第74話 (第4章)絶体絶命 (七月七日)2
紅乃の後ろの廊下には、多くの芸妓のお姉さん、祇園紅茶室のアルバイトの和美さん、雪駒家のお母さん、お父さんが控えていた。
「お姉さん……お母さん……お父さん……」
豆初乃は涙が浮かんでくるのをこらえきれなかった。泣いたらあかん、と思っても、わき上がってくる。
「最近は泣き虫になってばっかりや。泣くのは解決してからやで」
紅乃お姉さんが笑いながら、豆初乃を勢いよく引きずった。急に引っ張られた豆初乃はよろめいて、部屋の壁際に尻餅をついた。
「なにしはるん……」
と最後まで言い切らないうちに、一瞬前まで豆初乃がいた場所に元田が突っ込んできた。元田は、勢いがついたまま止まらず襖に激突した。
バキバキバキ、と派手な音を立てながら、襖を折って倒れ込んだ。慶次郎に殴りかかったが、簡単に避けられてそのまま襖に突っ込んだのだ。
紅乃は、足元に転がってきた金髪の元田が、顔を痛みに顔をしかめるのを見下ろして言った。
「まーた、あんたか。ええかげんに豆初乃にかまうのやめたらどうや。三年前に、修学旅行でこの子にちょっかいかけて叩きのめされたん、忘れたんか」
元田は怒りに顔を赤くして立ち上がろうとした。しかし、どこかが折れているのか、呻いただけで立ち上がれなかった。
「……覚えてろ……」
苦しい息の下で元田が紅乃と豆初乃を睨むと、紅乃は間髪入れずに言った。
「言うとくけどなあ、あんたが苦しいのはこの子のせいとちゃうで。勘違いせんときや。あんたが苦しいのは、あんたの父親がロクデナシなせいやで。あんたが救われたかったら父親と対決するしかない。自分より弱いところをいじめて腹いせしようとしてる限り、あんたは救われへんねんで。よう心しとき」
元田は、ひどく驚いた顔をした。それから、畳の上に転がったまま、無理な態勢で顔をそらせた。それ以降、二度と豆初乃たちを見ることはなかった。
「ちっ。元田はアカンな、どこまでも……。次いけや、次ぃ!」
明山がほかの男をけしかける。しかし、号令をかけられた男どもが誰も動かない。慶次郎の異様に盛り上がった筋肉と笑顔に、恐れをなしているのである。
煽る明山と茶器のトレイを片手で支えている慶次郎のそれぞれに、視線をちらちらと走らせながら、ホスト達は誰も動かなかった。
「おら?どうした?お前ら、全員腰抜けか」
そんな状況を慶次郎が静かに眺めながら、やがて口を開いた。
「明山さん、大事なのは私をやっつけることなんですか?指輪の行方を知っているはずの方を逃すと、あなたの命で購うことになるのではないのでしょうか?」
その言葉に、誰もが奈理子の存在を忘れていたことに気づいた。奈理子は、いつの間にか隣の部屋に続く襖ににじり寄っていた。
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