第3話 霊山に入らずんば霊験を得ず

「あ、村長の家、あれ」

「おう」

 しばらく行き歩いた後リュウが目的地を指し示した。

「村長ー! お護り使いー!」

 村長の家、村の中では一番でかいが、やはりどこか寂れた感じのある家の前でリュウは叫んだ。

「はいはい」

 見るからに好々爺という感じの丸っこい初老の男性が出てきた。

「どうしたリュウ? お護り使いがなんだって?」

 小首を傾げながら彼はリュウを見てその後ろの炎を見て最後に炎の背中の少女に目を留めた。

「おや、そちらのお嬢さんは?」

「まだ、よく分かんねえ。こっちは『蛇』クチナワの炎。すっげえ強いよ。俺がお医者先生を呼んでくるから、この姉ちゃんに寝床貸してやって」

 要点だけさっさと口にしてリュウは村長に背を向けて走り出した。

 リュウと村長のやりとりに口を挟むきっかけを見い出せずに黙って立ち尽くしていた炎はリュウの説明では足らないだろうと判断して口を開いた。

「急に申し訳ありません。自分は『蛇』クチナワに所属するお護り使い、炎灯理と言います。実はこの村には……」

「どうぞお上がり下さい」

 炎が全部言い終えるのを待たずに村長は炎を家に招き入れた。

「いや、あの、良いんですか?」

 こんな見ず知らずの怪しい不審者を。口にこそしなかったが、炎はそう思った。

「何もおっしゃらずとも、子どもが手放しに信頼している方を疑うことはしませんよ。あの子の人を見る目は確かです」

「……はあ」

 あんな子どもを信頼する。一見びっくりするぐらいのお人好しぶりだったが、そう言えば炎もリュウに話しかけた時はリュウを利用することを考えていた。

 そのもくろみは考えていた以上の結果を導きつつある。

 最初に炎に怯えていた雰囲気がどこへやらリュウはすっかり炎の協力者のようになっていた。

「そちらのお嬢さんはどうですか?」

 自分の家に炎を招き入れ、家人に寝床の準備を申しつけながら村長は炎の背中にいる少女の様子を窺った。

「あ、ああ。素人の判断ですが命に別状はありません。しかし……」

 少し少女のやつれた顔に目をやって炎は言い澱む。

「かなり、疲れてる」

 背負ったときから少女の体が非常に痩せ細っていることに炎は気付いていた。

 あの時、少女が倒れてしまったのは鯉、慧眼を持ち、神にも匹敵するあの野良お護りが体から抜けた反動もあったのだろう。しかしそれだけでなく少女自身の体の不調も原因の一つではあったようだ。

