第20話 第1章「謎の始まり」 五月七日・宵(5)
男の人の声だけが響いた瞬間に、豆初乃の足袋は一階の玄関前の床を踏んだ。
タ、タ、タ、と静かな足音が奥の廊下から、背を向けている豆初乃の後ろに迫り、すぐに追い越した。真横を通り過ぎる足音の主を、豆初乃は思わず見る。
和装の男性が横顔を見せて通り過ぎた。
そこに人がいる―――それも派手に着飾った舞妓がいると百も承知で、まるで空気のように無視をした。空気のように無視をすることを、なんの違和感もなくできるのだ、と豆初乃に思い知らせるかのような圧力があった。
着物の男性は、豆初乃に背を向けて広い玄関の前で、す、と足を止めた。豆初乃は思わず息を止める。
豆初乃からは男性の表情は見えない。男性は羽織の背中だけを見せている。地味なのにとても高価な生地を使った着物だということが、間近で分かった。立っているだけでも雰囲気がある。素人には思えない。腕組みをした姿、白い足袋が仁王立ちになっている。が、背中がぴしっと伸びている。
二階のどんちゃん騒ぎが波のように大きくなったり小さくなったりする。
沈黙に耐えられなくなりそうで、豆初乃は小さく喘いだ。豆初乃は、紅乃お姉さんはこの状態をどう見ているのか、と思って、振り返りたくなった。振り返ってしまうと、豆初乃が廊下の奥に人がいることを知っていたことになってしまう。
「―――のぞき見している鼠が一匹」
張りのある声が前から降ってきた。決して大きな声ではない。吐く息も声の高低も完璧にコントロールされた発声。豆初乃は雷に打たれたように体をビクッとさせた。
「気づかれへんようにするもんやで。修行が足りひんな。豆初乃さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます