第9話 黒曜竜の御座所
暖かくてふわふわの枕で眠って、暖かくてふわふわの枕で目覚めたら気分はすっきりしていた。誤解のないよう言っておくが抱き枕にしただけでそれ以上のことはない。こんな野外のペラいテントで何ができると言うのか。ヘタレとかいったら殺す。ってか誰に言い訳してんだ僕。
「そんなんじゃ黒曜竜を討つのに何十年もかかるぞ! 本気を出せ!」
「は、はいっ!」
今は絶賛スパルタレベリング中。リュドミラが弓で釣って来たモンスターをヒルダがキャッチし、それをディフィリアが倒す。もう少ししたらヒルダには手を抜いてもらおう。乱戦に対応できるようになってもらわないと。最後にはタンク抜きだ。どうせ黒曜竜とやる時には、奴はディフィリアを狙うに決まってるから。ゲームでもタンクに該当するクラスはあるが、必ずしも必須ではなかった。タンクがいたほうが楽な部分はあるが、どういうクラスの組み合わせでも戦えるようにできていたのだ。
「僕の世界で、この大陸は滅亡しかかっていた」
下手に気遣うのはやめた。ディフィリアの腰がなんとなく落ち着かないのは、無意識に人に頼っているからだ。以前はフィデルさんに。今は多分僕に。
だから僕の手助けに明確な理由を欲しがってる。安心したいんだと思う。
まだ少女なのだから仕方ないけど、一生面倒見る気もないのに頼られても困る。僕は安穏な生活に帰りたいのだ。
仇討ちしたいといったのは彼女なのだから、彼女にやらせるべきだ。きっと大丈夫。ディフィリアはあのフィデルさんの妹だ。
「僕が大陸へやってきた時、フィデル王子は王家の最後の生き残りだった。今の君のようにね」
「……えっ」
ディフィリアが息を呑む。飛び掛ってきたダイアウルフへの対応が遅れて、突き倒された。僕はヒールしながら続ける。
「敵から目を反らすな! 僕が妹姫に会ったことがないのは、王都が黒曜竜に襲われたとき国王と共に殺されていたからだよ」
脅して危機感を持たせようとゲーム設定をぶちまける。油断すればやられるんだよ。
叱咤されてディフィリアは立ち上がる。ヒルダが軽くヘイトを取って隙を作ってやっていた。もっと戦い慣れてくれないと、先へ進めない。
「黒曜竜が闇に落ちてオーグルを始めとした魔物が力を増した。王城は破壊されて、廃墟のようになった王都に、辛うじて生き残った人々が集まっていた」
「そんな、まさか」
モンスターの攻撃を捌きながら、ディフィリアが言う。声は弱いし気持ちが揺れてるから対応が甘い。噛み付かれ、爪で傷を負う。
さっさと実力をつけないと、そうなっていくんだよ。
「
さらに混乱したのか、スキルの発動タイミングを外した。ダイアウルフが一匹も減っていない。
「フィデル王子は、黒曜竜を倒すためにあらゆる手を尽くしたんだ。灰の騎士は対黒曜竜に一番有利なクラスだからね。もし自分が死んだ時のために、戦う手段を残すことを考えたんだと思う」
追い詰められたディフィリアは剣を振り回す。二剣をちゃんと扱うのには熟練が必要だ。当然あまり有効打になっていない。
「お師匠様……」
「何?」
「じゃあ、もし私が……」
「嫌だね」
何を言おうとしたかは想像がつく。ずばっとぶった切らせてもらおう。僕はそんなこと望んじゃいないし。
「死んだらあとは僕に丸投げする気? 巻き込まれただけの被害者に何を図々しいこと言ってんの。フィデルさんはちゃんとやるべきことはやったよ。だからあちらでは大陸は復興に向かってるんだ」
「旦那……」
「マルシオ、君の仕事は食料の調達でしょ。さっさと行って」
今朝から雰囲気が変わったのを察知して、様子を窺っていたマルシオを追い払う。
「だって……だって私は兄様のようには」
あ、弱気が出た。フィデルさんは優秀だからね。でも気持ちで負けてたら勝てる勝負にも勝てない。大丈夫。君はやればできる子だ。
「じゃあグインネルは滅びるだけだね」
「そんな!」
「今までの展開は僕の知識と違ってたけど、これから先は似たようなことになると思うよ。大陸の守護竜が闇落ちしたんだから、色んなバランスが崩れて魔物の動きが活発になる。それを正すべき王がこのざまじゃ、事態は悪化するばかりでしょ」