 少女を思い遣るような表情で炎の説明を聞きながら村長は家人が整えた客間に炎たちを通した。

 そこの寝床に少女を寝かせながら炎は会話を続けた。

「……彼女に見覚えはありますか?」

「いえ、村の者でないことは確かだと思いますが……炎さんのお連れの方では無いのですか?」

「ええ」

 どう説明したものか迷い、炎は河川敷でのやり取りを思い出す。

「……彼女は、おそらく」

 それは、この村に住むものには大きな意味を持つだろう一言だった。

「あの霊山からの使者です」

 あの鯉の言うがままを口にするのは少し癪な気もしたが炎はそう言った。


 リュウに呼ばれてきた医師は四十がらみの背の高い痩けた男だった。

 彼は炎の羽織にある蛇の紋を一瞥するとフンと鼻を鳴らした。

『蛇』クチナワからか」

「どうも」

 部屋に入ってきた医者に、炎は座ったまま、首だけで礼をした。

 彼には『蛇』クチナワについて詳しい説明は不要のようであった。

 しかしどうにも雰囲気がとげとげしい。

『蛇』クチナワの研究者がいるなら、お嬢さんの気絶ひとつ私を呼ぶまでもないのではないか」

「あいにく俺は見ての通りの戦闘員だ」

「そうだろうな。腰にぶら下げた刀を見れば分かる。天変地異の対応に侍を送り付けるとは、『蛇』クチナワはこの事態を解決する気がないと見える」

 医者の不機嫌さに侍ではないと訂正して一悶着起こす気も起きず、炎は言い返した。

「上の気は知らないが、俺は解決する気満々だ。そのためにここに来ている。あんたもこの村をどうにかしてほしけりゃ、そいつの治療をちゃんと頼む」

「このお嬢さんが、何か関係しているとでも?」

「こいつは、霊山からの使者だ」

「それってあの魚の神様じゃないの?」

 医者を連れてきたリュウがきょとんと首を傾げた。

「ああ、だが、その輿であろうと、霊山から遣わされた者には違いない。少なくとも、あの山に立ち入ったりはしないこの村の人間よりは内情に通じていると見ていい」

「……あの山に、まだ生きていたとは」

「え?」

 リュウへの炎の説明に対して医者が小さく呟いた言葉に炎は彼を見上げた。

「あんた、何を知ってる?」

「……話は後だ。まず私に患者を見せろ」

「ああ、頼んだ」

 医者はテキパキと少女の容態を確認していく。その手際は『蛇』クチナワの医者たちと比べても遜色なく手慣れていた。

 炎は安心して少女を医者に任せることが出来た。

「命に別状はない」

 医者から下った診断ははっきりとしたものだった。

「過度の疲労が見られるから目を覚ましたら何か栄養のつくものを喰わせてやる必要はある。頼めますか村長」

「ええもちろん」

 村長は医者の指示に頷くと家人に指示を出すため退席した。

 その姿を見送って医者は小さくため息をついた。

 何か重苦しいものがその一息に凝縮してあるかのような深いため息だった。

「……もう十年前の話だ」

 医者は炎に語り出した。

 その姿はあえてリュウを見ないようにしているようだった。

 この村の人間には聞かれたくないものだと態度が如実に表していた。

「幼い少女連れの若夫婦がこの村を訪れた。この村は今のように枯れる前だって大して名所とも言えない場所だった。強いて言うなら風光明媚な霊山を遠くにのぞむくらいのものだ。だからこの村に来た親子の旅人に村の連中は珍しく思いながらももてる限りを以てもてなした。しかし村人たちはすぐにそれを後悔することになった。彼ら親子が霊山に足を踏み入れると言い出したのだ。もちろん全員が反対した。その議論は白熱したものとなった。しかし、翌朝、村人が目を覚ますと、彼ら親子の姿はなかった。しかし、その後、特に問題もなく山からの音沙汰もなかったがために、私は彼らが山に登るのはやめたのだろうと思っていた」

「……いや反対って、この村の霊山の崇め方からして、結構な大反対だったはずだろ。何でいなくなるの気付かないくらい皆で寝ちゃったんだよ」

「そうだよ、村人総出で止めなよ」

 炎の疑問に何故かリュウも炎側について医者を責めた。

「寝る気がある者など、もちろん居なかった。それにもかかわらず、気付いたときには朝が来ていた、らしい」

「……らしい?」

「私が直接、見聞きしたのは親子三人がこの村に来て、霊山に行くと言い出した時までだった。その直後、今は廃村となった隣村の住人が急患だと私を呼びに来た。その処置にはまるまる一晩かかった。それを終えて村に帰ったところ、一人の例外もなく村人全員が寝こけていた訳だ。その三人のことなど、忘れ去った村人がな」

「忘れ去ったって」

「言葉通りの意味だ。誰も覚えちゃいなかった。だーれも、なーんにも」

 医者は投げやりにそう言った。昔の行いを懺悔すると言うにはあまりに雑な態度だった。

「つまり、その時の家族と一緒にいた子供がこの女だと?」

「母親と言えるほど歳が行っているようにも見えないだろ」

「見た目年齢なんか、どうにでもなるさ、そいつらが『蛇』クチナワのお護り使いであったというのならば」

「そうだとしても、母親の方とは、全然似通っていないんだ、このお嬢さん。子供の方はこのお嬢さんと同じく、癖のついた銀髪だったが、母親の方は真っ直ぐ伸ばされた黒髪だったのだから」

