第4話 筒中魚を生ず
「ということで報告は以上だ。何か申し開きがあるなら今のうちだぞ」
炎灯理は意識してとげとげしく上司にそう言った。
『ないよ。ないない。私の関知するところではないね。霊山に入った元
相手には炎のとげとげしさなどどこ吹く風であった。
「……心当たりは?」
『ありまくるよ。わざわざ名や関係性を娘にまで騙っているとかじゃない限りね』
相手は小さくため息をついた。
『しかしまあ、寿退職とはなかなか愉快な嘘をついたね。ウォータープルーフ夫妻……出奔した脱走者』
脱走者。
「……嫌な言葉だ」
『私だってこんな言葉を使うのは辛いよ。しかし彼女らにはそういう他ない。何故ならウォータープルーフ夫人は私の代における白無垢の少女だったんだからね』
白無垢の少女。それも炎に言わせれば嫌な言葉だった。
さすがにそれを上司に言うことも出来ず炎は会話を続ける。
「……脱走者であんたにしてみりゃ手痛い裏切り者だったと言うことか」
『まあね。しかし死んでしまったかあの二人……長生きできるような人間性の持ち主じゃなかったとは言え……うん感傷めいたものはどうやらこの私にもあるようだね。驚きだよ。炎、君も驚くんじゃない?』
「どうでもいい。で、ヒントはくれないわけだ?」
『あげようもない。私には分からない。二人のことは知りすぎていて何から話せば良いのか分からない』
「どんなお護り使いだったかくらいは言えるだろう」
『夫人は白無垢の少女だ。君も知っての通り特定のお護りを持たなかった。旦那の方も同じくお護り使いとしては下の下だった。彼女らはお護りをろくに扱えない二人だった。そういう意味でも明言できることはない。悪いね』
「そうか、そりゃ残念。ところで一つ疑問があるんだが」
『はいはい』
「その二人の出奔が十年前と言うことに間違いはないんだよな?」
『ないね』
「……スイは物心のついた頃から霊山にいると言った。しかし聞いてみればスイの年齢は十六だった」
『うん。計算が合わないね』
「六歳の頃の記憶……個人差は多少あるだろうが結構な人間があるはずだよな。少なくとも俺にはあるぞ」
『……炎、君は何を信じる?』
上司がしてきたのは答えではないさらなる問いかけだった。
「……己れ以外は何も信じない。結局それがお護り使いだ。俺は俺のやるべきことをやる。そこにつまずきがあろうとも前に進む」
『うん、君を選んで正解だった。がんばってね』
「……了解」
炎と上司の通信はそこで終了した。
わざわざ外で通信をしていた炎は村長の家に戻った。
「
「ああつつがなく」
顔を洗ってすっきりした様子のスイが炎を待っていた。
服ばかりは洗っている暇もなく、薄汚れた洋装のままだった。
「着替えは借りなかったのか」
「和服に慣れてないので……山歩きにはちょっと」
「その長いスカートも俺から見れば大変そうだけどな」
「スカートも袴も大して変わりないのでは?」
「そう言われてみればそうなのかもな」
服のことなど炎にはよく分からない。興味もない。
霊山に登ることには村長とリュウ、何より医者から反対を喰らうかとも思ったが彼らは存外穏やかに炎たちの出立を見送ってくれた。
「どうぞお気をつけて」
「ありがとうございます」
「はい、炎兄ちゃんスイ姉ちゃんお水」
リュウは竹筒に水を用意してくれていた。この村で水が貴重なことはスイももう分かっている。仰々しく竹筒を胸に抱いてスイは微笑んだ。
「ありがとう、リュウくん」
「お医者さんも反対しないんすね」
炎はさすがに気になり尋ねた。
「……今更だ。霊山が十年前にすでに侵略されていたというのなら川が枯れた今、侵略者が増えようと大して変わらない。事態が悪化するとしてもこのままならどうせ死に行く村だ。お前たちに賭けるのも悪くはない。ろくな賭け金ももう持ってはいないがね」
「冷静な判断でなによりです」
「お世話になりました」
スイは深々と村長とその家人に頭を下げた。
炎とスイは連れだって歩き出した。
霊山の入り口には大きな石が置いてあった。
石には注連縄がかかっていて、いかにも立ち入り禁止という主張をしていた。
炎は足を止めて山道を眺める。
基本的に人間が立ち入ることのない山の道は草木が生い茂っていた。
獣道というやつだ。足元は悪い。
「お前よくこんな道をたどってきたな」
「上の方の私たちの家がある辺りはもう少しきちんとした道がありますよ。私たち一定の高さから下には下りずに暮らしていましたのでここら辺には道はありませんけど」
「そうか」
スイと両親が三人で暮らしていたのだ。それなりに道は整備していなければ不便だっただろう。
「じゃあ途中から下りてくるの大変だっただろう」
「それが実は記憶がなくて……」
「ああ鯉野郎に操作されてたのか」
「鯉野郎?」
「……鯉神様」
鯉に感謝しているらしいスイに鯉を燃やした上に河川敷に放置した雑な扱いがバレたらいきなり信頼を失うかもしれない。
炎はそう思ってなるべく丁重な言葉遣いで言い直した。
スイは特に引っかかりを覚えた様子もなくふむふむと頷いた。
「とにかくある程度より下は私には全然見覚えのない場所になってしまうので、そういう意味ではお役に立てるのは後半戦になるかもしれませんね……」
「川の源泉に連れて行ってもらえればそれでいいよ。そこら辺から枯れているんだったな?」
「はい。川というか大地の裂け目みたいになっていますね」
村の川の跡のような感じだろうか。炎は想像する。
「何はともあれ行くぞ」
「はい」
炎とスイは霊山に足を踏み入れた。
霊山と呼ばれるからには何かお護りめいた妨害反応も警戒していた炎だったが、それらしき反応はなかった。スイも特に何かを感じている様子はなかった。
行く手を阻むうっそうとした植物。
足元に蔦。
目の前に枝。
炎灯理は山道を先導し、木の根や茎に何度も躓いた。
スイ・ウォータープルーフはそれを見ることで一回も躓かずに進むことが出来た。
時折分かれ道めいたものに出くわす度にスイは少し迷ってから多分こちらだと方向を炎に示した。
そしてまた植物の障壁が広がる。
この山には体の大きな動物はほとんど住んでいないのだろう。そう考察できるような人間にはとても厳しい獣道であった。
「……焼き払っちゃダメかな植物」
炎は早くもお護りに頼りたくなってきた。
「少しくらいなら問題はないかと思いますが、あまりやりすぎると生態系が乱れてしまいますよ」
スイがもっともらしいことを言う。
「……お前ら一家が移住したことが何よりの生態系の乱れだったと思うんだが」
「ごめんなさい……でもそう言われても私にはそれ以前の記憶がないので……」
「謝るな。軽口だ」
シュンとしたスイに炎は慌ててフォローを入れる。
「別にお前に謝られなければいけない理由はどこにもない」
「軽口ならもう少し軽い口調でお願いします。炎さん色々かたいんですよ」
「悪いな性分だ」
「それこそ謝られる理由がありませんよ」
そう返してスイは何やら楽しそうに笑ってみせた。
状況のわりに彼女は落ち着いていたし、楽しそうだった。
「焼き払うよりはお腰の刀で切り開く方がまだ良いかと思われますが」
「ああこれか……これはちょっとな」
炎は言葉を濁した。
「最初に言っておくべきだったな。俺は刀を使い惜しむ。俺の刀は少し特殊なんだ。刀を抜くときは最後の手段だと思ってくれ」
「そうですか」
スイは深く追求してこなかった。
「ところで焼き払うってマッチに油でもお持ちですか? 炎さん見たところお腰につけた刀以外に大した荷物はなさそうですが」
「俺は焔のお護り使いだから……いや、お前はお護り使いが分からないんだっけ」
「初耳でしたね」
「見せた方が早いな。
炎の呼び声に応えたお護りは手の上に灯りになる程度の小さな火球を生じさせた。
スイは目を丸くした。
「手品ですか?」
「手品は知ってるのかよ」
それなら手品と偽られてお護りを見せられたりしてないだろうか?
