第3話 すべての始まり(3)

「さ、紅乃お姉さん、せっかくのおぐしが乱れますし、後ろへ」

 慶次郎は腰を低くして、紅乃を背中にかばった。紅乃はうなずいて、女子中学生の肩を抱いて道の端まで下がった。

「さて」

 慶次郎が前を振り返ると、金髪の少年は怒りで顔を赤くして言った。

「おっさん、口出しすんなや。年寄りは引っ込んでた方がいいぞ」

 慶次郎は、ふっと微笑んで返す。

「しかし、お兄さん、ここは天下の公道でございますよ。こんなところでそんなに、イキがったことを言っては恥ずかしうございます。警察を呼ばれますよ」

「うるせえ!脅しなんか利かねえぞ」

金髪少年は後ろの二人の顔を振り返ってから、言った。友人の手前、引けないのである。格好悪いところを見せるわけにはいかないのだ。

「クソババア!どけよ!」

少年は、慶次郎を押しのけて、芸妓につかみかかろうとする。

慶次郎は、芸妓をつかもうと伸ばした少年の手をがひねり上げた。体を入れ替えて、少年の手を背中側に回す。

金髪少年は、イキがっていても実は慣れていない様子で驚いた表情をした。怯えた表情が浮かんだところで、慶次郎は少しだけ手を緩めた。

「なに……すんだ……っ」

痛みと変な姿勢のせいで、苦しい声を少年が上げる。

「ここでお姉さんに手を上げようというから、止めたまででございます。君がこのままお姉さんを突き飛ばしでもしたら、暴行罪で捕まるよ。警察だけじゃない、商売あがったりですからね。何百万円も請求される裁判が起こされますよ」

慶次郎は、やんわりと忠告したつもりだったが、少年は意外なことを言った。

「金ならあるんだ……あの女だって、金で親父が買ったんだ……」

慶次郎はぎょっとした。

(あの女、というのは、あの少女のことなのか)

 慶次郎は、改めて少年の手を背中側で締め上げた。

「……痛い!痛い!放してくれ!」

「……君は修学旅行の最中でしょう?新潟から来たんでしょう?」

「なっんで……痛たたた!」

 慶次郎は少年たちのイントネーションから推察したのだ。

「こんなところで警察を呼ばれたら、生徒全員が自由行動を禁止されます。中学校の先生はトラブルを恐れるからね。君は全校生徒から恨まれる。第一、君は暴行罪で起訴だ。お姉さんの肌に傷でもつけてみろ、傷害罪で起訴だ。当分家には帰れない。家がいくらお金持ちでもね?どこでもそういう話が通じると思ったら大間違いですよ?」

 慶次郎は、優しい丁寧な声で微笑みながら、金髪少年の耳にだけ聞こえるように囁きかけた。

「……!」

 金髪少年は怯えた顔で、慶次郎の顔を肩越しに振り返った。少年の目に涙が浮んでいる。痛みからなのか恐怖からなのか、本人も分からないだろう。

「引くなら今ですよ。引き際は大事です」

慶次郎は静かに言った。

「取り返しのつかない目にあわないためには」

少年は引きつった顔で慶次郎を見た。負け犬の顔だ、と慶次郎は思ったので、手を離した。

その瞬間、少年は

「覚えてろよ」

 と言って、走り去った。慌てて、茶髪の二人も後を追って行った。

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