数日目
006 何気ない変化
魔王の手下と思われる男・リュウに城へ連れてこられ、すでに数日が経とうとしていた。
儀式の生贄になることもなく、むしろ丁重にもてなされている気さえする。
嘘でもなく実際に危害を加えることはないと知り、メアリーは悠々自適な生活を送っていた。
アレクサンダーとも離れ、メアリーの中で心の整理もつき始めている。最初はアレクサンダーの裏切りで未練たらたらだったが、時間が解決していった。
メアリーは嘆くどころか、むしろ城での日々を楽しんでいる。
顔のない人外侍従も観察していくうちに、個々に性格があることもわかった。
しかし悠々自適な生活を送っているとはいえ、怖く感じることもある。それは毎晩、眠る直前になるとリュウがメアリーへ呪文を唱えるのだ。
それだけがメアリーにとって気がかりで、不思議で仕方ない。
その晩もリュウは眠る前になるとメアリーへ呪文をかけた。メアリーの部屋で、頭に手をかざし、怪しい魔術書を読みながら呪文を唱える。
メアリーは終わるのをおとなしく待った。
「これで終わりだ」
日課になりつつある作業。リュウはそう声をかけると、魔術書を閉じた。
そして長居することもなく、メアリーの部屋を出ていこうとする。
「あの、リュウさん」
「なんだ?」
リュウがドアノブに手をかけた時、メアリーは咄嗟に呼び止めた。
無愛想ながらも返事が返ってくる。
「おやすみなさい」
「それだけか?」
「あ、えと……」
相変わらず素っ気ない返事に、メアリーは呼び止めたことを後悔した。
もとから会話をするのは得意といえないが、ここまで口数の少ない相手は反応に困ってしまう。
「明日、よかったら外に出てみたいです。お城の中も素敵ですが外も見てみたくて」
「わかった。考えとく」
リュウは一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに言葉を返した。
予想外の返答にメアリーの思考は停止してしまう。てっきり、リュウの性格上「だめ」や「却下」を即答で言うとばかり思っていた。
「おやすみ」
返事を待たずにリュウは部屋を出ていく。メアリーの中では、ちゃんとおやすみと言葉を返したことも意外だった。
人によく似た存在だとは思っていたが、案外人らしい部分もあるのではと考えがよぎる。
枕に顔をうずめ、深い溜め息を吐き出した。
頭の中でリュウの言葉が延々とループする。それほど素っ気ない相手からの返事が嬉しく思えた。
久しくうれしい事に遭遇したメアリーは、その晩寝付くまでに時間がかかったのは言うまでもない。
※
眠っている間、メアリーは夢を見た。
普段から夢は見ない性質だったが、この時は珍しく夢の世界が広がっている。
夢の中で、メアリーは誰かと一緒にいた。顔は前を向いていて見えない、誰かもはっきりわからない。
だが心の底から信じていて、なにより大好きということはわかった。
その人は男の子で、メアリーの前を歩いている。設備の整った道路、道脇には川が流れていた。
男の子もメアリーも、背中に箱っぽい鞄を背負っている。重くのしかかり、メアリーには荷が重かった。
その重さに耐えきれなくなり、前を歩く男の子に声をかける。なにを言ったのかわからないが、荷物を持ってと頼んだ。
そして、前を向いていた男の子が振り返る──。
そこでメアリーは目を覚ました。
夢うつつの状態で体を起こしあげる。夢の中で見た男の子は誰だったのか、ぼんやりする頭で考えた。
が、メアリーは目を覚ますと夢で見た出来事の大半を覚えていない。
意識が鮮明になっていくにつれ、夢の内容も次第に記憶の中から薄れていった。
いつも通り、決まった時間に顔のない侍従が起こしにやってくる。この日は普段より早めに起きれた為、侍従たちを困らせることはなかった。
服を着替え、食堂に向かう。
いつも座っている席にリュウがいて、メアリーもまた適当なところに座った。
「おはようございます」
試しにリュウへ声をかけてみる。いつも通りなら、無愛想に「あぁ」と答えるだけだ。
「あぁ、おはよう」
しかし、今日はひと味違った返事が返ってくる。
少しずつだが言葉数が増えてきている、メアリーは確信を得ると同時に嬉しく思えた。
「昨日メアリーは外に出たいと言ったな」
「あ、はい。言いました」
見たこともない野菜をフォークで突いていた時、不意に声をかけられる。
「……好き嫌いはよくないぞ」
「わかっています……」
咄嗟に返事をしたが、リュウは訝しんだ目でメアリーを注意した。
たしかに好き嫌いはよくない。
が。メアリーは人の作った物しか食べたことがない、ゆえにその気持ちを汲み取らずにはいられない。
しかし、リュウはその点において優しくなかった。
時おりなぜか、メアリーに対して親のように厳しい面を見せる時がある。
それもまた、メアリーに〈人に近い存在〉と認識させる要因でもあった。
「メアリー、外に出たいなら条件がある。その条件を守らなければ外に出さないからな」
「はい、わかりました」
メアリーの表情が、どんどん穏やかなものになっていく。条件はさておき、外に出られる事実がなによりも嬉しかった。
その姿を見ていたリュウも、そっと微笑んでいたことをメアリーは知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます