第75話  (第4章)絶体絶命 (七月七日)3

「奈理子ぉ!」

明山が怒鳴るのと同時に、やることが出来たとばかりにスキンヘッドの男が奈理子の腕を引きずる。

「やめろよ!放せ!」

 奈理子は、上品さをかなぐり捨てて怒鳴った。同時に、スキンヘッドの腕を思い切り振り払おうとした。さすがに奈理子の腕では、振り払えなかった。しかし、見るからに上品そうだった人間がなりふり構わなくなった様子に、場の誰もが驚いていた。

「奈理子……どういうつもりだ」

明山が怒りで顔をどす黒くしながら、奈理子に問いただそうとする。

「ええーコホン」

突然わざとらしい咳払いの音が割って入った。能天気と言っていいほどののんびりした声で、慶次郎が続ける。

「お取り込み中のところ大変申し訳ございませんが、ここらではっきりと問題の解決を図りましょうか。お茶も冷めてしまったようでございますし」

 慶次郎が、茶器のトレイを後ろに控えていた芸妓のお姉さんに渡した。

紅茶室のアルバイトの和美さんが、お座敷の中にタブレットPCを持って入ってくる。雪駒家の勝文お父さんが、プロジェクターを持ってついてくる。

和美がすばやくプロジェクターを設置し、タブレットPCの画面が一方の白い襖に大きく写し出された。室内に、おお、と声にならないどよめきが生まれる。

慶次郎はポケットからレーザーポインターを取り出して、緑の光点が襖に現れるのを確認して言った。

「さあ、みなさん、ご覧くださいませ。御年輩の方にも目に優しい緑色のレーザーポインターを使ってございます」

慶次郎がにっこりと微笑みながら続ける。

「こちらが、事の発端、豆初乃さんが撥ねられそうになった瞬間から、常世田奈理子さんが豆初乃さんに指輪を預けたシーンですね」

 襖の上では、いきなり動画が始まった。明山は奈理子をひきずったまま動画に釘付けになっている。

「こ、これは……」

襖から目を離さないまま、明山が疑問を口にする。

慶次郎は、車から降りた長い髪の人間が、浴衣姿の舞妓に自分の手から何かを抜いて手に落とし込むシーンで一旦停止した。

「こちらは」

慶次郎がティーカップのブランドを勧めるかのように笑顔で口を開く。

「千寿小路の粟田宮近くの角の防犯カメラでございます。ここらは御茶屋も多く、また小じんまりとした家族経営の料理屋もございますから、防犯カメラが必須なんでございます。最近は物騒でございますからねえ。あらゆるところで個人情報が取得されている恐ろしい世の中でございますけれどもねえ」

「なんで……?お前、警察か?これはお前のところの防犯カメラの映像じゃないだろう。どう考えても場所と角度が違う」

明山は、明らかに取り繕う体裁すら忘れて襖に見入っていた。襖から目を離さずに、独り言のように疑問を口にする。

「さすがにホストクラブ・アモーレの雇われ店長をお勤めになるだけありますね。防犯カメラの角度や位置、距離をご存じとはさすがでございます」

明山は息を飲んで、慶次郎を振り返った。

「お前……」

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