第45話(第2章)「事件」(六月十五日)(4)

「僕は―――僕も、本を読むのが好きなんです。どういうものを読まれるんですか?」

彼の問いかけに豆初乃は詰まった。

(なんて答えればいいんだろう。慶次郎マスターのように素直に打ち明けていいのだろうか。バカにされないだろうか。この学生さんは、なんといってもK都大学の学生さんなんだ。すごく難しい本も読んでいるんだろうし、きっと読めない漢字なんてないんだ。なにかバカなことを言ったら笑われるんじゃないだろうか)

 豆初乃はそう思って、リュックを自然と抱きしめた。

「えっと……あの……」

豆初乃がためらっているのに気づく様子もなく、文蔵は話し続けた。

「好きな本ってその人を表しますよね。僕は、この本が好きだ、ってなかなか断言しにくくて。好きな本が多過ぎるんですよね。僕は子どもの頃から本が好きで、今でも子ども用の本を結構読むんです。子ども用の本は奥が深くて―――」

豆初乃は、滔々と話す彼の顔を見つめながら思った。

(この人は、自分が読んでる本が幼くて恥ずかしいとかそういう風に思うことが、この世に存在するとか想像もしない人なのかもしれない。学がなくて恥ずかしい、そういう感情が存在することを想像もしないで済む人なのかもしれない)

「えっと、うち」

豆初乃は思い切って顔を上げた。

「うち、あほやから、あんまり難しい本とか読んだことなくて。あの、そやから、文蔵さんが落とさはった本を見て、なんて読むんか分からへんかったんどす。そやけど、本のことを話したり、教えてもらえたらええなって」

豆初乃は一生懸命話した。馬鹿にされるんじゃないかと思いながら、どきどきしながら話した。文蔵学生の目を見て一生懸命話した。

「―――」

文蔵はうなずくでもなく、相づちを打つでもなく、黙って、豆初乃の話を聞いていた。

「―――」

無言の時間が過ぎる。太陽はまぶしく光っていた。六月も半ばになると、京都の日中の気温は相当に高い。ましてや日陰の無い川原である。

(やっぱり、こんなバカな発言にはつきあってられないと思っているんだ。バカすぎてあきれているに違いない。だって、この人はK都大学の大学生だもの。すごく頭が良くて、分からないことなどないはずなのだから)

豆初乃は、顔がカーっと火照って来た。原因は照りつける太陽のせいだけではない。

(でも、きっと色白ではない顔には外からは見えないんだろうけど)

豆初乃は二重三重に自分の情けなさに、泣けてきた。

 (ああ、いっそバカにして鼻で笑ってくれたりしたら、うちは走って去ることができるのに!)

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