第5話 灰の騎士

 とりあえず、全員テーブルについてきちんと話し合うことにした。ディフィリア姫は灰の騎士トワイライトナイトについて聞きたそうだったが、状況説明を先にしてもらった。


「先月、王である父が神殿で不慮の死を遂げました」


 ディフィリア姫はそう話し始めた。

 王は守護神である竜に祈りを捧げるため、決まった日に神殿で儀式を行うらしい。直接竜神と話せるのは王だけということで、誰も同行していない。儀式が終わる時間になっても王が戻らないので、様子を見に行ったらそこで血みどろで事切れている王が発見され大騒ぎになった。


「王位継承権を持つのはわたくしだけ。でも、まだ未成年だったわたくしは、父から王の資格を得る方法を伝えられていないのです」

「その王になる資格が、灰の騎士ですか」

「はい。黒き竜と白き竜。大陸を守護する双竜に認められた証として、代々の王は灰の騎士である必要があるのです」

「そういえば……」


 僕はディフィリア姫とそばに控えるフィデルさんをちらりと見る。姫様付きのフィデルさんは剣と盾で戦う正統騎士ロイヤルナイトだった。ディフィリア姫は剣を二本持っていたけど。


「これは見かけだけで、わたくしはまだ剣を扱えず……」

「見た目を繕うってことは、灰の騎士になる方法がわからないってことは秘密なんですね」

「そうです。灰の騎士というクラス自体が国王のみのものなので、ある程度の地位にあるものしか知らないことなのですが」


 一度僕の前で泣き崩れたせいか、姫様は素直だ。さっきの尊大な態度は、見知らぬ相手に弱みを見せぬよう精一杯虚勢を張ってたってことか。

 灰の騎士イコール王ということなら、一般に灰の騎士というクラスが浸透していないのもわかる。


「それで、何故僕を召喚することに?」

「秘密を伝えないまま父が亡くなり、途方に暮れたわたくしは神殿で白と黒の竜に祈りました。このままでは王が不在となり、国が荒れてしまうと。すると黒曜様がお応え下さったのです」

「ふむ」

「黒曜様は仰いました。灰の騎士のための道は、黒曜様の領域と真珠様の領域両方を訪れる必要があると。でも、互いの領域は互いに不可侵という約束があり、黒曜様は真珠様の領域へどうやって行くのかご存知ないそうです。それで……」


 ディフィリア姫は言い辛そうに僕を見た。


「黒曜様は、わたくしを助けるために、真珠様の領域へ案内できるものをつかわそうとおっしゃいました。この世界には父の他にそれを知る者がいないため、この世界に良く似た、とても近しい世界から道を知る者を呼び出そうと」

「迷惑きわまりない」

「申し訳ございません」


 僕の非難に即謝罪する姫様。両脇で心配そうにこちらを見ているフィデルさんと侍女さん。仕方がない、悪い子じゃないっぽいのはわかった。


「姫様の謝罪は受け入れます。人間に黒曜竜を止める事ができたとも思えませんし」

「ありがとうございます」

「で、僕は仕事が済んだら元の世界へ帰してもらえるんですかね?」

「あ……」


 やっぱそこまで思い至らなかったのか。つーか帰るとは思ってなかった感じ? 神様が使徒を寄越すって言ったんじゃそうなるか。


「黒曜様にお願いします! ちゃんと、元の世界に戻れるように約束していただきます。ですから……」


 しゅんとした様子でうなだれるディフィリア姫。まあ親を亡くして重圧に耐えなきゃならん女の子をいじめるのもなんだし。


「わかりました。案内はしましょう」

「本当ですか!」

「連れては行くけど、行き先を教えることはしません。情報だけ取られて用済みになったら処分とか勘弁して欲しいので」

「そんなことは!」

「姫様はそうかもしれませんが、僕は黒曜竜を信用できませんから」


 ディフィリア姫もフィデルさんも、僕がそう言うと弁解できなかった。だって拉致の主犯だからね。


「それと報酬の話ですが」


 要求するよ、当然。姫様もフィデルさんも、僕が黒曜竜に特に思い入れもないことを理解して、異論を唱えることはしなかった。


「何をお望みですか?」

「主とはぐれたサーヴァントは、王都に連れてこられるんですよね?」


 リュドミラを追っかけまわしていた警備隊長がそんなことを言っていた。僕が直接動くのは難しそうだし、権力を使うほうが手っ取り早い。


「ええ。滅多にないことですが……」

「最近……いや、今までのはぐれサーヴァントの記録を見せてもらいたい。それと、連れてこられた者がいれば教えて欲しい」

「まさか、他にも?」


 フィデルさんが僕とリュドミラを見る。こちらではサーヴァントはせいぜい一人しか持てないらしいが、僕が異世界人だということを考慮したのだろう。

 ミラと僕でこちらの世界に来たタイミングがズレている。だから少し幅を持って調べないと。


「リュドミラの妹たちが、こちらに来ている可能性がある」

「わかりました。すぐ調べます」

「それから宿泊先と生活費の手配をよろしく。これは前払い分ってことで」

「は、はい」


 僕は姫様と目を合わせてから、思わせぶりに言った。


「成功報酬はまたその時に」


 安売りはしないぞ。被害者なんだから賠償金なり今後の保証なりをいただかないと。まあ今すぐ思いつかないから保留。


◇◇


 はぐれサーヴァントの記録は本当に少なかった。だいたい主が死ねばサーヴァントも狭間へ還ってしまう。だから、サーヴァントが単独でウロウロしているということは、主から見捨てられたということなのだそうだ。基本的に主と行動を共にするサーヴァントは、迷子になってもすぐ見つかる範囲にいるらしい。