「ふうん」

「……この十年、俺はそれを忘れるようにして生きた。村人の誰もが忘れてしまったのだ。俺一人が覚えていても意味がない。幸い、その後も霊山には特に異変はなかった。だから彼らはそもそも霊山にだって行っていないかもしれない。そう思った。しこりを感じながら、俺はそれを信じた……信じたかった」

 医者は顔を歪める。ただでさえ不機嫌そうな顔が苦渋に歪む。

「川が枯れて俺はあの時のことを思い出すようになってしまった。あの時の彼らはやはり霊山に登ったのではないか。十年かけて山に災いをもたらしたのではないか。俺たちの村に仇をなしているのは、俺たちの村が渇いてしまったのは、川が枯れてしまったのは、あの時俺たちが止められなかったあいつらのせいなのではないか、ここ最近ではそういう思考にとらわれるようになっていた」

 苦々しい言葉は炎に攻撃的に向けられ続けた。

「だから、俺は、『蛇』クチナワが嫌いだ」

「……理解したよ」

 嫌悪の感情を向けられるのは愉快なことではない。しかしその理由が分かってしまえば炎はそれを受け入れることが出来る。受け入れてしまえる。

 それは炎の美点だった。

「二つ、確認だ。まず、あの霊山には雨降らしの龍が避けるような何かがあり、この村には雨が降らなかった。それはこの村にその親子が来る前からか、来た後からか?」

「前からだ。俺の祖父のそのまた祖父の代からずっと霊山には雨降らしの龍が避ける何かがあると教えられてきた。雨が降らないのはあの一家のせいではない。それは間違いない。ただの昔からのこの村とあの霊山の特性だ」

「そうか」

「お話しまとまりましたか?」

 村長が自ら食事と水を持って部屋に戻ってきた。

「おかゆにしてみましたいかがでしょう」

「良い判断です。あとは彼女が目覚めるのを待つだけですね」

 医者は淡々と答えた。

 炎に過去の話と『蛇』クチナワへの嫌悪をあらわにしたときの雰囲気はもうなかった。

 炎は医者の話を反芻する。医者は十年前の家族のことを『蛇』クチナワの関係者と決めつけているようだったが、それも妙な話である。『蛇』クチナワの人間は原則、『蛇』クチナワの領土に住んで共同生活を送っている。

 それはまるで炎のかつての故郷のような景色で正直に言って炎はそれをあまり好ましくは思えていないが、そこから出てよそで暮らす『蛇』クチナワの人間はそう多くはない。特殊な例になり、そういう人間がいるのなら『蛇』クチナワの中でも有名人になっているはずだった。

 若い炎が知らないにしても十年前のことなら炎の上司が知らないはずがないし、それを告げないというのはいくらちゃらんぽらんな上司とは言え仕事がお粗末すぎた。

「……聞いてみるか?」

 医者や村長、リュウに聞こえないくらいの小さな声で炎は自問する。あまり出来れば頼りたくはない相手だが、情報の不足は上司が責められるべき案件であり炎が遠慮する必要はないはずだった。『蛇』クチナワと関係あるのかまったくの無関係なのか、それが分かるだけでも大きな収穫になる気がした。

 炎がそうやって答えを出せずにいると、少女のまぶたが小さくけいれんした。

「……朝?」

 少女はそう言ってから周りを見渡し驚いたような顔になった。

「ここ……どこ……?」

「起きた! 兄ちゃん! 医者先生! 姉ちゃんが起きた!」

「大声を出さなくても聞こえてるし見えてるよ」

 炎は思考を中断する。目の前の少女に集中する。

 医者は村長が運んできた水を少女に差しだした。

「水だ飲め」

「誰……?」

「医者だ。いいから水を飲め」

「……どうも」

 少女は水を飲んだ。貴重な水を貴重だと知ってか知らずか飲んだ。

 医者は続けて少女の診察を再開した。意識ははっきりしているか。簡単な計算は出来るか。瞳は光源を追えるか。手足は動くか。丹念にしかし少女が何か余計な問いかけをする暇なく強引に確かめていく。

