巡り巡った果てに

017 だいじょうぶ

 そこは荒廃した土地、とも言えるほどに丘とその周辺には草木が生えていなかった。以前は植物で生い茂っていたようだが、今となっては見る影もない。


 その昔、勇者と崇められた有翼人と魔王と恐れられた魔人がそこで死闘を繰り広げた。

 有翼人は悪しき魔人を封印するため、己の心臓を対価に捧げたという。敢えなく魔人は封印され、有翼人が殺される瞬間まで何百年と眠り続けた。

 戦いがあったとされるその場所にリュウとメアリーは訪れている。反対側には多くの兵士たちがいた。

 その中には懐かしき顔が揃っている。もちろん、アレクサンダーの顔もあった。


「あそこにパパがいるわ。行きましょう」

「いや待て。まだ行くな」


 遠目にだが父親の姿を見つける。メアリーは嬉しさから反射的に体が動いた。

 しかしリュウが慌てて引き止める。


「どうしたんです、行かないのですか?」

「状況を考えてみろ。向こうや俺にとっちゃメアリーは会話をする上での架け橋だ、突拍子もない行動は避けたほうが身のためだ」

「あぁ、たしかに」


 説明と忠告を受け、メアリーはリュウを疑うことなく「そうですね」と納得した。

 リュウは控えめな表現で話したが、言ってしまえばそれはメアリーが"人質"だと示している。

 下手に向こう側へメアリーを渡してしまえば、多くの血が流れるのは目に見えていた。


 アレクサンダーや他の兵士らは、突然現れたふたりの姿に固まっている。アダルバートも予想だにしていなかった展開に、指揮を執るのも忘れていた。

 果たしてあれは本物なのか、それとも偽物なのか判断のしようがない。

 彼女の隣にいる男は第一の刺客で間違いないのはわかった。今まで戦った魔物たちとは桁違いだと、男の佇まいだけで伝わってくる。


「これはいったい、どういうことでしょう」

「どうされた?」

「あそこにメアリーが、私の娘がいます」


 ふたりの姿を見て、真っ先に口を開いたのはメアリーの父親だった。

 目の前の光景に驚き、遠くにいるメアリーが本物だとまるで疑っていない。

 そんな彼の目下には深いくまができていた。誰がどう見ても寝不足なのははっきりしている。


「あそこにメアリーがいます。迎えにいかなくては」

「お待ちください。冷静になってお考えを、ここで本物の彼女が現れるのは不自然すぎます」


 父親は馬から降り、おぼつかない足取りでメアリーの元へ向かい始めた。そこをアレクサンダーとアダルバートが慌てて制止に入る。


「偽物と考えるのが妥当だ。貴方はメアリー嬢がいなくなってから冷静な判断ができていないようだ、ひとまず落ち着きなさい」

「しかしあそこには確かに、私の娘がいます」

「あれは我々を油断させるための罠です」


 それでも父親にはメアリーが本物に見えた。制止を振り切って娘の元へ向かおうとするが、数人がかりで取り押さえられる。

 アダルバートの指示のもと、父親は兵士に連れられて後ろに下がった。


「どうする? 様子見をしてみるか」

「いえ、ここは真っ向から仕掛けてみましょう。ここで本物が出てくるなんて、普通ならあり得ません」


 本来ならば、本物の人質が出てくることはないだろう。ましてや目の前にいるメアリーは、拘束すらされていなかった。

 あまりの無防備さがアレクサンダーに余計な疑心を募らせる。刺客の隣にいるのは偽物だと考えるのが妥当だった。

 たとえ本物だとしても、人質を解放している相手がただの馬鹿ということになる。相手に見くびられていると感じ、アレクサンダーは苛立ちすら覚えた。


「弓矢の用意を。それと投擲とうてきに自信がある者をふたり用意してくれ」

「御意」


 アレクサンダーは近くにいた部下へ命令をくだし、部下も彼の命令に淡々と承諾する。

 彼がなにを考えているのか誰にもわからない、勿論アレクサンダー自身も誰かに教える気はなかった。

 そしてアレクサンダーが出した合図のもと、兵士らが次々に弓を構えていく。


「え、あれって」

「おいおいおいおい。正気かよあいつら」


 最初に反応を示したのはメアリーだった。

 会話は聞こえないが、アレクサンダーたちの様子を見ていたふたりは異変に気付く。


「どうしてあの人達は弓矢をこっちに向けているんですか? 私、ここにいるのに」

「大丈夫だ。メアリーは心配しなくていい」

「そんな大丈夫だって! どこがですが!」


 全然大丈夫じゃないが、余計な混乱を招かないようにリュウは嘘をついた。しかしその嘘は、流石に通用しなかったらしい。


「あなたは私をどう思っているかわかりませんが、私は箱の中にいるだけの娘じゃないですからね!」

「え、あ……悪かった」


 メアリーは今にも泣き出しそうな表情をしていた。その顔を見て、リュウがめずらしく動揺を見せる。

 目尻に浮かぶ涙をぬぐい、メアリーは動揺するリュウに話しかけた。


「私はあなたを信じています。ですからこれ以上、私に気を遣わなくてもいいんです」

「あぁわかった。そうする」

「私たちに敵意はないと、どうにかして伝えましょう」

「そうだな。そうしよう」


 メアリーの言葉にリュウはおずおずとうなずく。兵士らは矢を構えているが射る様子はない、しかしそれも時間の問題に過ぎなかった。

 彼らは話し合う気など想像すらしていない。今ここで出来ることは、いつ射られても可笑しくない矢から彼女を守ることだ。

 リュウが護りの術を出そうと手を掲げる。その瞬間、リュウの頭に硬い木の実が当たった。

 目を直撃することはなかったが、視界は歪み強烈な頭痛に襲われる。


「大丈夫ですか!? リュウさんしっかり!」


 メアリーが慌てて駆け寄り、木の実が飛んできた方向に目を向けた。そう遠くない場所にふたりの兵士がいるのを見つける。

 ふたりの兵士は泥だらけで、若干ではあるが周りに溶け込んでいた。


「あそこに兵士がふたりいます。彼らがリュウさんに物を投げたかと」

「うっ……ふん、随分と舐められたもんだな」


 ふたりの兵士はリュウに木の実を当てたことで即座に退散していく。メアリーは混乱していたが、リュウは今の状況をすぐに理解した。

 兵士らが弓矢を構え続けていたのも、視線の矛先を変えないためのカムフラージュだったらしい。

 戦う気がなく、メアリーにも気を取られていたためにリュウはまんまと罠にはまった。


 未だ視界が歪んでいるなか無理に立ち上がる。再度護りの術を出そうとしたが、その時には既に遅かった。

 横からメアリーの悲鳴が聞こえる。やっと視界が定まってきたその先には、ふたりに目掛けて多くの矢が降り注いでいた。

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