「でも、そうなったら貴方だって!」
「関係ないな。言っておくけど、僕はこの大陸がどうなろうと知ったこっちゃない」
「じゃあ、じゃあなんでわたくしを助けて下さるのですか!」
あれ。一周回って帰ってきたぞ。どうしよう。えーと、えーと。
「自分で考えろ!」
投げた。
「と、とりあえず、もっと気合入れてさっさとレベル上げて、黒曜竜倒して、それからまだ先があるんだから死んでもいいとか思わないこと!」
全員が一瞬呆けたように動きを止めた。ヒルダは無意識に体が動くのか、呆けたままダイアウルフの首根っこを捕まえてへし折る。予備戦力として待機させていたサビーネが、無表情なまま炎を放って残りを焼いた。
「主はたまにヒルダよりポンコツ」
「旦那ァ……」
マルシオに肩を叩かれる。さっさと食料取りに行けって言ったのになんでまだいるんだよ。生暖かい顔を向けるな。
「ぷっ……」
傷だらけのディフィリアが噴き出した。釣られた様に僕を除いた全員が笑い出す。失礼な。
「お師匠様は優しいのですね」
目元を指先で拭いながらディフィリアが言う。泣くほど笑わなくてもいいだろう。
「主様可愛すぎて萌え死ぬ!」
「殿方になんてことを言いますか!」
悶えるヒルダの後頭部をリュドミラが張り倒す。そう言いつつリュドミラの目もキラッキラなので複雑な気分だ。
「飯狩りにいってきまーす」
睨んだらマルシオはくるりと背を向けて森へ消えやがった。
「いや、マジに急がないとフィリアに勝ち目ないからな!? 真珠竜の力をものにされる前に倒さないと!」
ぶっちゃけ今はチャンスなのだ。真珠竜の力を馴染ませるために、奴は休眠中なのだから。だから起きる前に襲いたい。でないと付け焼刃じゃ勝てなくなる。
「わかりました! 次お願いします!」
ディフィリアがしゃきっとした表情でリュドミラを促す。愛しのお姉さんはにっこり笑って僕を見た。
「そうそう。主様の好きにすればいいのよ」
それ以来なんか妙に落ち着いてしまったディフィリアに、困ったというか別に問題はないというか。とにかく僕はペースを上げて彼女を鍛えた。同じクラスで同じスキルを使ってるんだから当たり前なのだが、見ていると
雑魚狩りの時期は過ぎ、僕らは場所を移動して大型モンスターを狙うことにした。
「行ってきます、兄様」
森で摘んだ花を木組みの雑な十字架に添えてディフィリアが目を閉じる。フィデルさんの遺体は、真珠竜の御座所の端に埋めた。次の灰の騎士が生まれる時、必ず訪れる場所だから。
山を降りたらリリアナさんに説明しないといけない。気が重い。
町に戻ったら、不穏な噂で人々は落ち着かない様子だった。あちこちの村や町が、オーグルに襲われて騎士団はてんやわんやだとか。魔物の動きも活発化していて、今まで見かけなかった街道なんかにも出没するようになったらしい。
ディフィリアは一度王都に戻るべきかと考えたようだが、僕は反対した。異変の原因は黒曜竜だし、王都に戻ることでディフィリアの生存を知られたら、奴が襲ってくるかもしれない。
「わかりました。戻ることで王都を危険に晒す可能性もあるのですね」
「僕の世界では実際そうなったからね」
宿に着くとリリアナさんが飛び出してきてディフィリアの無事を喜んだ。予定より随分遅くなってしまったから、心配をかけただろう。そしてすぐ彼女は一人足りないことに気付く。
なんて言おうと思ってたら、ディフィリアが先に説明を始めてしまった。リリアナさんは最初黒曜竜の裏切りに信じられないといった風だったが、ディフィリアの覚悟を決めた様子に事実だと受け入れたようだ。フィデルさんの訃報に涙し、落ち着いたあとはディフィリアについていくと息巻いた。ディフィリアのためにも気心の知れた侍女が一緒なのは安心だ。
「それで、どこへ行くのですか、お師匠様」
「対黒曜戦の予行演習にね、竜討伐ツアーをやろうと思って」
リリアナさんはそれを聞いてディフィリアが危険だと反対したが、ディフィリアは冷静に黒曜討伐は王族の務めだと説得した。