「医者の診察終わり。特筆すべき所見はなし。食事を推奨する」

「はいはいどうぞお嬢さん。お召し上がりなさい」

 村長が家人の用意したおかゆを少女に差し出した。

 少女は見知らぬ他人からの食料に困った顔をして見せたが、空腹であったことは確かなようでおそるおそるおかゆを口に運んだ。

 運びながら再び口を開いた。

「あの……ここはどこなのでしょう……」

「その前にお前は誰だ?」

「私はスイです。スイ・ウォータープルーフ」

「ウォータープルーフ?」

「お母さんの名字です。お母さんは異邦人だと聞いています」

「……海から来た女」

 まるでそれは神話のくちなわだ。

「ここがどこか教える前にお前に確認したいことがある。最後の記憶ではお前はどこに居た?」

「どこって……お家のそばです。お家のそばをうろうろしていたら……ああ水の中に魚がいました。水たまりの中にぴちぴちと力なく跳ねていて……私はその魚のことを可哀想だと思って……そしたら……そしたら……いえ夢ですね。これ以上はだって……」

 記憶をたどりながらぽつぽつと話していた少女は苦笑を見せた。

「魚が喋るわけがない?」

 炎の指摘にスイは目を丸くした。

「私の心が読めるのですか!?」

「いや喋る魚ならさっき会った」

「さっき会った……ああじゃああのお魚さん無事だったんですね……」

 スイの顔が嬉しそうにほころんだ。

 さすがに火あぶりにしたとは言えず炎は会話の軌道を修正する。

「お前のお家というのはどこにある?」

「お山の上の方にあります。私は物心ついたときから父と母とお山に住んでました。下山することなくずっと。こういうのを自給自足の生活だと言うのだと母が言っていました」

「……お山ってのはまあ霊山ってことだろうな」

 炎がまとめる横で医者が息を吐いた。

 深く重く苦しい感情の乗ったため息だった。

「それであのここはどこです?」

「その霊山の麓の村だよ。雨が降らず川が枯れたことで渇いている村だ。明日をも知れぬ哀れな村だ」

「……川。そうです。そうでした。お山の川が枯れてしまって……私も困っていたんです。畑に引いていた水がなくなって……飲み水も切らしてしまって……どう生きていこうか困っていたところだったんです」

「川が枯れた理由を知っているか?」

 少女は首を横に振った。

「分かりません。母なら知っていたかもしれませんが……。私困ってて山から下りれば水があるかもしれないけれど今まで下りたことがないから怖くて……困って……だから喋るお魚さんと約束したんです。私がお魚さんの乗り物になる代わりに、お魚さんが道案内をしてくれるって……お魚さんはもうどこかに行ってしまったのでしょうか?」

「うん……」

 火あぶりにした上、置いてきたとはさすがに言いがたく炎は言葉を濁す。

「お礼が言えなかった……」

 しょんぼりとスイは俯く。

「母親なら知っていたかもしれないと言ったな。その母親は何をしている?」

 魚のことをごまかすために炎はスイの言葉から状況を探る方向へと会話の舵を切る。

 スイの表情が曇った。

「……亡くなりました。父が数ヶ月前に亡くなって、そして母も後を追うようにして死んでしまいました」

「悪い」

 炎は謝った。

 少女の口ぶりからなんとなく予想のついていたことではあったが、明確にしておかなければいけないことだった。

「いえ、大丈夫ですよ。幸い自給自足の生活にはなれていましたから私一人でも生きてはいけるはずだったんです……水さえあれば……」

「川が枯れたのは霊山ごとということか川の水源はどうなっている?」

「湧き水が泉のようにたまっています。かなり大きいですね」

 スイはちょっと顔をしかめた。

「大きかった……と言うべきですね」

「その泉に異常は?」

「ありませんでした」

「お前の目から見てなかった、ということだよな」

「はい」

 つまり炎の目から見たらどうなのかは分からないということだ。

「お前はお護り使いか?」

「お護り使い?」

 スイはきょとんとした。

「何ですかそれ」

「えっ」

『蛇』クチナワを知っているのにお護り使いを知らない?

