008 神出鬼没な
自由に外へ出ることは叶わないが、城の中ならば話は別になる。
暇を持て余したメアリーは城の中を探検していた。
リュウはどこでなにをしているかわからない。あの後すぐに別れてしまったからだ。
廊下を歩いていると見慣れた姿の侍従とすれ違う。
侍従は器を持ってどこかへ行ってしまった。きっと生けてある花の水換えをしているのだろう。
「あー、あーっ」
なにを考えたのか、メアリーは階段上から踊り場へ向けて声を出した。
声は反響し、メアリーの元へ返ってくる。
くだらない事だが、リュウと別れてから久しく耳にする音だった。
城には妙な静けさがある。メアリーが生まれ育った環境も静かなところだが、それとはまた別だ。
ここでは滅多に「音」というものは聞こえない。
数人の侍従と、アラクネと、リュウ以外に誰もいないようだ。
おまけに崖の上に城は建っている。
たまに吹き抜ける風以外に聞こえる音はほぼないに等しかった。
唯一の話し相手であるリュウはどこへやら。
会話に飢えたメアリーは唸り声をあげた。
「ん?」
ある部屋の前を通り過ぎた瞬間、メアリーの意識はその部屋に向けられる。
どの扉よりも数倍は大きく、存在感もひときわあった。
不意に気になりドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
城の中でのルールはないのをいいことに、胸の奥でくすぶる好奇心に従う。
ドアノブを回し扉をゆっくり開けた。
灯りはついておらず、カーテンから差し込む光さえもない。
仕方なしに魔素を使って光を出した。
現れた光はふわふわ浮かび、メアリーの周りを舞い始める。
部屋の中は図書室のようだった。巨大な本棚に数えきれないほどの本が収納されている。
勉学のとき以外は本と触れ合う機会を避けてきたため、メアリーには薄気味悪く感じた。
「ん? なにかしら、あれ……」
部屋の奥にあった物が不意に気になる。近づいてみると、そこには書物が積み重ねられていた。
薬草にまつわる図鑑から怪しい魔術の本まで。中には見覚えのある本もあった。
「これ……」
一冊の本を取り、栞が挟まれているページを開く。
その本はリュウが毎晩、就寝前に呪文を唱える時に使っている魔術書だった。
開いたページは記憶を呼び覚ます術について、こと細かに記されている。
と。同時にリュウがやっていたことの意味を理解し、さらに謎は深まった。
「私、なにをされてるの……?」
これまでの人生を振り返っても、メアリーに空白の時間は存在しない。記憶がないとすれば物心がつく前で、それは幼児期健忘というものだ。
ページには心的外傷で封印された記憶、見落としたさり気ない記憶、前世の記憶など、ありとあらゆるものの方法が載っている。
見てはいけないものを見てしまったと悟り、メアリーは記憶を消す呪文のページを探し始めた。
「なにをしてる」
「はぃっ!?」
背後から突然声をかけられ、掠れた声を漏らす。
心臓が大きく脈打ち、自然と息が荒くなった。
「見かけないと思ったら、なにしてるんだ」
「あ、いえ……そのぉ……」
うまい言葉が見つからず口ごもってしまう。
目を泳がせ、しどろもどろになったメアリーに対してリュウは呆れ気味に溜め息を吐いた。
「本が好きなのか?」
「あ、いえ。別に好きというわけではないです」
「じゃあなんで入った?」
「……暇だったからです」
これ以上は耐えられないと観念し、正直に部屋に入った理由を話す。
正直怒られると思っていたが、メアリーの予想に反しリュウが怒ることはなかった。
「暇だったか。生憎ここは暇潰しになるような物はない、大体が参考書や図鑑だからな」
「そうなんですか」
「まあ勉強をしたいなら別だが、メアリー自身は別に本が好きじゃないんだろう?」
「うっ……」
しかし痛いところをつかれ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「メアリーは、なにか好きなものとかあるか? 趣味は持ってるか?」
「趣味、ですか。えーと、刺繍ですかね」
「そうか」
聞くだけ聞いて頷くと、リュウはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
メアリーはとっさにその後を追いかける。が、廊下へ出た頃には人っ子ひとりいなかった。
少々神出鬼没すぎな魔王さま。どうやら彼はコミュニケーション能力が乏しいようだ。
またひとりになってしまい、メアリーは寂しげに溜め息を吐き出す。
しかし夜になって部屋へ戻ると、刺繍道具が用意されていることをこの時のメアリーは知らない。
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