動するものもいる。

「しかも媒介なしの自然発動型か」

「媒介?」

「お護りを使役する際の条件付け……より強固な確信をもってお護りを発動するために、大抵のお護り使いはきっかけを用意する。俺の焔は、呼び声に応える。ほら、豪火とかのことだ。あの傘子愛海愛なら傘の存在と『コンバート』って掛け声がそれだろう。『蛇』クチナワの中には他にも、布を媒介にお護りを発動する人や、対象を殴ることで発動する奴、てるてる坊主が媒介なんて奴もいる。中には己の存在そのものを媒介化してるなんて奴もいる」

「何か難しい話をしていますね」

「お前が難しいことをやっているという話だよ」

 炎には出来ないことだ。

「難しいことが出来なくたってやりたいことが出来ればそれでいいじゃないですか」

「いいことを言ってくれるな、スイ」

 炎は腰の刀に手を添えた。

「何にせよ自由に動けるのなら勝算はある。これから傘子愛海愛の狼藉を止める」

「愛海愛さんの存在が此度の災いの原因なのでしょうか?」

「いや、あの女がこの事態の解決の鍵を握っているとは思えない。あれはハイエナみたいなものだ。村の危機に付けこんで神を自陣に引き込もうとする火事場泥棒だ。鯉神様を助けてやらなければいけないとまでは思わんが、俺はこの破壊が気に食わない」

 炎はあずかり知らぬことだったがそれは鯉と一致した意見だった。

「だからあいつは排除する。『蛇』クチナワ『蛟』ミズチももはや関係ない。俺はむかついた奴をぶっつぶす。ただの喧嘩だ。懐かしいな」

「わ、私は喧嘩は初めてです。ドキドキします」

 炎灯理にとって喧嘩も戦闘訓練も幼少の頃から故郷や『蛇』クチナワでやってきたことではあるが、両親と暮らしていたスイには新鮮な体験らしい。

「安心しろ、俺はまあまあ喧嘩は強い……虎穴に入らずんば虎児を得ず……ひとつやってやろうじゃないか」

 スイは炎の言葉に頼もしそうに笑った。


 傘子愛海愛は先ほどまで炎と交戦していた場所で待機していた。

 むやみに歩き回るよりこの事態を炎が見逃せず帰ってくることを期待していた。

 何よりヘタに動けば自分自身にもヴォルケーノが直撃しかねなかった。

 期待通り、炎灯理は姿を見せた。

 木々の向こうに身を隠しながらそれでもこちらに視線をまっすぐ寄越す。

 背後からでも横からでもない。奇襲ではなく真っ向からの正面勝負。

 傘子愛海愛は即座にそれに応える。

「コンバート・ボム」

 着弾までの時間が長く、かつ攻撃範囲の広い爆弾を愛海愛は傘から発射した。

 炎灯理は自分にそれが接近するよりも早く高らかに叫ぶ。

「爆火・炸裂」

 愛海愛の近くで爆発した爆弾の爆風は愛海愛と炎どちらにも直撃する。

「相打ち上等だよ、この野郎!」

「野郎ではありません。笑止です。こちらはごめんです」

「いいや、お前は焼死だ」

 そう威勢を張って炎は急いで木の陰に隠れた。

 しかし愛海愛は見逃さなかった。

 木の陰から見えた炎灯理は刀の柄に手をかけていた。

「刀ですか。鞘を見たところ太刀ほどの長さとは言え……焔よりリーチがあるとは思えません。しかし警戒は必要……」

 たとえば今は姿が見えないが炎の隣にいた少女が空間転移のお護り使いならいきなり愛海愛の懐に入られる可能性だってあるのだ。

 そうでなくとも刀がただの刀かお護りの力を宿した刀かでも対処法は違ってくる。

「二刀流のいやらしさですね」

 戦法の二刀流はどちらを使うつもりかが重要なのではない。どちらでも使おうと思えば使えるというのが厄介なのだ。

 使おうと思えるのなら。

 しかし再び姿を見せた炎は何も仕掛けてこなかった。

 木の合間を縫って先ほどよりこちらに接近こそしたが、その歩みは姿を隠しながらとはいえ戦士としても剣士としてもいやにゆっくりだった。

 愛海愛は不審に思う。

 そして炎はすでに抜刀していた。しかしその刀に愛海愛は戸惑う。

「……それ刀ですか?」

 その刀は鎺の上が欠けていた。刃と峰と鎬が数センチ申し訳程度についてはいるが乱暴にギザギザに折れていた。

 炎灯理はまるで刀の無惨な様子に恥じ入ったかのように折れた部分を左手に隠すように押し当てたが、その顔は涼しいものだった。

「刀折れ矢尽きようと……俺の戦いに関係はない」

「刀使いではなく……刀を媒介した何か使い……」

 愛海愛が口の中でブツブツと可能性を展開している横っ面から暴風が吹いた。

 傘が風に煽られて愛海愛の体勢が崩れた。

「……偶然?」

 ではないだろう。あの少女のお護りが風の何らかだったと見た方が自然。

 しかしちょっとやそっとの風でやられるようでは傘を武器になどしていない。よろけながら愛海愛は傘の石突を接近してくる炎に向けた。この距離なら折れた刀など届かない。

「コンバート・ガトリング!」

血刀けつとうぶきまる

 

 炎の呼び声に応えてお護りが発動する。


 それは赤い刀だった。

 炎灯理が先ほどまで左手に隠していた刀の先にいつの間にか赤い刃が光っていた。

 血がつくる刀。血の成分が凝固して形作られる刀。血統がつないだ血刀。炎灯理の二刀流の真骨頂。

 鮮花村に、炎家に代々伝わるお護り。

 その切っ先が傘子愛海愛の傘の石突を斬り飛ばした。

 愛海愛は苦し紛れに叫ぶ。

「コンバート・クラッシュ!」

 その最後の祈りは暴発だった。傘子愛海愛の傘が弾け飛ぶ。

盛火せいか爆布ばくふ!」

 炎灯理もまた最大限の熱量で対抗する。

「お願い!」

 スイが叫ぶ。それはお護りに向けた声ではない自分自身のお護りを発動する心に向けた声だった。

 愛海愛からスイの姿は見えない。しかしその声はずいぶんと近くから聞こえた。

 スイの心に応えた風が酸素を纏って傘子愛海愛に激突する。

「ああ……」

 酸素を求め焔の勢いが愛海愛に流れ込む。

 身を護る傘はもうない。彼女の神はもういない。信仰が失われる。

最盛期環さいせいきかん……!」

 それは『蛟』ミズチの奥の手だ。炎はそれをよく知っていた。だから阻止しなければいけない。

直火ちょっか・突進」

 炎は自身の体に焔を纏う。そのまま愛海愛に体ごと突進した。

「炎さん!」

 スイの声がやけに遠くに聞こえる。

 そしてすべてがぶつかり合い焔と酸素が密集し炎と愛海愛を中心に大爆発が発生した。


 手の平から出血のショックと爆発の勢いに当てられて炎灯理は気を失った。

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