「手品なら母が得意でよく見せてくれました。小さな石が体のあちこちを移動するとか絵の描かれた札のどれを引いたか当てるとか何もなかったはずの箱の中からウサギが出てくるとか」
「ふーん」
それは確かにお護りではなく手品である。炎も幼少の頃に
「幼少と言えば炎さんはおいくつですか?」
「十八」
「私よりお兄さんですね」
「そうだな。……ウサギってこの山にいるのか?」
「はい。美味しいです」
「食べ物扱いか……」
山で自給自足を営んでいるならそうなるか。
獣道の大きさを見るに牛くらいの大きさの生き物は恐らくいない。
食べていてもウサギのような小動物になるだろう。
「飼育してはいないんですけどよく狩りはしましたよ」
「そうか……美味いのか?」
「炎さん食べたことないんですかウサギ?」
「……動物由来の食べ物が苦手でね」
「あら、偏食家。それじゃあ大きくなれませんよ……と言いたいところですがもう大きくなってますね」
スイは後ろから炎の頭に手をかざして自分の背と比べる。
顔くらいの差がそこにはあった。
スイはさらに炎の頭より上に手をかざしながら喋り続ける。
「私の父は炎さんよりもう少し背が高かったと思いますが……もしかして炎さんの身長は世間的にはそんなに大きくなかったりしますか?」
「普通かな」
「そうですか。ああでも安心しました動物由来の食べ物をお食べにならないのなら鯉神様を食べちゃったわけではないんですね」
心外な心配をされていた。
炎が心を砕いていた割には最初から疑われていたらしい。
「疑ってたのか」
「はい。だって鯉神様は美味しそうでしたし……」
「食べ物扱いなのか……」
お護りを知らないとはいえ喋る魚を食べる気になれるスイに炎は少し引いた。
「お魚は貴重な食料ですよ?」
スイはスイで心外だと言わんばかりの剣幕であった。
「そうだとしても選ぼうよ……」
その剣幕にやや押されて炎は語尾が甘くなった。
「選ぼうにももうお魚がいないですし……」
そうだった。
枯れた川にいた魚たちはすみかが干上がったことでどこへ行ったのだろう。
枯れる前に逃げ出せたのだろうか。
それとも死んで土に帰ってしまったのだろうか。
水の中の魚が土に帰るというのも変な気がする。
「貴重な食料源だったのでまあ困りましたね……正直水たまりに鯉神様を見つけたときは天の恵みだと私は本気で思いました。しゃべり出してびっくりしました」
「そうかそりゃ残念だったな」
「そういえば私はこのお山で他にしゃべる魚を見たことがないのでびっくりしたのですがもしかして外の世界ではしゃべる魚は普通だったりしますか?」
「そんなことはないよ。普通に希少だ。あれは鯉神様……お護りの一種だからしゃべれるだけだ。大艇の魚はぱくぱくと水中で空気を放出するだけだよ」
「はあ……ところで結局お護りって何なんですか?」
「……」
リュウにした解説をもう一度しなければいけないのかと炎は少しくたびれた。
道を進みながら炎はもう一度お護りの解説について頭を張り巡らせる。
「お護りとはお護り使いが使役する能力だ。その能力は多岐にわたる。俺の場合、この焔と刀がお護りだ。お前も自給自足をしているなら焔を熾したことはあるだろう?」
「はい。マッチとか火打ち石とか。あと木同士をこすり合わせるとか。いろんな火起こしの仕方を父から習いました」
川が枯れたのは母の領分。手品も母の領分。そして火起こしは父の領分か、と炎はなんとなく気になった。
しかしそこに突っ込むことはせず炎は解説を続ける。
「俺にはマッチも火打ち石も不要だ。俺は願えば焔が出せると信じているし知っている。それがお護りでお護り使いだ。他のお護り使いもそうだ。これが出来ると思っていることが出来る。その発動の仕方は多々あるがお護り使いの根幹は信じているかどうかだ」
リュウにしたのとは違うアプローチになっていることを自覚しながら炎は自分でも考え考え言葉を探す。
「あの魚……鯉神様も自分を神だと信じている。ゆえにあいつはお護りにして神なんだ」
「それは他の誰も信じてなくてもいいのですね……」
理解が早い。
