第19話 第1章「謎の始まり」 五月七日・宵(4)
―――紅乃お姉さん。紅乃お姉さんと男の人。
豆初乃はとっさに隠れた。廊下の奥の2人から見えない位置に。
―――どうしよ。なんか、今出て行ったら気まずい雰囲気やわ。よう出ていかへん。
話している二人が取り立てて近い距離で話しているわけではなかった。薄暗くて表情もよく見えない。それでも、二人の間に流れている親し気な雰囲気が、空気を読むのが得意の豆初乃に見えないわけがなかった。
息を潜めていても2人の声は聞こえてこない。何かを話している気配がするのに、聞こえてこないことに豆初乃はどきどきした。出て行くタイミングが読めない。
再び静かになったので、階段の下から三段目にうずくまって、手すりの間からそっと二人を覗く。
男の人は和装だった。御茶屋のお客でも和装の男性は滅多に見かけない。男性の着物に詳しくない豆初乃には価値がよくわからないが、上下ともに茶系の着物である。ただ、着慣れていることだけは一目でわかった。お稽古のお師匠さんのような佇まいなのだ。
―――紅乃お姉さん、三味線を持ってはるな。お座敷からお座敷へ移動しはるところやろか……
豆初乃は心の中で呟いた。
紅乃は、豆初乃に心持ち背中を向けているので顔が見えなかった。男性の方も少しうつむいている。親密な雰囲気なのにひどく静かだった。
―――いつになったら終わるんやろ。
豆初乃は時間を気にしてやきもきしていた。また、そっと覗く。
―――あ。
豆初乃はどきんとした。着物の男性が、ゆっくりと腕組みを解いて、紅乃お姉さんの方へ手を伸ばした。無造作な動きなのに美しい動きだった。
チャリン。
豆初乃が、どきりとして身じろぎしたために、髪に挿した「びら」と呼ばれるかんざしが揺れた。小さな音だったが、静かな廊下に金属音が響き渡る。
一階の廊下は息をひそめたように静まり返る。思い出したように、遠くから二階のどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。玄関から入る風向きによって、小さくなったり遠くなったりしているのだ。
痛いような沈黙が一階を覆っている。
豆初乃は息を吸って覚悟を決め、腰を上げた。わざと大きな音を踏みならして階段を降りる。ほんの三段ほどだが。
タン!タン!
「―――ああ、わかった」
男の人の声だけが響いた瞬間に、豆初乃の足袋は一階の玄関前の床を踏んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます