いっかげつめ
009 夜明け前の出来事
たび重なる騒音でメアリーは目を覚ました。太陽が昇るまえ、まだ夜明け前に等しい。
どこからか聞こえる騒音と同時に、時おり地響きも伝わってきた。
部屋にひとり、言いようのない恐怖に襲われる。
すると再び騒音と地響きがした。
メアリーはベッドから飛び起き、部屋を飛び出す。そして廊下にある窓から外の様子をうかがった。
まだ空は暗く、外の様子も漠然としかわからない。
しばらくするとまた騒音が聞こえてきた。怖さのあまり腰が抜ける。
城は崖の上に立っている、このまま地響きが続けば城が崩れるのも目に見えていた。
そのことを思い出し、ついには泣き出してしまった。せめてリュウが近くにいれば助かる可能性も高いだろう。
しかしメアリーはリュウが主にいる部屋、寝室の場所を知らなかった。
ここにいては危ないと考え、廊下を駆け抜ける。
階段を降り、いつでも外へ逃げられるように玄関へ向かった。
「はぁ、はぁはぁ……あれ?」
玄関前に来たところであることに気づく。施錠が解かれ、大きな南京錠が床に落ちていた。
鍵は近くの椅子に座っている侍従が持ち、真っ直ぐに前を向いている。
顔にぽっかりと大きな穴が空いているため、視線の先はわからないが。
するとまた地響きがする。
これまでのものとは比べ物にならないほど、大きな地響きが伝わった。
その拍子に転び、小さな悲鳴を漏らす。
このままでは危険だと判断し、メアリーはドアノブに手をかけた。
その瞬間、今まで大人しかった侍従が襲いかかる。
メアリーに飛びかかり、穴の空いた下部から巨大な口が現れた。
いびつで変色した牙が姿を見せ、垣間見える唾液は嫌悪感を感じさせる。
番人の役割を任されていた侍従は、外へ出ようとしたメアリーに牙を剥いた。
あまりの恐ろしさに目を背け、この状況から抜け出せないか周辺を見渡す。
が。武器になり得そうな物や、侍従の主人たるリュウはどこにもいなかった。大きく開いた口は、なおも近づいてくる。
絶望的な状況にメアリーの目尻から涙が零れた。
弾ける音と横でなにかが転がる音が聞こえ、恐る恐る目を開ける。
「ひゃっ!?」
目に飛び込んできた光景に悲鳴をあげる。床には侍従の頭が転がっていた。
無論、目の前の胴体に頭はない。
襲いかかってきた侍従は首を刎ねられ、服だけ残し灰になって消えた。
「なに、これ」
「命拾いをしたねえ、お嬢さん」
頭上から聞き覚えのある声が聞こえ、顔を上に向ける。天井には数週間前に出会ったばかりのアラクネがいた。
「いけないよ、ここを勝手に出たりしちゃあ。おまけに危ない人形がそばにいるところで」
「どういうことですか?」
アラクネの言葉に疑問を抱く。疑心混じりの目で彼女を見つめた。
「そのまんまさ。この侍従は以前の魔王が自分の世話をさせる為だけに造った、ゴーレムのようなもの」
「ゴーレム、ですか」
「いや、ゴーレムのほうがまだ生き物じみてるかな」
最後にそうつけ足すと、アラクネはクスクス笑い始める。いったいなにが面白いのか、メアリーにはさっぱりわからなかった。
「ただ与えられた仕事をこなし、侵入者か君のように囚われた人を殺す役目を負ってるんだ」
「私、囚われの身なんですね」
「勘違いしちゃいけないよ」
その言葉を耳にし、改めて自分の立場を実感する。
悠々自適な生活ですっかり忘れていた。実際のメアリーは魔王に攫われた貴族嬢である。
逃げ出そうとすれば命の危険に晒されるのも無理はなかった。
「ただ今回、君が逃げ出そうとしたことを視野に入れなかったみたいだ。お外であんなに騒がしくしているのにね」
「それって、どういうことですか? ずっと続いてる地響きと関係があるんですか?」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
天井から壁へ、そして地面に這って降りる。
初めて近距離で対面したふたりは、互いが互いの体格に驚いた。
メアリーは想像よりも大きかったアラクネに、アラクネは想像よりも小さかったメアリーに。
「リュウは近場の洞窟にいる主へ、ご挨拶に行っているんだ。ただ少し手こずっているみたい」
「これがモンスターのご挨拶なんですか」
さも当然のように話すアラクネへ、メアリーは思ったことを直球にぶつけた。
たとえ本当のことであれ比喩であれ、数刻前から続く地響きは挨拶の域を越えている。
「んや、私たちの基準でもちょっと激しいかな」
メアリーからそっと目をそらし、アラクネは小声気味に答えた。しかしメアリーはその言葉をしっかりと聞き捉える。
純粋な眼差しを向けてくる少女の視線は、アラクネの心に痛く突き刺さった。
「あの、ここ崖の上ですよね。城は大丈夫なんですか? 逃げたほうがいいのでは」
「ああ安心して。崖が崩れることはないよ、実際に何百年も持ちこたえてるし」
メアリーの不安そうな質問を聞き、そこで逃げ出そうとしていた理由を察する。
「この崖は城が築かれた際、崩れることがないよう術で固められている。だから術が生きている間は平気」
「と、とりあえず安心していいんですよね……?」
ひとまず落ち着かせるため、城を支える崖の秘密について教えた。
崖は心配ないと知り、メアリーは安堵の溜め息を漏らす。途端に疲れが溢れ、大きな欠伸をした。
いつの間にやら、地響きもおさまっている。
「彼が戻ってきたらきっと君を心配するだろう。これは他の人形が片付けるはずだから、部屋にお戻り」
「は、はい」
アラクネの言葉に従い、自室へ戻ることにした。
服についた灰を払いのけ、彼女の脚を借りて立ち上がる。不思議とアラクネの下半身には嫌悪感を抱かなかった。
「それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
後ろ髪を引かれる思いは残りつつ、アラクネに見送られるなか階段をのぼった。
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