第48話 (第2章)「事件」(六月十五日)夕刻(2)
(―――あの人だ)
あの人の顔が目に飛び込んできた。とても美しい顔。卵形のほっそりとした顔。着物を着ているけれど、間違いない。あの日のブルーの服もとても似合っていたけれど、クリーム色の着物もとても似合う。
胸に下げた小さな袋が熱を持つように感じた。指輪が入っている袋だ。
誰なんだろう?雑誌に載るような有名な人なんだろうか。豆初乃は、震える指で雑誌のページをめくった。
写真は、大きなお城みたいな家を背景に、一家四人が映っていた。前に女性二人が座り、後ろにスーツを着て立っている男性が二人。前に座っている二人の女性は、着物を着ている。片方があの人。
豆初乃は紹介文に目を通す。
―――常世田さん一家。電鉄会社、総合商社、不動産会社、流通、大手スーパー等の企業を統括する常世田グループ。その創業者の孫にあたられる常世田正彦さん、その奥様の豊子さん、長女の奈理子さん、長男の正信さん。長女の奈理子さんは、お父様の秘書を務めておられます……
(奈理子……常世田奈理子、って言う名前なのか)
奈理子さんの横に座っている年配の女性が、奈理子さんのお母さん。後ろに立っている人がお父さんと弟さん。お父さんも弟さんも、背の高いハンサムな人だった。
(きっとすごく幸せな一家なんだろうな。何もかも持っていて、穏やかなお父さんとお母さん、美しい娘さんと息子さん。大きなお家に住んで、きっとディズニーの映画のような暮らしなんだろうな。生まれたときからきっとそういう暮らし)
豆初乃は夢中になって読んだ。
(この人がなんで、私に指輪をおしつけて行ったんだろう。なぜ、こんなすごくお金持ちそうな家の人が、悪者に追われているんだろう。こんなに美しいのに。こんなに何もかも持っていそうなのに、なんで通りすがりの私を頼ってくれたんだろう。私に助けを求めてくれたんだろう)
豆初乃は混乱した。東京の人だから、京都で知り合いがいなくて私にすがったのかなあ。豆初乃は考えても分からなかった。
自分の胸元から小さな袋を取り出す。余った布で小さな袋を作って首からつるしている。細い紐や布の切れ端はいくらでもあった。あの日、巾着を引ったくられそうになって以来、首からつるすことにした。
取り出して眺めると、やっぱり大きな指輪だった。
盛夏になる前の夕方の光が、台所にも入ってきている。夕方の光のもとで、指輪は深い緑色に輝いていた。しげしげと眺めても、変わらず美しい光を放っている。
(この人はいつこれを取りに来てくれるんだろう。いつまで持っていればいいんだろう)
豆初乃は不安に感じた。高価な物をずっと持っていることが負担だった。
豆初乃は指輪を恐ろしいもののであるかのようにしまい込んで、再び、雑誌のなかで美しく微笑むあの女の人を見た。まるで聖女のように美しかった。
見つめていると、この人がかわいそうに思えて来る。
(こんなにキレイで何でも持っていそうなのに、通りすがりの舞妓に頼らなければいけないなんて、よっぽど事情があるんだ……)
「あら、いたん?」
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