第76話 (第4章)絶体絶命 (七月七日)4

 明山はそれ以上言わなかった。

「ちなみに警察とはなんの関係もございません。雪駒家、松茂家のみなさんを始めとして、芸妓のお姉様方、花街の皆様が、豆初乃さんを助けたいという一心で、映像等をご提供くださったのでございます」

慶次郎はどこまでも丁寧に解説をした。

「常世田奈理子さんが、豆初乃さんに指輪を盗まれたと仰有っていた件は、これで疑いが晴れたということで宜しゅうございますね?」慶次郎は全員を見渡したうえで、明山と奈理子の顔をのぞき込んだ。

 奈理子はそっぽを向き、明山は慶次郎から動画に目を移してうそぶいた。

「奈理子が言ってた『盗まれた』なんて話は、最初から嘘だって分かっとるわ」

 豆初乃はそれを聞いて黙っていられなかった。

「あれだけ、うちを詰っておいて、『嘘だと分かっていた』って言わはるんですか?」

それ以上に続けようとすると、紅乃が割り込んだ。

「豆初乃の姉代わりとして聞き捨てならへんので、言わしてもらいますが、ずいぶん舐めくさった真似をしてくれはりますなあ。常世田グループのお嬢様で、一度は旧大名家の奥様にもなったことがあるお人が」

明山は無視しようとしたが、奈理子は答えた。

「だから何?私が金持ちのお嬢様で名家の奥様であることが、なんか関係ある?盗まれたんじゃないとしても、この子が指輪をずっと持っていて、今ここにあるのは偽物って話なんだから、この子がすり替えたんでしょ?私は預けただけよ」

明山に引きずられた格好のままで、奈理子は投げやりに答えた。

奈理子の姿は酷い状態になっていた。美しく整えられていた面影はなく、髪の毛はぐちゃぐちゃになり、頬を腫らして、化粧も剥げている。それでも、豆初乃には今までで一番自然に見えた。この奈理子がこの人自身の自然体なのかも知れなかった。天女のような笑顔も、家族写真も、明山に甘える姿も、何もかもが作り物なのかも知れなかった。

「そう仰有ると思っておりました、お嬢様。よくご確認頂けるように、準備をいたしましたのでご覧ください。」

 ぎすぎすした雰囲気に、慶次郎が営業トークのように割って入る。

 慶次郎が、動画を豆初乃に指輪が手渡されたシーンで停止し、クローズアップにする。どんどんと拡大され、画面いっぱいに指輪が大写しになる。

指輪は鮮やかに緑色に輝いている。

「さて、この指輪の石を支えている台座の金属の爪をご覧ください」と、慶次郎は緑の光点でぐるぐると指輪の爪を示した。

「いや、ちょっと待てよ……。たかだか市販の防犯ビデオのカメラで、あれだけの距離があるのに、何でこんなに鮮明に拡大できるんだよ。そんな画質はよくないだろうが」

明山が慶次郎を睨む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る