第6話 茶番は定番

 ヒルダに顔を洗わせて、先ほど相談していた部屋に戻る。ディフィリア姫はリュドミラたちの圧にちょっと引き気味だ。ちらりと視線を下にやって、唇を引き結ぶ。君はまだ成長途中だし悲観しなくていいのに。あっ、サビーネを見てちょっと安心したようだ。


「戦力は揃いました。お急ぎでしょうからなるべく早く出発しましょう」

「えっ? しかし……」


 フィデルさんはヒルダはちらりと見ただけだが、サビーネとリュドミラを見て不安になっているようだ。


「問題ないですよ。なんならお見せしましょうか?」

「……いえ。レン殿がそう仰るなら」


 フィデルさんは少し考えて引いた。信用してくれるらしい。散々拉致を主張したのもあって、これ以上失礼な態度は取れないと思ったのか。

 道中は馬車を使うことにして、姫のために侍女のリリアナさんと、フィデルさんが部下を一人連れて行くことになった。御者も交代できる方がいいだろうし、馬車が入れない場所に行くときは留守番もお願いできる。

 食料や必要なものを揃えて、数日中に出発ということで相談は終わった。のだが。


「まあお約束だよね」

「申し訳ありません」


 フィデルさんが頭を下げている理由は、姫様の出立に当たり護衛について貴族や騎士団がゴネたからだ。一応名目は白と黒の竜への挨拶。城の神殿ではなく、本神殿を訪問するという口実だ。最近オーグルや魔物の被害が増え、世情が不穏なので騎士団は民を守るようにと命じられている。そうはいっても正体不明のプリーストのパーティを護衛につけ、騎士は置いていくというのが気に食わないらしい。当然だね。


「まあフィデルさんの不安を払拭するためにも、一戦やるのはいいんじゃないかな」

「見損なわないでいただきたい。レン殿が保証されたのだから私は納得している」


 驚いてフィデルさんを見ると、まっすぐ見返してきた。


「……ごめんなさい」

「失礼しました。我々が信用されないのは無理もないことだというのに」


 うん。この人はこういう人だった。正々堂々、主人公気質なんだよなあ。バレンタインの人気投票一位だったっけ。

 騎士団の訓練場には、うちのお嬢さんたちとにらみ合う騎士の皆さん。多少下衆い視線が混じるのは無理もないが、それで油断するとこれから見る痛い目がさらに痛くなると思う。


「ヒルダ、適当にやって」

「あいよっ、主様!」


 ヒルダは自分の見せ場に張り切っている。手に持った巨大な戦斧を投げ上げると、回転しながら落ちてきたその柄を軽々と掴み取った。


「そらっ!」


 切りかかろうと飛び出した騎士は、戦斧が空気を裂く音に慌てて飛び退る。一応訓練用に刃は潰してあるそうだけど、当たれば痛いだろう。間違いなく。

 片手で、両手で、ぶんぶんと振り回される戦斧に騎士たちは近づけないでいる。


「どうした、玉なし! こないのかい?」

「ヒルダ!」


 ヒルダが調子に乗って騎士を挑発すると、即座にリュドミラが叱咤の声を飛ばす。


「下品な言葉は慎みなさい!」

「あう、ゴメン……」


 心なしか戦斧の勢いが弱まったような気がする。チャンスと見て大盾の騎士が突撃した。ヒルダはすぐに反応してそれを迎え撃つ。騎士の突撃は戦斧一閃で吹き飛ばされた。それを皮切りに乱戦気味に打ちかかってくる騎士を、ヒルダは片っ端からなぎ倒していく。


「く……」


 ヒルダが手ごわいと見て、騎士の一部が後ろに控えていたサビーネへ向かおうとする。もうすぐ彼らの剣がサビーネに届くだろうという寸前、騎士の眼前を眩しい光が覆った。同時に爆音。