「まあ他の人間が信じてくれていた方が手間は少ない。こうやっていちいち説明しているうちに自家中毒になって自分のお護りを信じ切れなくなることがあるからな。だからお護り使いは基本的にお護り使いで徒党を組む。
「つまり私も炎さんを信じた方が良いのですね!」
「うん。まあでも別に無理はしなくて良いぞ。俺は俺を信じているからな」
そういえば、と炎は思い出す。
あの奇妙な風は何だったのだろう。
炎はあの風をスイのお護りだと思った。
しかしふたを開けてみればスイはお護り自体を知らなかった。
自分がお護り使いなどと夢にも思っていないようだった。
しかしあれはお護りだ。炎には直感に似た確信があった。
だからたとえば、スイは風のお護り使いだが、本人は風というものは誰でも操れるものだと勘違いしていれば、お護り使いだと自覚せずに風のお護りを使えるかもしれない。
しかしそうだとするとそれを指摘するのには一工夫がいる。
下手な触り方をするとスイから風のお護りを奪ってしまいかねない。
なるべくなら炎はそれは避けたかった。
炎が無言でしばらく歩いているとスイが後ろから声をかけてきた。
「ところで炎さん、私ちょっと困りごとが」
「はい」
「疲れました」
炎はスイを振り返った。彼女は脂汗を流し肩で息をしていた。
「……ここらで休むか」
炎の不手際だった。考え事に夢中で肝心のスイへの意識が足りなかった。
「申し訳ないです……」
「お前は病み上がりみたいなもんなんだ、気にするな」
炎は殊勝な思いで続ける。
「というか気付かなくて悪かったな。俺としてはついてきてくれただけで有り難いんだ。いくらでも休憩は申し出てくれ」
「優しいですね、炎さん」
「別に。ここで変に落ち込まれたり、へそでも曲げられたりしたら困るからな」
「照れ屋ですね、炎さん」
「……うるせえよ」
炎はそう言いながら羽織を脱いで二人が腰掛けられるくらいの大きさの岩にかけた。
「座ろう」
「あらありがとうございます。意外と紳士なんですね」
「意外と」
「意外です」
「……そうか」
「でもいいんですか? 汚れちゃいますよ?」
「構わない。別にこの羽織は貴重なもんでもないからな。
「ああ、お山の外では服ってそういうものなのですね……」
スイはふむふむと頷きながら石に腰掛けた。炎もその隣に座る。
いくら自給自足とは言えウォータープルーフ一家は一から服を作るような暮らしはしていなかったらしい。
「しかしその服はなんでまた洋服なんだ?」
炎は被服に興味がないのであまり詳しくはなかったが、自分で繕うなら和服の方が簡単そうに見えた。
「ああこれ母のお下がりです。昔着ていたらしいです」
「そうか」
形見か。
それならば、炎と一緒だ。
炎は額がうずくのを感じた。
「お水にしましょうか」
「そんなご飯にしましょうかみたいな」
そう言いつつ炎とスイは並んで竹筒を開けた。
渇いた村の貴重な水分だ。ありがたくいただこうと口を開けて竹筒の入り口をつけて、そして炎は噴き出した。
「ぶほあッ!?」
「炎さん!?」
スイが飛び跳ねた。
炎の水筒の中には巨大な魚がいた。
『よっ』
例の魚神様が、水筒の中を優雅に泳いでいた。
「うええ、生臭い……もうこの水筒の水飲めねえ……」
「よ、よかったら、どうぞ……」
口を押さえてうめく炎にスイは、自分も口をつけたばかりの水筒を差し出した。
それを受け取り口を漱ぐ炎に、魚神様はにやりと笑った。
魚が笑うな。
『ざまあ』
「……
炎の呼び声に応えて、お護りの焔が魚神様を包み込む。
『おぎゃああああああああああああ』
「あら、香ばしい魚の香り」
『喰う気だ!?』
「腹が減っては戦は出来ませんから」
『……最近の人間はどいつもこいつも逞しすぎる』
「ねえ炎さん炎さん。そろそろ止めてくださらないと鯉の神様がこんがり焼け終わってしまいます」
「……沈火」
スイに言われたタイミングで炎は火を消す。
どうせ頃合いを見計らって消すつもりではいたのだが。
「で、あんた何でこんなところに居るんだ」
『リュウとか言う少年が医者の家への道すがら拾ってくれた』
「言っとけよ、リュウ……」
炎は少年のあどけない顔を思い浮かべる。
