第25話 (第2章)「事件」(五月九日・午前中)(1)

 「豆初乃ちゃん、ちょっとお!すごいことあったんやって?」

 舞妓と芸妓の学校である女紅場学園のロッカールームに入った途端に、豆初乃は同輩に囲まれた。

「福波はん、光香はん」

 豆初乃は二人の勢いに、巾着を落としそうになった。

 二人は去年の秋、豆初乃とほぼ同じ時期に舞妓として店出しをした。去年、この花街から店出しをした舞妓は八人。ほんのわずかでも先に店出ししたら、年が下でも先輩である。花街の上下関係は厳しいので、ほぼ同時期となると数少ない同輩として絆ができるのである。

豆初乃は16歳で舞妓として店出ししたから早いほうである。小柄で肉付きのいい丸顔の福波も、豆初乃よりも大柄な光香も、豆初乃より一つ年上の一八歳だと聞いている。

巾着を何となく抱きしめながら、豆初乃は二人に尋ねる。

「なんかあったん?」

巾着の中の携帯電話のストラップに指輪が入ってることは誰も知っているはずがないのに、豆初乃の気がかりがそこにあらわれた。

―――誰が言ったんだろう。あの女の人のこと。あの女の人を見たのは、紅茶店の慶次郎マスターとアルバイトの和美さんだけなのに。いや、歌舞練場の裏手だったし、御茶屋も屋形もたくさんあるところだもの。昼間の人っ子ひとりいないように見える場所でも、誰が見てるか分からない。

―――あの指輪を渡されたのだって見られていたのかもしれない。


  豆初乃は急にどきどきしてきた。私が何か悪いことをしてるって思われてるんじゃないか―――。―――そういえば、紅茶屋のマスターだって変だった。何も訊かないなんて。あの女の人を見たはずなのに、何も言わなかった。「何があったんですか?」って訊いてもおかしくないのに。

  豆初乃の頭は、いっぱいになった。

 ―――誰なんだろう……?誰が、その話を広めたんだろう?

豆初乃は、紅茶店に駆けていって、何を話したのか問いただしたくなってたまらなかった。


「観月若師匠と話ししはったんでしょ?」

光香が言った。隣の福波が嬌声を上げる。

「へ?」

 豆初乃は、ぽかんと口を開けて聞き返していた。

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