010 穴だらけの上着

 木々の隙間から差し込む日差しを頼りに巻物を確認する。箇条書きにまとめられた中から、ひとつの文章に印をつけた。

 ひとつの仕事を終え、リュウは大きく背筋を伸ばす。今回の仕事は一晩も費やし、体は疲労で悲鳴をあげていた。


 巻物にはリュウが対処しなければいけない問題がまとめられている。

 その問題には期限があり、それまでに解決しなければいけないルールもあった。


「はぁ……帰ったら寝よ」


 地面には巨大な蛇の生首が落ちている。リュウはそれを椅子の代わりにしていた。


「この無礼者め。早く元に戻せ、以前の魔王はどこへ行った? お前なんかより礼儀をわきまえてたぞ」

「うるさいわ。この辺を占める魔物だか知らねえけど一帯の秩序を乱すな」

「むっ……」


 しわがれた声で話す蛇に向かって、反骨精神むき出しの言葉で切り返す。蛇はしかめっ面のまま、リュウをにらみつけた。

 リュウと蛇の前方には、頭を探す蛇の胴体が動き回っている。


「……俺は前の魔王ほど優しくないぞ。なんならここでお前を殺してやりたいくらいだ」

「ならば殺せばいいだろ」

「そうもいかないんだよ」


 巻物に帯を巻きつけ、懐(異空間)にしまった。そして気だるげに立ち上がる。

 帰ってたとえ寝ても、起きた瞬間には次のやるべき事があると考えただけで億劫になった。


「おい、どこへいく!」

「いずれ元に戻るからそこで反省してるんだな」


 蛇の頭上に置いていた丈の長い上着を羽織る。

 裾にはたくさんの穴が空いていた。お気に入りの上着だった分、悲しい気持ちになる。

 蛇に別れを告げ、リュウは森を後にした。


 ※


 城にはアラクネという魔物が住み着いている。

 艶かしい口調で、相手の調子を狂わせることが好みという悪趣味な女だ。

 ついでにアラクネは始終服を着ていないため、リュウはいつも目のやり場に困っている。


 城に戻るとアラクネが待ち構えていた。そして留守にしていた間に起きた出来事を聞かされる。


「それで、君はもっと用心をするべきだと思う」

「悪かったな」


 素直に謝られ、アラクネは驚いた表情を浮かべた。リュウがふてぶてしく「なんだよ」と問いかける。


「いや、なんでもないよ」

「そうか……つうかよ、いい加減服を着ろよ。俺が目のやり場に困る」

「ここは私の家でもある。どうしていようと私の勝手だろう? というか意外と繊細な男なんだね」


 リュウの神経質な部分が可笑しく感じたのか、くすくす笑い始めた。

 とうのアラクネ自身は気にしておらず、逆に服を着ることが苦手ですらある。


 話はそこで終わり、次は以前の魔王が作った人形の話題に切り替わった。


「人形に関してはほとんどわからないしな。かといって俺が操る人形を出すわけにもいかないし」


 悩ましげな表情を浮かべぽつりとつぶやく。


「どうしてだい?」

「見た目がグロテスク」

「あの人形たちよりも?」

「そうだよ」


 城の中をうろつく侍従たち全員には、異空間に繋がってそうな穴が顔にあった。

 おまけに歯をむき出した時は恐怖そのもの。まるで恐怖を絵に描いたような容姿をしていた。


 そんな侍従たちよりも、さらにおっかない人形をリュウは使役しているらしい。

 本人は人前に出したがらないようだが。


「でも今回のことがまた起こらないとは限らないよ」

「わかってる」


 前を呆然と見つめ、考え込むリュウの耳元で囁きかける。リュウは煩わしそうに返事をした。

 ひとまず、リュウはこの件を後回しにするつもりはないらしい。


「じゃあ私は巣に戻るよ。かわいい手下たちが寂しくしているだろうからね」


 それを見かねたアラクネは手をひらひらさせ、壁を這って立ち去った。

 リュウも自室へ戻ろうと踵を返す。

 その時──、


「うおっ」

「ひゃっ」


 廊下の曲がり角でメアリーと鉢合わせた。

 昨日ぶりの再会だが、夜明け前の件もあってふたりは気まずさを覚える。


「あ、おはようございます」

「おはよう」


 一応普段通りに挨拶を交わし、急ぎ気味に通り過ぎようとした。

 しかし、不意にメアリーから呼び止められる。


「あの、リュウさん」

「なんだ?」

「その、上着はどうしたんですか?」

「ああこれか。飼い慣らされてない魔物とじゃれてきたんだよ」


 着ていた上着の裾は穴だらけだ、おまけに土もこびりついていた。


 疲れから説明することが嫌だったリュウは、昨晩あった出来事をはしょるだけはしょって説明する。

 おおざっぱな説明であれ、夜明け前に起きた地響きと繋がりがあるのはメアリーにも流石にわかった。

 ゆえにそれ以上の追求はやめにする。


「そうですか。じゃあ私が修復しますよ! 刺繍をして隠せばもっと可愛くなります。いやほんとうに」


 はじめ、メアリーがなにを言っているのかさっぱりわからなかった。


「せっかく刺繍の道具を用意してくださったのに、活用しないのも勿体ないじゃないですか」

「え? え、あっいや」


 ようやく理解した頃には遅く、両手を差し出してリュウに上着を脱ぐよう催促する。


 気に入っていたとはいえ土で汚れ、おまけに沢山の穴ができた上着は捨てるつもりでいた。

 考えもしなかった方向に話が進み困惑する。

 すっかり困り果て、それは顔に出ていたようだ。メアリーが物珍しそうにリュウの顔を見つめる。


「なんだ?」

「いえ、なんでもないです。ほら脱いでください、安心して私の腕を信じてくださいな」


 強制的に上着を脱がせられ、メアリーとともにどこかへ行ってしまった。

 一ヶ月以上も時間が経過してるせいだろうか。

 最近になって、メアリーの主張がますます大きくなってきたような気がした。

 単純にメアリーが心を開いてきただけだろうが。


 上着を捨てに行く手間が省けたとポジティブに考え、リュウは今度こそ自室へ引き返していった。

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