ディフィリアには本番の前に竜の動きや攻撃を体験してもらいたい。何より大型竜の威圧で怯まないよう、慣れておいて欲しいのだ。相対すると不慣れなうちはかなり怖いからな。野良の竜ごときでは黒曜竜に並びようがないが、いきなり本番よりましだ。竜の体の作り自体は似たようなものだし、対応力はつくだろう。
主に狙うのは黒曜竜と形が似ているレッドドラゴンや、ブレスの性質が似ているフロストドラゴンだ。黒曜竜との違いは都度僕がレクチャーする。ディフィリアはレベル上昇に合わせて僕の手持ちから装備も更新している。時間ギリギリまで準備して、一気に片をつけよう。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
そして決戦の日がやってきた。
「姫様、御武運を」
「ええ。きっと黒曜竜を倒して見せるわ」
リリアナさんとマルシオは町で待機だ。町から見える火山の火口近くに黒曜竜の住処がある。地上からではたどり着けず、地下のダンジョンを通って行かねばならない。
成功すれば帰ってこれるだろうし、もし討ち損じれば黒曜竜は暴れるだろうから、そうなったら二人には王都へ行って事情を説明してもらうことになっている。
「露払いはまかせた」
「まかせろ、主様」
ダンジョン内はヒルダが先陣を切る。ディフィリアには本番に備えてもらいたいから、体を温める程度に戦ってくれればいい。
火山なのでサラマンダーやヘルハウンドといった火属性の魔物や、竜の縄張りらしくリザードマンやワイバーン。終盤にはレッドドラゴンといったラインナップだが、問題はない。
「お師匠様はお詳しいのですね」
「まあね。元の世界でも来たことあるから」
「そう言えば、あちらで兄様が黒曜竜を倒した時に一緒にいたとおっしゃってましたね」
「……う、うん」
ちょっとキョドってしまった。まああえて訂正はすまい。来たことがあるというか、むしろよく通っていたというか。ぶっちゃけ道中の雑魚は無視して突っ走ってた。今回は一応きちっと掃除していくつもり。
「一応もう一度、黒曜竜との戦い方を確認しておこうか」
「はい」
雑魚を蹴散らしながら、合間合間に僕はディフィリアに教えたことを確認する。ボス戦の予習は大事。ネタバレを嫌う人もいるが、今回はゲームじゃないので遠慮せず予備動作やブレスの範囲、対処方法など一通りを知らせた。
「最後に注意することがある」
「何でしょう?」
「僕が教えたことは、あちらの世界で黒曜竜と戦ったときの情報だ。こちらでも全く同じかどうかは保証できない。十分気をつけてくれ」
ディフィリアは微笑んだ。
「わかりました。お師匠様のご迷惑にならないよう、ちゃんと勝ちます」
「お、おう」
多分大丈夫。時間的にまだ奴は真珠竜を消化しきれてないはず。今のディフィリアなら何とかなると思う。心配なのは緊張や力みすぎて対処を誤ることだけど、そこは僕らがサポートしてなんとしてもディフィリアを守る。
洞窟だったダンジョンが人工的な作りに変わった。正面には巨大な大扉があり、スルド王家の紋章と同じ、二頭の竜の姿が刻まれている。ゴールが見えた。
ディフィリアは胸に手を当てて目を閉じる。少しの間呼吸を整えて、ディフィリアは決然と黒曜竜の御座所へ踏み込んだ。
真珠竜の御座所に似た神殿風の大広間。ダンジョン側から見通す反対側は広々としたテラスのようになっていて、そちらには屋根がない。広間の奥には、黒々とした山のような黒曜竜が丸くなっていた。侵入者に気付いた黒曜竜は、それが何者か気付いて目を見開く。
「娘、生きていたのか……」
「わたくしは女王になる者として、灰の騎士として、邪悪に堕したあなたを倒さねばならない」
「小娘ッ!」
黒曜竜は体を起こした。ばさりと威嚇のために開いた翼が風を起こす。
「今こそ、父と兄の仇を討つ」
ディフィリアは巨大な竜に臆することなく言い放つ。聞き覚えのあるセリフに僕はびくりとする。と、同時に少しほっとする。フィデルさんの立ち位置にディフィリアがきっちりはまったのだと思って。それならば、きっと彼女は上手くやるだろうと思って。
