第18話 第1章「謎の始まり」 五月七日・宵(3)

「―――やで」

「―――」

 低い話し声が耳に飛び込んできた。二階のどんちゃん騒ぎの音に、微かに小さな話し声が混じる。

階下からだ。

豆初乃は耳を澄ませた。

御茶屋の松茂家は、母屋と離れで成り立っている。母屋と離れの間には大きな庭がある。

豆初乃は母屋の二階の座敷の一つから出てきたのだ。御茶屋では料理は全部、外から仕出しを取るが、お酒に燗を付けられる台所がある場合がある。松茂家では、母屋の一階には座敷が無く、台所と納戸部屋がある。その階下で人が話しているのだ。

豆初乃は出ていくタイミングを失って、階段の半ばで立ち止まっていた。何事もなかったら何気ない顔をして、さっさと玄関から出て行こうと思ったが、声に聞き覚えがあるような気がして、豆初乃の足をとめさせていた。

母屋の玄関の扉が大きく開かれているので、階段の途中からも庭が見える。夕闇に沈む庭を挟んで、向うに見える離れが浮かび上がる。今日は離れにもお座敷がかかってるようで、障子越しにほんのりとオレンジ色の明かりが灯っていた。

「―――」

 よく聞き取ろうと、豆初乃は階段の途中で、そっと手すりの間からのぞき込んだ。階段を降りきると母屋の玄関に出る。そこから中庭を横切ったらすぐに、御茶屋の女将さんが控えている玄関を通る。

 階段のすぐ下に人がいるわけではない。長い廊下があるので声が反響して、近くに聞こえたようだ。

 豆初乃は、そっと階段の裏手を覗いた。階段の裏手には長い廊下があって、突き当りを右に曲がったら、お手洗いだ。古いながらも磨き込まれた板張りの廊下に、片側は障子が、もう片側はガラス戸が続いている。

 長い廊下の突き当りの障子側に少し寄ったところに、一組の人影があった。

―――あ

 豆初乃は声を出しそうになって飲み込んだ。

 ―――紅乃お姉さん。紅乃お姉さんと男の人。

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