第10話 タイムアタック

「最初に食らい損ねたせいで間に合わぬところだったわ」


 あ。

 竜の哄笑を聞きながら僕は計算ミスに気付く。余裕があると思っていたが、真珠竜の御座所の襲撃以前に、コイツは一度真珠竜を襲っていた。そうか……半分か三分の一か二か知らんけど、その分は消化済みだったか。

 先が二股になった尻尾が、槍のようにディフィリアに襲い掛かった。大型化して威圧を増した黒曜竜に、ディフィリアは竦んで反応できていない。

 飛びついてディフィリアごと転がった僕を掠めるようにして、尻尾の先端が床に突き刺さる。これはヤバイ。もうディフィリアの手には負えないだろう。大きさも、パワーも格段に上がっている。


「ちょっと待った!」


 僕は声を上げて黒曜竜の注意を引く。黒曜竜は目を細めて僕を見た。


「なんだ小僧」

「あんたは真珠竜の居場所まで案内させるために僕をこの世界に呼んだんだよな?」

「そうだ」

「で、あんたは目的を果たした。僕は十分役に立ったはずだ」


 背後でディフィリアが息を呑む気配。巻き込まれた部外者としては聞いておかなければならない。


「だから僕を、元の世界に戻してくれないかなあ?」

「……ほう?」

「お師匠様!?」


 ディフィリアが悲鳴のような声を上げる。


「正直もう姫様があんたに勝てるとは思えないし、僕は元々無関係だ。あんたの役に立ったんだから、報酬をもらったっていいだろ?」

「フフフフ、フハハハハハハ!!」


 竜はそれはもう面白そうに笑う。爆笑したあと、竜は牙をむき出して僕を見下ろした。


「世界をつなぐのはかなり面倒でな。用済みの駒にわざわざそんな労力を払うものか!」

「そうかい」

「無関係のこの世界で死ね!」


 僕とディフィリアを叩き潰すために、竜はその前足を振り上げ――――

 一切の躊躇なく振り下ろした。


「だろうと思った。これで心置きなくやれる」


 僕は二本の剣で振り下ろされた竜の爪にカウンターを叩き込む。弾き切られた鱗から血が飛び散った。


「なっ!?」


 痛みに驚いたのか竜がたじろぐ。弾かれるなんて思ってもいなかったのだろう。僕の場合ゲームシステムが生きているからな。装備の変更も秒以下で済む。杖から剣に持ち替えた瞬間にローブから鎧へ装備の換装は終わっている。枷が外れた気分だ。


「ヒルダ、真・黒曜石の竜杖に装備変更。サビーネは真珠の竜杖・改。ミラは翠真珠の魔弓。いつも通りよろしくな」

「了解!」

「ん」

「お任せを」


 三人娘にクラス変更の指示を出し、僕は軽く肩を回して前に出る。いつものフォーメーション。コイツとやる時は遠距離の方が手っ取り早いのでサビーネだけでなくヒルダも魔法使いで。リュドミラは治癒魔法を撃ち出す魔法弓を使うヒーラーへ。僕はもちろん黒曜竜に有利がとれるクラスで。

 奴は選択を誤った。最後のチャンスを与えてやったのにな。これからは好きに暴れさせてもらう。


「ディフィリア、サビーネの後ろで見学だ。ごめんな、仇討ちさせてやれなくなった」

「え……お師匠様、その剣は」

「ほら、危ないからさっさと行け」


 僕はディフィリアの腕を取って立ち上がらせ、背中を押す。ディフィリアは振り返りながらサビーネのところへ駆けて行った。


「何で……貴様、プリーストだったはず……」

「馬鹿だなあ。ただのプリーストがどうして竜の御座所を知ってるなんて思ったんだ? 灰の騎士トワイライトナイトの転職クエだろうが」


 僕はクックッと笑いながら軽く右手の黒い剣を振る。黒曜竜がびくりと身を震わせた。気付いたか?


「それは……その剣は……」

「おう。元は黒曜竜てめえの角だよ」

「そんな馬鹿なッ!?」

「生憎だが僕の装備は『黒白の竜装』フルセットだ」


 眼前の黒曜竜を思わせる白と黒に彩られた鎧。光を吸い込む黒剣と光を放つ白剣。そりゃあ奴には嫌な気分しかしないだろう。

 右は『真・黒曜石の竜剣』、左は『真珠の竜剣・改』。黒をベースにパールホワイトの装飾の『黒白の竜兜』、『黒白の竜鎧』、『黒白の竜爪』、『黒白の竜脚』というセット装備だ。セット効果は対黒曜竜強化。つまり黒曜竜に対して命中やダメージ上昇、被ダメージ減少といった完全対策装備だ。もちろん最大強化済み。素材は目の前の……覚醒黒曜竜である。


「ディフィリア!」

「はいっ?」


 まだ混乱したような返事が飛んで来る。


「本気の灰の騎士トワイライトナイトを見せてやるよ」


 時間の都合でディフィリアをカンストさせることはできていない。だから全部を教えることもできなかった。

 灰の騎士が竜への抑止力となる所以。異世界のフィデル王子お兄様が残した成果がどんなものなのか、ディフィリアに教えておこう。

 僕は唖然とする黒曜竜の頭目掛けてジャンプする。まずは白い角から折ろうか。


「最速5分キルだ。始めるぞ!」


 黒い尾を引いて黒剣が角へ向かう。闇属性〈破月の舞〉。弱点属性の連撃で、まずは一本。額の角を折られて黒曜竜が怯む。続いてもう一本へし折る。真珠竜の力を得て新たに生えた角だからか、白い角の方が耐久力が少ないので折りやすい。

 リュドミラから強化の矢が飛んで来る。黒曜竜の杖を持つヒルダは黒曜竜の白い部分を、真珠竜の杖を持つサビーネは黒い部分を狙って魔法を放つ。

 この真珠竜の力を得た黒曜竜は覚醒黒曜竜と呼ばれ、弱点属性が部位によって違う。黒曜竜は光に弱く、真珠竜は闇に弱い。それをそのまま反映しており、逆転属性だと攻撃をほぼ無効化してしまう。

 そのため戦闘中細かく武器を持ち替えるか、光・闇以外の属性で押し切るかになるのだが、灰の騎士だけはスキルによって両方の属性を使い分けることができる。猫も杓子も灰の騎士を選んだ所以だ。


「ふざ、けるなっ!」


 慌てて黒曜竜はテラスから飛び上がる。上空からブレスで攻撃か急降下で襲ってくるか。

 そしてこれまた黒曜竜戦で灰の騎士が量産された理由なのだが。


「馬鹿なああっ!?」


 目の前に追いすがってきた僕に、黒曜竜が悲鳴を上げる。飛べない人間が空中まで追って来たのが信じられないのだろう。ゲームでは見なかったうろたえようが新鮮で僕は笑う。フィデルさんが見ていたらきっと苦笑して窘めたであろう笑顔で。


「二段ジャンプと空中発動スキルの組み合わせでなあ! 食らえ、〈ミーティア・ストライク〉!」


 光属性の乗ったジャンプ切り下ろしで、黒曜竜の翼を破る。

 灰の騎士は大型モンスターとの空中戦を想定してデザインされている。ジャンプとスキルの組み合わせ、モンスター自体を踏み台にすることで高所に逃げた敵を殴り続けることができるのだ。

 悲鳴……もう悲鳴にしか聞こえなかった吼え声を残して黒曜竜がテラスに落ちた。もう一度〈ミーティア・ストライク〉で追撃。狙うのは頭。まだ残っている黒い方の角だ。

 角を叩き折り僕はそのまま〈ミーティア・ストライク〉を発動、即キャンセルして滞空時間を稼ぐ。

 床面で暴れる尻尾を見下ろして、タイミングを合わせて先端を切り下ろす。一発では切れないので続けて地上で〈破月の舞〉。切り離された尻尾の棘が血飛沫を上げて飛んでいく。これで部位破壊は終了。


「次は苦し紛れのボディプレス」


 広範囲を質量に任せて押し潰すつもりだろうが、地面にいなければ当たらない。頭の黒角に飛びつけば問題ない。慣れきった戦法でこのまま叩き潰す。


「もう折っていいな」


 白二本、黒二本あった角だが、これが最後の一本だ。僕が飛び降りると同時に雷鳴が鳴り響き、白い雷がまるで避雷針に落ちるかのように黒角に降り注ぐ。ナイスタイミングだ、サビーネ。


「ぐお……」


 直撃を食らって朦朧状態になる黒曜竜めがけ、僕は容赦なく魔弾を発射。最後の角が砕けて落ちた。

 激痛だったのか咆哮を上げてのたうつ黒曜竜。闇雲に爪を振り回して暴れるのを、僕はカウンターで捌く。その間も三人娘の攻撃は的確に降り注ぐ。僕と同じだけ彼女らも黒曜竜と戦っている。慣れたものだ。


「何だ……貴様は何者だ!」

「お前がわざわざ召喚したんだろうが」


 笑ってやる。右、右、左、尻尾、噛み付き、と。予備動作から何から全部読まれてるのがわからないのか? 攻撃の全てに最適な返しをしてやる。ちゃんと攻撃部位に合わせた属性で。


「何故、この儂が! 手も足も出んのだ!」

「そりゃもはや作業だからな」


 作業だよ。もう型にはめるだけのな。呆けたように黒曜竜が動きを止める。覚醒して万能感に浸ってたか? 生憎僕の前ではただの獲物だ。


「称号持ってんだよ。”灰を灰に”って。覚醒黒曜竜千回討伐」

「ふざけるなああああ!」


 ディフィリアの時想定どおりにしか動かなかったことで、僕はもうまったく心配していない。正面に立って黒曜竜の怒りモードを捌ききると、次は必ずブレス。

 頭部の装飾を全部失って雑魚っぽくなった黒曜竜が体を反らし息を吸う。


「悪いな。もうお前を狩るのは飽きた」


 ブレスのために身を反らすことで、黒曜竜は僕の前に最大の弱点を晒す。喉元の、いわゆる竜の逆鱗。高い位置だからと油断が過ぎる。灰の騎士ならその程度の高さ、たやすく届く。

 ジャンプ。宙を蹴ってもう一度。


「〈ルナー・エクリプス〉」


 覚醒モードの逆鱗は二重になっている。カモフラージュの黒曜の逆鱗の下に、本命の真珠の逆鱗。〈ルナー・エクリプス〉は左右の武器に闇と光の属性を与える。『真・黒曜石の竜剣』と『真珠の竜剣・改』にそれぞれ闇と光を、そしてこのスキルは元々の武器の属性と付与する属性が合致した時、クリティカル倍率を上げる。

 光る剣が黒曜の逆鱗を剥ぎ取り、漆黒の刀身が真珠の逆鱗を突き通す。


「グギャアアアアアッ!!」


 吐き損ねたブレスのエネルギーが引き抜いた剣の傷から噴き出した。おっと、これは想定外。ダッシュで回避。

 自らのブレスで喉を大きく裂かれた黒曜竜は、血を撒き散らしながら倒れた。

 何が起きたのかよくわからない様子で、呆然と黒曜竜は僕を見た。


「お前は僕を送り返すべきだった。友人の仇討ちの機会をくれてありがとうよ」


 ゲームではメインクエストで共に戦った。こちらでは最初に僕を迎えに来てくれて、それから何度も共闘した。パーティ組んで戦ったら友達でいいだろ?

 部外者だとずっと言いながら、僕はフィデルさんを殺した黒曜竜に怒っていたらしい。存分に蹂躙して満足した自分がいる。

 サビーネに連れられてディフィリアがやってきた。リュドミラとヒルダも近づいて様子を見守っている。


「黒曜様……」


 横たわる黒曜竜はもう話すこともできない。溢れる血が川のように流れている。


「さらばです」


 ディフィリアが別れを告げると同時に、竜の気配も途絶えた。


「お師匠様も灰の騎士トワイライトナイトだったのですね」

「あー、うん。どっちかというとこれが本業」


 散々覚醒黒曜竜を周回したのだ。サーヴァントも含めて最強装備を最大強化するところまで。レベルを上げただけのプリーストよりよっぽどこちらが馴染んでいる。


「フィデル王子が僕の師匠だった」

「そう、ですか……」


 転職クエストとスキル習得担当だからね。まあそういうことで。なんというか、お兄様のお陰と思ってもらいたい。あくまで部外者なんだ、僕は。


「お師匠様はこれからどうするのです?」


 それなんだよね。僕が振り向くと、サーヴァント三人娘は笑顔でこっちを見ている。彼女らがいるなら大抵なんとかなりそうではあるけど。傭兵の仕事でもして稼いでどっかに引きこもるか。


「あ……」


 なんて考えてたら、黒曜竜の体が光りだした。竜はきらきらと光る粒子になっていく。呆然と見ていたら、その粒子はすっと音もなく僕のほうへ飛んできた。


「えっ!?」


 眩しい。光の粒子は僕をぐるりと取り囲んだあと、奔流のように僕の体に飛び込んでくる。


「主様!」

「お師匠様!」


 女性陣の悲鳴が聞こえる。熱い。体全体がすごく熱い。一瞬なんかすごい熱量を感じたあと、嘘みたいにその熱は消えた。

 何だこれ。上がりまくった心拍数を息をついて鎮める。


「サビーネ……皆さん!?」


 ディフィリアが僕と同じように胸を押さえて蹲ったサーヴァントたちに焦ってそう叫んだ。ああ、そうだよな。彼女らは僕のサーヴァントだから、つながりがある。僕と同じように彼女らも異変を感じたんだろう。