 反射的にのけぞった騎士たちの足元には、線を引くように深い亀裂ができていた。雷系攻撃魔法〈サンダーフォール〉によって地面が削られたのだ。

 唖然とする騎士たちの兜が、次々と矢に射られて飛んでいく。リュドミラの仕業だ。

 前衛には弾き飛ばされ、後衛には近づけない。騎士たちの士気はだだ下がりだ。


「まだやりますか?」


 声をかけると隊長らしい騎士が、悔しそうにうつむいた。ぶっ倒れて動けない奴、敵わないと知って腰が退けている奴。どっちにしても戦闘続行できる状態じゃない。

 な? この程度じゃ連れてっても死ぬだけなんだよ。置いていくのは配慮してるんだよね、一応さ。


「あー、やられたー」


 僕の目配せで、これでもかっていうくらい平坦な棒読みのヒルダが戦斧をぽいっと投げる。それから僕の方へ似合わない女の子走りでやってきて、腕に抱きついた。


「主様、やられちゃった。いたぁーい、撫でて~」


 うん、ボリュームに埋まる。埋まってる。うわあ、僕ってこんな細腕だったんだって思うくらい。くねくねするヒルダは微妙に気持ち悪いんだけど、振り払うのは惜しい。っつーか、僕どこを撫でたらいいんだろう?

 負けじとサビーネが僕の足元までとてとてとやってきて、ぺたんと座り込み足に抱きつく。うん、ごめん。こっちは埋まらないや。


「騎士の人たち怖い。腰が抜けた」


 甘えるように見上げてくるサビーネの頭を思わず撫でる。ヒルダが泣きそうな顔で見てくるが、丁度いい位置だったんだ。ヒルダの頭は高すぎて届かないし、手が届く場所はちょっと危険すぎる。

 リュドミラはいそいそと僕の背後に隠れ、腕を回して抱きつくと聞こえよがしに言う。


「どうしましょう。騎士様の体に一度も当てられなかったわ。ごめんなさい、主様」


 さすがミラ。嘘言ってないのはお前だけだよ。嫌味度合いも一番だろうけど。そして背中が気持ちいい。

 色んな意味で敗北を悟って顔色を無くしている騎士たちを見回して、僕は笑顔で言ってやる。


「いやあ、さすが王国の騎士団です。うちの娘たちもすっかり怯えてしまってこの様子。これはこちらの負けですね。でも力は示せたと思いますので、それでよろしいでしょうか」

「……わかった。認めよう」

「ありがとうございます」


 騎士団長の返答に礼をすると、横にいたフィデルさんのため息が聞こえた。


「イイ笑顔すぎませんか」

「ごめんなさい」


 とりあえずこれで邪魔者は引っ込んだ。予定通り僕らはひっそりと王城を出立した。

 旅は順調だった。ゲームと違って時間もかかるしアクシデントもちょいちょいあるけど、その分パーティの親密度は増した。ディフィリア姫が思ったより手がかからない。わがままを言うこともなく指示には従ってくれるし、侍女のリリアナさんも感じのいい人だった。

 フィデルさんの部下のマルシオというおっさんも、こなれた感じでなかなか有能だ。


「あと一刻ほどで町に着きますぜ」

「ごくろうさん、マルシオ」

「レンの旦那、そこはわかって欲しい」

「ミラ~?」

「はーい」


 僕が呼ぶとリュドミラが前の方へ移動してくる。小窓から彼女は御者席にいるマルシオに笑顔を向ける。


「長い時間お疲れ様。もう少しがんばってね」

「ひゃほーい、がんばりますぜー!」


 お調子者に見えるが、フィデルさんが選抜しただけあって仕事はきっちりこなすし旅慣れている。城にはああ言って出てきたが、道中姫様のお成りと練り歩くわけには行かない。護衛が少数ということもあって、お忍びの旅なのである。ほぼ全員が不慣れな中、マルシオは非常に重宝する男だった。

 お嬢様と護衛という体裁は隠せないが、宿の取り方やチップの相場、果ては地方の名物までマルシオは把握していた。元々密偵のような仕事をしていたらしい。

 彼とフィデルさん、それからヒルダが交代で馬車を走らせて、目的地まではもう遠くない。


「あっ、それは……」

「ふふふふ」

「おっしゃあがりー!」


 女性陣というか年少組というかは今はババ抜きで親睦を深めているらしい。時々悲鳴が上がったりしているが、そんなにリアクションしたら手札バレバレなんじゃない?