「……『蛇』クチナワは知っているよな?」

「はい。父と母の古巣と聞いています。二人揃って寿退職したと聞いていますが……」

『蛇』クチナワを寿退職した人間など炎は初耳だった。

「……どんな組織だと聞いている?」

「研究機関だと母は言っていましたよ?」

「……そういう側面はあるが何の研究機関だと思ってた?」

「知りません」

 けろっとした顔でスイは言った。

「教わらなかったので」

「……偏っているな」

 いいや、偏るようにされている。

 スイの両親はスイに『蛇』クチナワのことを教えておきながらそこに所属するお護り使いの話をしていない。『蛇』クチナワの研究機関としての側面はお護りの研究だ。

 それを隠しているというのならそこには恣意的なものを感じる。『蛇』クチナワの話をしながら、お護りの話をしたくなかったということか。

 そうなってくると川に異常がないという話もあてにはならない。

 スイの常識は偏っている。それが分かったと言うことは炎どころかリュウが見ても分かる異常が川にある可能性が浮上してしまう。

「ご、ごめんなさい」

 炎の険しい顔にスイがシュンと俯く。

「謝るな。お前が謝るようなことは何もない」

 お前の両親がどうかは知らないが。すでにいない人間に対するどうしようもない疑念を抱いたまま炎は最後の質問に移った。

「お前はどうしたい?」

「……私は」

 スイは俯いたまま固まった。

 炎はそんなスイの答えを待たずにたたみかけた。

「俺は霊山に登る。誰に止められようとそうする。俺はこの枯れた村をどうにかしろと命令を受けてここに来た。だから枯れた川の根源が霊山にあるというのならそこに向かう。何かがあるか何かがないのかそれだけでも確かめる。そこで俺に出来ることなどないのかもしれない。それでも今から出来ることはある。これは俺が決めた『蛇』クチナワのお護り使いとしてなすべきことをなす」

 それ以上は続けなかった。今までスイの一家以外誰も登ったことのないはずの霊山。本音を言えばスイに道案内をしてもらえればこれ以上楽なことはないはずだった。しかしそれをそのまま口に出せるほど炎は厚顔無恥でも強引にもなれなかった。

 弱っている少女に何かを求めるほど酷なことはない。しかし炎の言葉はそれを強制するものに近いのも事実だった。それでも炎はせめて誠実に尋ねようと心がけた。

 選べないことは何より辛く、強制されることはとても腹立たしい。それを身に染みている炎だったから。

「……分からない」

 スイの答えは明瞭だった。

「……山を下りたかったのは生きるためです。あのまま枯れた場所にいては生物である私は死んでしまいますから。でも下りた先も枯れていた。かれて渇いていた。それも育ったお山の影響で。だとしたら……私は何かをするべきなんじゃないかと思います。生きるために。だけど……何が出来るでしょう?」

「出来るかどうかじゃない。したいかどうかを俺はお前に聞いている。スイ・ウォータープルーフ」

「……知りたい」

 スイの答えは明確で、炎のそれとよく似ていて、しかし別物の答えだった。

「私は知りたいです。そのためなら……あなたに協力したい」

「ありがとう」

 言って欲しいことを言わせてしまってごめん。炎は心の中でスイに謝った。

「ど、どういたしまして?」

 スイはどうして炎に礼を言われたのか分からないという顔だった。

 なすべきことは定まった。それがどのような答えにつながるとしても炎灯理に選択肢はない。なすべきことをなすまでだ。

「あのっ! あのあのお名前を教えてください。私まだあなたのお名前を聞いていませんでした!」

「そうだったな。俺の名前は炎灯理だ」

 スイの名前とはまるで正反対だなと炎は思った。

「炎さん……」

 スイは炎の名前を噛み締めるように口に出した。

 そして彼女は炎に手を差し伸べた。

「よろしくお願いします。炎さん。どうかいっしょにお山に登って私の故郷を助けてください」

「……できうる限りのことをしよう」

 自信はないとは言うことが出来ず、炎はスイの手を取った。

 ここに協定は結ばれた。

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