第73話  (第4章)絶体絶命 (七月七日)1

 スパーン!

 突然、豆初乃の後ろの襖がテレビの時代劇のように、両開きに勢いよく開いた。

 驚いた豆初乃の目に飛び込んで来たのは、まず元田の驚愕の顔だった。次に、明山の間抜けな大口を開けた顔。

豆初乃が後ろを振り返ると、慶次郎と紅乃が立っていた。

 驚いた豆初乃が、何か言おうとした瞬間に、慶次郎のよく通るソフトボイスが響き渡った。「なんと緊迫した雰囲気!まあ、いっぱいの紅茶でも」

 いつもの白いシャツに蝶ネクタイの慶次郎が、イチゴ柄のティーポットとカップをトレイに乗せて立っている。ただ、普段とは違うところがある。どれほど暑くてもまくり上げられることのない袖が、今日は肘の上まで巻き上げられている。ボディビルダーとみまごう筋肉のついた腕によって、よけいに茶器が繊細に見えていた。

 事態の展開についていけない豆初乃の頭のなかは、クエスチョンマークでいっぱいになる。

「え?」

「は?」

「はあ?」

室内にいた人間は、みな口をぽかんと開けている。

「まあまあ、皆さん。頭に血が上っては、よい解決方法は浮かびません。そこで、お茶でもいっぱい飲んで心を鎮めて、問題解決と参りましょう」

 太い筋肉に血管が浮き上がった腕でトレイを高くかかげて、慶次郎は満面の笑みで紅茶を勧める。

「なんじゃ、こらあ!」

黙っていた明山が、怒鳴った。

「茶だと?ふざけるな。部外者は引っ込んでろ!」

 しかし、慶次郎には明山の脅しは全く効果がなかった。

「明山迅さん、そう声を荒げては物事には冷静に対処出来ません。本日、ご用意したお茶は、アールグレイティーでございます。アールグレイの香りは、リラックス効果が見込めるのでございます。この場になんとふさわしいお茶であることでしょうか。アールグレイ・ティーとは、ベルガモットという柑橘の香りをつけた……」

慶次郎が滔々と話し出すのに、明山は一瞬虚を突かれた形で言葉を飲み込んだ。が、すぐに、場の支配権を取り返そうと行動に出た。

「おいおいおい、爺さんよお!」

大声で慶次郎の話を遮る。

「おまえ、何を言うとるんじゃ。紅茶の話はどうでもええ。俺は、この舞妓のお姉ちゃんに、指輪を盗んだうえに偽物にすりかえた責任を取ってもらう話をしとるんじゃ!それとも何か?あんたが代わりに弁償してくれるんか?ええ?これは高い指輪なんやぞ?」

明山は肩を左右に揺らして、慶次郎へ向かってきた。明山の足にすがっていた奈理子は、いつのまにか部屋の隅に移動している。

 呆気にとられて成り行きを見守っていた豆初乃は、後ろから背中をつつかれた。

「紅乃お姉さん……」

「遅うなって堪忍な」

 

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