どういうつもりなのか。嫌がらせなのだろうか。自分は嫌がらせを受けるようなことしただろうか。したかもしれない。
「またお会いできましたね鯉の神様」
『うむ』
嬉しそうなスイに神様扱いを喜んだのか鯉は威厳たっぷりに頷いた。
魚が頷くな。
「何の用だよ。お前は人間への警告を終えたのだからやることなどもうないだろう」
『その娘一人を案内人にするには心許ないだろう。わしも連れて行くといい』
「お荷物が増えるだけじゃねえか……」
「す、すみませんお荷物で……」
「言葉の文だ気にするな」
スイは気にしすぎだが炎は気を遣わなすぎであった。
「まあいいや、なあ魚野郎。気になってたんだけどよ」
鯉は炎の言葉に面倒くさそうに炎を見た。
「川が死んで、山も死に体。それでも、あんたほど年季の入った神にもなれば、生き延びることも、ここから逃げ去ることも造作もない。違うか?」
自立性の野良お護りはいくらでもいるが、ここまで意志を強く持った流暢に話せるお護りとは炎もそうそう出会ったことがなかった。
魚野郎だなんだと小馬鹿にしてはきたが、炎はその点においては実は鯉のことを高く評価していた。
『ふふん。わしはな、この姿がこの生き方がこの山が気に入ってるのさ。何せ、この状況で三千年近く、ずっと「ある」もんだからな。今更、変えようとも、逃げようとも思わんさ』
「だったらなんでわざわざ人間に忠告なんてめんどうなことを……?」
リュウは鯉の神に心当たりがなかった。
元々鯉の神は人間と関わるような神ではないのだろう。
つまり人間に警告するために山を下りるのは鯉が気に入っている自分の姿とは少し異なるもののはずだ。
『それは仕方ないのだ。わしは応えるためにも、どうしてもその娘を利用せにゃならんかったんだ』
「応える? 誰に?」
『実はなその昔、まだ駆け出しの神だった頃、熊公に襲われてな。その窮地を気まぐれな人間の若者に助けてもらったことがあるんだ。それで、わしはなんでも言うことを一つ聞いてやると、そいつに言ってやったんだ。そいつはな、笑ってこう言ったのさ。「あんたみたいな弱っちい神様にしてもらいたいことなんかないさ。そうだな、でも、どうしてもって言うんなら、遠い未来。俺すら死に果てた未来に、もしもこの村の連中に危機が迫ったら、それを報せてやってくれないか?」ってな。奴はまあ、半分は冗談のつもりだったんだろうが』
鯉はとても懐かしそうに嬉しそうにその話をした。
しかし炎は何かに気付き、渋い顔をした。
「でも、それって、つまりはアンタの在り方を……」
『ああ。お護り性の強い神に酷いことを言う奴だろう? なんでも聞いてやるとわしは言った。そしたらそいつがそう答えた。だから、わしはそれに応えたのさ。呼び声にお護りは応えた。契約は結ばれた。むろん、あの頃ならいざ知らず。今のわしの力を持ってすれば、そんな約束、白紙に返してやることも出来るんだ。熊公からだって逃げられるんだろう。それでも、わしはあの時、この若者に応えてやりたいと思ってしまった。だから、応えた。それだけのことさ』
お護りは人の呼び声に応えるものだ。
それがどのような呼び声であっても人間がお護りを信じればお護りは発動する。
この鯉は大昔に若者の声に応えた。
その結果が渇いた村への救援のための神託になったというのだ。
それが何年前のことかは分からない。魚自身も詳しい年数など覚えていないだろう。
しかし炎にはそれはあまりに長い制約に思えた。
約束を守り続けことは辛く厳しい苦難の道だ。
炎は十年の間守っている。
それだけでもうとうに音を上げそうだ。
鯉は何千年守るつもりなのだろうか。
炎は胸のどこかが傷むのを感じた。
「よく分からないお話し終わりましたか?」
そんな炎と魚の気持ちなど露も知らず欠伸をかみ殺し、伸びまでしながらながらスイがきく。
よく知らない人間は呑気なものだ。
暢気なスイはそのまま炎の後方を指さして、首を傾げた。
「それなら良きところでお聞きしたいのですが、あれ、炎さんのお友達ですか? あの変な人」
変な人を友達だと思われるのは心外だった。
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