「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」


 深呼吸して僕はディフィリアに言った。いや、マジで驚いた。

 リュドミラたちを見ると、彼女らも一時の衝撃から立ち直って僕を見て安心させるように頷いた。


「んじゃ、僕ら帰るから」

「え? はい。帰りましょう」

「帰りは魔物は出ないから、マルシオとリリアナさんによろしくね」


 怪訝な顔でこちらを見るディフィリアに笑いかけて、僕は手順を確認する。うん、ちょっと面倒くさいけど、黒曜竜が一回ルートを通してるのと本来の位置に戻る分楽にいけそう。


「黒曜と真珠の竜の力、僕のとこにきたみたいなんで、これ使って帰るわ」

「ええっ!?」

「大陸の平衡は双方の竜がいなくなったことで保たれてる。いずれ次代の竜が生まれてくるみたいだから、そのうち元通りなんで安心して」


 唖然とするディフィリアが見守るうちに、僕は元の世界へ戻る手順を進める。必要な知識はなんとなく今理解できてる。おし、暗転していた拠点への転移がアクティブになったので、あとはポチるだけだ。


「じゃあね。大変だろうけどがんばって」

「あっ……ありがとうございました!」


 僕らの姿が消えかかっているのに気付いて、ディフィリアが慌てて礼を言う。


「お師匠様! わたくしは……」


 聞こえたのはそこまで。次の瞬間僕はサーヴァント三人娘と一緒にマイハウスの玄関に立っていた。



◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 ログインするといつもの町の広場。プレイヤーの姿が行き交い、固定NPCが雑貨の店を出している。


「お、レンさん久しぶり」

「こんちわー」


 出会ったフレンドと挨拶。

 あの日不思議なことに、戻ってみれば時間的には五分も経っていなかった。とはいえ、安心したのかどっと疲れてすぐログアウトしてベッドに飛び込んで、しばらくゲームにはインしていなかった。

 数日は体調とか色々心配でしばらく様子見をしていたのだが、特に普段と変わりはなかった。竜の力っぽいものもあのあと感じることはなく、白昼夢でも見た気分だ。

 ゲームのルーティンに従ってマイハウスへ跳ぶ。最初に留守の間のメールやなんやかやをリュドミラに確認するのだ。


「おかえりなさい、主様」


 いつものように玄関口で彼女が出迎える。うん。いつも通りだ。


「何かあったりした?」

「ログインボーナスが届いているわ。他は……」


 以前と同じ会話。やっぱりリュドミラは綺麗だなとか思いつつふと気付く。リビングのソファにだらしなく寝そべるヒルダの姿。あれ? 管理サーヴァントじゃないのに何でいるんだ?


「主は薄情。もう三日も放置」


 たたたたと駆け寄ってくる魔法使いの少女。


「主様はお疲れだったの。わがまま言っては駄目よ」

「むう」


 柔らかく窘めるリュドミラ。膨れるサビーネ。


「あっ、ちょ、主様帰ってきたなら起こしてよ!」


 ソファから落ちかけて目を覚ますポンコツ女戦士。


「ミラ? みんな、あの時のまま……?」


 驚く僕にリュドミラが嫣然と微笑む。


「主様。私たちは竜神のサーヴァントなのよ?」

「いや、でもあれっきりそれらしいものは感じないんだが」

「黒曜竜もそうだったじゃない? きちんと馴染むまでは時間がかかるのよ」

「あ、そう……」


 あれえ? じゃあ僕はガチで竜神とやらになっちゃったの?


「ま、いいか」


 目の前には綺麗なお姉さん。まとわりつく美少女と、抜けてるけど頼もしいアマゾネス。


「落ち着いたら連絡するようにと、翠玉竜様からメッセージがきてるから、よろしくね」

「え……」


 一瞬その言葉に固まったが、今考えても仕方がない。まだその竜の力っぽいものはよくわからないし、どうやって連絡するのかとかわからないし。

 再起動した僕はサビーネの頭をぽんぽんと叩き、ヒルダの熱烈なベアハッグをかわす。


「お茶いれてくれる?」

「喜んで」


 リュドミラに誘われて僕はリビングのソファに座る。きっとこのあと膝枕を強請っても構わないだろう。

 竜神かあ。ちょっと面倒そうだけど、楽しければ問題はない。まあ、なんとかなるでしょう!



                                 おわり

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攻略Wikiがわりに異世界召喚されたんだが暴れてもいいだろうか? 踊堂 柑 @alie9149

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