黒い竜の咆哮が響く。襲い来る爪を光の閃撃が迎え撃つ。
「尻尾!」
黒曜竜が体を捻ったのを見て僕は叫ぶ。僕はすぐに後方へ退避。ディフィリアは逆に黒曜竜の足を踏み台に跳ぶ。なぎ払う尻尾は床を掃除しただけだった。着地したディフィリアはすぐに牽制の光弾を撃つ。顔面に魔法をぶつけられた黒曜竜が腕で目をかばう。
黒曜竜の視界が狭まったチャンスに、ディフィリアは素早く二剣で斬撃をくらわす。
「やるねえ、姫様!」
「ヒルダのおかげよ」
大剣で鱗を削り取りながらヒルダが誉める。ずっと練習相手だったからディフィリアが礼を返す。戦闘はいい感じに進んでいる。今のところ黒曜竜は予測を外れた動きはしてこない。
黒曜竜は執拗な攻撃を受け、テラスへ逃げようとする。
「飛ばすと面倒だ。翼狙って!」
僕は適宜ヒールを飛ばしつつ、防御シールドを張りつつ、合間に光魔法で攻撃する。リュドミラの連射が皮膜に突き刺さる。サビーネの雷撃が傷ついた翼に追い討ちをかける。
「おのれッ……」
黒曜竜が大きく息を吸い込む。大技の予兆はわかりやすい。
「ブレスくるよ!」
僕とリュドミラ、サビーネは圏外までダッシュ。前衛の二人は逆に足元へ切り込んだ。自分に向けてブレスを吐くわけないので、そこは死角。この攻撃は早すぎるとブレスを中断されて蹴られるが、そこはヒルダがタイミングを計ってディフィリアが合わせたようだ。
ブレスは溜めておけないらしく、ここまで吸い込んでしまったら吐くしかない。吐き終わるまで竜は動きが鈍るので攻撃チャンス。ディフィリアの二剣、ヒルダの大剣が容赦なく竜を切り裂く。
隙を晒しただけなのを知って、黒曜竜が怒りの咆哮を上げる。爪が、牙が、尻尾がディフィリアを狙うが、ヒルダが攻撃をそらし、僕が即回復し、リュドミラとサビーネの攻撃が気を散らす。黒曜竜は徐々に追い詰められていった。
「おのれ……おのれおのれ……」
着実に、冷徹に、ディフィリアは黒曜竜の体力を刈り取っていく。あれか。デキる兄の妹もぶっ壊れだったとかよくあるやつ?
さすがに時にはひやりとすることもあるが、大きなミスはなく僕らでフォローできる範囲だ。
そしてついに黒曜竜が体勢を維持できなくなって地に倒れる。あちらを切られこちらを焼かれズタボロで。
まともに言葉を発することもできず、喉の奥で低く唸る黒曜竜にディフィリアが迫る。
「何故、真珠様を殺したのです! 父を……兄を!」
喉元に剣を突きつけられ、黒曜竜はその口から荒い呼気を噴き出しながら答える。
「つまらんからよ」
「何ですって?」
「白と黒の均衡を保ち続け、そうして、何事も起こらぬ……平穏とはつまらぬものだ」
長生きしすぎるとロクなことにならない。これが老害というやつか。
冷めた目で見る僕。怒りに震えるディフィリア。
「大陸を守護する竜神でありながら、よくも……!」
ディフィリアの構える剣に光が灯る。スキル発動の予兆だ。これで決まるだろう。
「残念だった、な」
黒曜竜の口元がにやりと吊り上がったように見えた。振り下ろされた光の軌跡が奔流となって黒曜竜に降り注ぐ。そのまま黒曜竜は光の刃に切り刻まれて果てると思われた。
「フフフフフ」
光が弾かれる。白い、巨大な爪が盾のように黒曜竜の前に突き出されていた。
「なっ」
「おい、ちょっと待て!?」
あの腕は。黒い縁取りのある白い鱗に覆われた腕、艶やかな白い爪。黒曜竜の体に対してアンバランスにでかい右腕がテラスに振り下ろされた。床材が破片になって砕ける。
その腕を支えにして、黒曜竜が体を起こす。ぶわりと竜圧が風を巻き起こした。
「グ、アアアッ、ガアアアアアッ!!」
何かを吐き出すように黒曜竜が吼える。内部から膨らむようにその翼が、首が、体が、最初に変異した腕に合わせて巨大化していく。
「……っ!」
息を呑むディフィリアの前に、象牙のような白い角と黒檀のような黒い角を併せ持つ巨竜が立ち上がった。
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