第78話 第4章 絶体絶命 (七月七日)6
室内がどよめいた。
「色が変わった」
誰かが呟く。
「そうでございます。光の種類によって色が変わる宝石がございます。この宝石は、アレキサンドライトという種類の宝石です。太陽光や蛍光灯の下では緑色、白熱灯や蝋燭の光では赤系統の色に変化します。和美さんに照らしてもらったライトは、白熱灯の色を再現したものです。アレキサンドライトは非常に高価なものです。ただし、これが天然物ならば」
慶次郎は言った。
「これは『偽物』です。明山さんが仰有るとおりに。天然物を『本物』とするならば」
「それはわかってんだよ!だから、この舞妓が奈理子とぐるになってすり替えたんだろう、って言ってんだよ」
明山は痺れを切らしたように叫んだ。
慶次郎は、明山の怒声に全く動じずに穏やかに続けた。
「それは違います。私が持っているこの指輪にも、十二時の位置の爪に傷があります。大写しになっている映像をよく見てください。奈理子さんから手渡された指輪と、ここにある指輪は、同じ物です。異論がございますか?」
慶次郎は、指輪の傷を大写しにしながら答えた。
「……じゃあ、本物、はどこにあるんだよ」
反論できない明山は、矛先を変えた。
(本物なんて。最初から最後まで、『偽物』の指輪しか登場してないのに。そんなこと分かるわけない……!)
豆初乃は、明山が無理難題を吹っかけて責任を押し付けようとしているのだと感じた。
「そうでしたね。本物、は―――」
慶次郎は、落ち着いた顔で続けた。
「こちらですね」
再び、襖に写された画像が切り替わった。慶次郎が手に持っている指輪とそっくりの指輪が、白い台座の上でライトに照らされ輝いている。宝石は右の方に向けられた状態で、青みがかった淡い緑色に輝いている。画面が動き出し、宝石はゆっくりと左に向かって正面へ回転してくる。正面から見ると爪は六つ。宝石が左の方へ回転していくと突然、わずかに茶色を帯びた赤に変わった。劇的な色の変化に、座がどよめく。
「これが、ここで言われている『本物』のアレキサンドライトの指輪です。台座がそれほど装飾的でないのは、この指輪の価値はこの宝石自体にあるからです。台座はいくらでも作り直せますから。この宝石の質のよい物はダイヤモンドの一級品の価格を超えます。特に、このアレキサンドライトは伝説を持つ宝石で、明治時代の始め頃に在日領事の愛妾だった女性に託されたとかなんとか……という謂れもあります。実際にはどういう由来で日本に入ってきたのか定かではないようですが、天然物のアレキサンドライトであり、このサイズですとかなりの金額になります。この『本物』に似せて、私が今手に持っている『偽物』の指輪が作られたのでしょう」
慶次郎は黙っている明山を見た。
「それでは、私から明山さんに一つ質問を。明山さんは、なぜ、二つの指輪を比べることなく『偽物』と断定できたのですか?」
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