「僕の場合は世界越えてるからなあ」


 時間的にズレがあるのは意味不明だが、リュドミラは元々狭間に存在するサーヴァントの方が、召喚されやすのではないかと言っていた。こう、境界線を越えて引っ張られた時に、僕の方が抵抗が大きかったんじゃないかって。

 とりあえずヒルダやサビーネらしい記録は見当たらなかった。黒曜様か真珠様に引き取りをお願いするので、はぐれサーヴァントは王のところへ連れてこられる。何十年かに一度くらいのことらしい。

 ネットも電話もない世界だ。ミラのように数日差だったらそもそもまだ連絡が届いていないだろう。しばらく待つしかないな。


◇◇


 翌日、僕は姫様とフィデルさんを呼び出して、旅の相談をすることにした。一応今は離宮に部屋をもらっている。異世界から来た黒曜竜の使徒とか勘弁して欲しいので、僕のことは公にはしないでもらった。何のために召喚されたとか姫様も言えないしね。

 詳細を知らない一部貴族が不審に思っているらしいが、家庭教師ということで押し通しているそうだ。

 やってきた姫様から、用が済んだらちゃんと送り返すと黒曜様に約束してもらったと報告があった。まあね、ディフィリア姫ががんばってどうこうできることではないし、深くは突っ込まなかった。


「姫様は、黒曜様の祝福はもらったの?」

「あ、はい。そちらはすでに」


 ディフィリア姫は腰の剣を外してテーブルに載せる。黒曜石の片剣。転職クエストでもらえるセット剣の片割れだ。灰の騎士の専用武器はフォルムが刀っぽくて、それも人気の一因だった。


「じゃ真珠竜の祝福をもらわないといけないわけだな」

「お願いします」


 フィデルさんがテーブルに地図を広げる。


「その、レン殿の知る大陸と我がグインネルは、地形的にはどうなのでしょう?」

「うん、大体同じじゃないかな」

「では……」

「まあ黒曜様が案内できるって言うなら、僕の知ってる場所で合ってるんだと思う」

「では早速護衛の部隊を……」

「あ、それ無理」


 さくっと提案をぶった切った僕に、フィデルさんがどうして、という顔を向ける。


「多分、人数だけ連れて行っても死人が増えるだけだし」

「そんなに危険なのですか」

「黒曜様の方はそうじゃなかったの?」

「はい……直接御座所に招いていただいたので」

「真珠様とは連絡つかないんだよね?」

「ええ。神殿で呼びかけはしたのですが、お応え下さったのは黒曜様だけです」


 僕は顎に手を当てて息を吐く。


「じゃあやっぱり正規ルートで行くしかないね。とりあえず姫様とフィデルさんは確定として」


 だって最新エリアのクエストだもの。カンストとはいわないけど、それなりの実力は必要だ。フィデルさんはまあなんとかなるだろう。彼を基準に選抜してもらうしかないか。

 そこへノックの音がした。


「姫様、はぐれサーヴァントが送られて参りました」

「本当?」


 侍女さんの報告にディフィリア姫が立ち上がる。


「おそらくお客様がお探しのサーヴァントかと」

「すぐ行きます!」


 僕は姫とフィデルさんを急かして神殿へ向かう。

 駆けつけるとそこには兵士に囲まれた赤毛の女戦士の姿。


「ヒルダ!」


 僕に気付いたヒルダは制止しようとした兵士を吹っ飛ばして飛びついてきた。待って! その勢いだと完全にタックルじゃん!


「落ち着きなさい!」


 びしっと僕の前に立ちはだかったのはリュドミラで、ヒルダの突進を片手で止めている。どうなってるんだろう、この辺の力関係。どう見ても筋肉はヒルダの方があるのに。


「あるじざまああああ」


 顔をぐしゃぐしゃにしてばたばたと僕に手を伸ばすヒルダ。リュドミラにインターセプトされて一歩も近づけていない。ヒルダのポンコツぶりに毒気を抜かれていると、腰のあたりに何かがぶつかってきた。


「ヒルダは状況判断が甘い。だからこうなる」


 見下ろすと僕の腰に手を回して頭を擦り付けているサビーネがいた。ヒルダの陰に隠れていたのか。気付かなかった。


「サビーネ。大丈夫? 怖いことなかった?」

「怖かった。主は責任を取るべき」


 淡々と要求するサビーネ。上目遣いで僕に向かって唇を尖らせる。ええと。膨れて見せてるのかそうじゃないのか判断に迷う。魔法少女可愛いけど。


「身の程をわきまえなさい」


 リュドミラがサビーネの首根っこを捕まえて引き剥がす。


「いいよ、ミラ。きっと不安だっただろうし」

「なんとお優しい。二人とも! 少しだけですよ!」

「あるじざまあああああ」


 自由になったヒルダが僕の首を捕まえて胸に抱きしめる。筋肉質なのにここだけは凄く柔らかい。埋もれる。危険。サビーネはさっきより強く僕の腰を締め上げる。やばいかもしれない。ステータスマックスが意味を成してない。ちょ、ギブ! ギブ!


「レン殿。サーヴァントが見つかったようでなにより」

「ありが、とう、ございま、す……」


 結局僕はリュドミラに救出された。最初に再会したのがミラでよかった。でないと僕はとうに死んでいたかもしれない。

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