 ディフィリア姫も出発した頃は緊張して硬い表情だったのだが、ヒルダとサビーネのゆるい雰囲気にすっかり引きずられている。リリアナさんは姫様に悪い影響が出ないかと心配していたが、リュドミラに言いくるめられた模様。まあずっと気を張ってるのも疲れるしね。

 フィデルさんは生真面目に警戒を続けながら、女の子たちの様子を微笑ましそうに眺めている。多分軽い感じのマルシオもちゃんと見るところは見ているだろうし、道中はたいした問題はないだろう。

 馬車は走り続け、予定通り町へと入った。


◇◇


 マルシオお勧めの宿で、男性陣と女性陣に分かれて部屋を取る。まだ午後の早い時間なので、マルシオとヒルダは物資の補給のため買い物に行く。リリアナさんとリュドミラが洗濯や繕いものなんかをしてくれてる間に、フィデルさんと僕はディフィリア姫を交えて旅程を確認する。サビーネは僕らにお茶を運んだあと、メイド組の手伝いに行った。


「レン殿、次の目的地はどこになるのでしょうか?」

「それなんだけどね。多分この町が最後の補給地点になるかなあ」

「えっ?」


 ディフィリア姫は戸惑った表情。フィデルさんは察したのか姫様を気遣わしげに見る。


「歩いてもらうことになるけど、姫様は体力には自信は?」

「大丈夫です。多少は武術も使えますし」

「ふむ。ぶっちゃけると、僕も実際に行くのは初めてなんですよ」


 嘘じゃない。僕も真珠竜の住処にはゲーム内でしか行ったことはないのだ。リアルにどれくらい険しいのか行って見ないとわからない。


「リリアナさんには留守番してもらうことになるかな……マルシオは戦闘できますよね?」

「ええ、もちろん。荷物は私とマルシオで分担しましょう」

「ええっと、荷物は僕が持ちますから。あ、でも万一のための食料やなんかはそれぞれで持った方がいいですね」

「え? レン殿が荷物を?」


 今まではともかく、さすがにモンスターと戦闘がある場所へ向かうのだから、なるべく身軽にしておきたい。アイテムバッグを活用することにしよう。詳しく説明できないし、「そういうもの」で押し通すけど。

 フィデルさんにそれなりの物資を運ぶ方法があることを伝えて、僕は地図を指す。


「この森の端を抜けて西の山へ入ります。多分色々出るので、心構えをよろしく。今更なんだけど、ディフィリア姫」

「はい」

「王は灰の騎士トワイライトナイトでさえあれば、実戦に出なくても問題ない?」


 レベル1でも大丈夫なのか気になったので訊ねてみる。姫様は戦闘経験なさそうだし、ただ一人の継承者だって話だから、迂闊に戦場へ放り込むわけにはいかないのじゃないか。


「それは……」


 ディフィリア姫は目を伏せる。


「やっぱある程度戦えることを期待されるのか」


 オーグルとも常時戦争状態みたいなもんだしね。軍を率いて出陣の可能性があるんだろうな。


「戦い方を教えてくれる人がいないんだよなあ」


 灰の騎士は王専用クラスなわけで、先代が亡くなってるからスキルの使い方とかを指南できる人がいない。んでそうなるとこの先、戦えない王が続くことになる。


「こ、黒曜様や真珠様に……」

「うーん。竜だよね、あの人たち。って人じゃないや。……人間の体の動き説明できるのかね」

「私がお手伝いします。私は正統騎士ロイヤルナイトの戦い方しかわかりませんが、剣を使うなら何かしらお役に立てるはずです」


 フィデルさんがディフィリア姫を元気付ける。うん、この人はやっちゃうかもしれない。でも凄く大変だろう。特に現実では。

 それに、この世界が僕の知る『ドラコン』ととてもよく似た世界だというのなら、この先このお姫様はアレと戦わなければならない可能性がある。とは言っても似ているだけで、すでに最初の時点で僕の知ってるゲーム世界とは展開が違うんだよなあ。おかげで僕の知る事件がそのまま起きるかどうか確信が持てないし。


「まあ、それは灰の騎士になってから考えますか」


 ディフィリア姫はまだ何のクラスにもついていない。転職の概念がないらしいこの世界では、一度何かのクラスになってしまうと一生そのままだ。のだろうし。なので、マジでガチの一般人を真珠竜の住処まで連れて行かなければならない。

 僕はフィデルさんに出現すると思われるモンスターの情報を説明する。うちのお嬢たちがいれば倒すのは簡単だろうけど、守るとなるとまた話は別だ。姫様にもちゃんと自分の行動を考えてもらわないといけない。

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