第80話 第4章 絶体絶命(8)「百貨店外商部の社員」

 同時に襖がすらりと開いて、スーツをぴっちりと着込んだ細身の人が座敷に入って来た。白い手袋をして黒塗りの盆の上にささげ持っている。盆の上では、小さな白いビロードの箱が黒に生えて美しかった。女性にしてはすごく髪が短いが、男性にしては細身過ぎた。身だしなみがとても整えられているうえに、氷のように冷たい表情だった。

「丸大デパートの外商部門の木之本さんです」

「木之本です。以降、よろしゅうお見知りおきを」

木之本はそう言って、模範演技のようなお辞儀をした。

「こちらでございます」

木之本は、間も置かずに、手袋の上においた白いビロードの箱を開いた。そこには、慶次郎がが手にしているものとそっくりの指輪が鎮座していた。

「どういうことだ……」

明山が呆然と口を開けている。

「まあ、いろいろとツテをたどりまして、丸大デパートさんの名古屋店の宝石部が『本物』をお持ちであることが分かりました。ちなみにお値段は」

慶次郎が木之本に促すと、

「約7.85カラット、ロシア産天然アレキサンドライト、変色性が高く、相場で四千五百万円でございますね。ダイヤモンド等の補助石はついてませんが、台座の地金の金額は加算されております」

木之本が慶次郎の話を引き継いだ。

「四千五百万……」

「四千五百万……」

という呟きが、そこここで聞こえた。

「しかし、こちらの人造アレキサンドライトも非常に精巧につくられており、地金も24金で、新品なら500万円以上の値段になります。『偽物』ではなく、一つの宝石です」

 木之本は、慶次郎の手の上の指輪を白手袋で示した。

 豆初乃はひとつひとつの金額に驚きを隠せなかった。

「木之本さん、今日はわざわざ貴重な天然アレキサンドライトをお持ちいただき、誠にありがとうございました。あと、一つだけ宜しいでしょうか?」

慶次郎の質問に、木之本はニヤっと笑って答えた。木ノ本がここに入って来て初めて、人間らしい表情を浮かべた。

「内容と今後のお取引によりますが」

「この天然アレキサンドライトの指輪は、ここ数カ月の間に名古屋支店の宝石部が、どこかから買い入れたものでしょうか?」

「―――お客様のプライバシーに関して口外することは、丸大デパートの信用にかかわりますので」

木之本は元の無表情に戻して、ビジネスライクに答えた。

パアン!

木之本が答えた瞬間に、乾いた音が響いた。

 明山が奈理子の頬を張ったのだ。奈理子が吹っ飛ぶ。

「お前……!俺に本物を見せるだけ見せておいて、俺に危ない橋を渡らせておいて、このデパートに売り飛ばしやがったな?そんで、偽物の指輪を手に入れて、差額の4,000万円を手に入れようとしやがったのか……このクソアマ」

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