第4話 ディフィリア姫

 宿に戻ってリュドミラとフィデルさんをお互いに紹介する。


「レン殿もサーヴァントをお持ちでしたか」

「黒曜様のお陰で」

「ふむ」


 リュドミラは最初に作ったサーヴァントだから、そもそも黒曜竜は当時は存在していなかった。風の竜の神殿で作成したから、言ってみれば翠玉竜の恩寵だ。でもそんなことは言わない。彼女がこの世界にいるのは黒曜竜が僕を召喚したせいだ。だからお陰さまと言っておこう。

 多分この世界の人たちは、黒曜と真珠の二竜しか知らない。まだここにきて二日も経ってないけど、黒曜竜と真珠竜しか話題に上らないからだ。

 リュドミラのことは、普段僕の身の回りの世話をしてもらっていると説明した。リュドミラも察してくれて、口を滑らせるようなことはしなかった。でも。


「では今後は私が主様のお世話をしますので」

「いや、しかし護衛が……」

「ここは町中ですし、フィデル様もお疲れでしょう。もし万一があったとしても、私が身を挺して主様の盾になります。フィデル様が駆けつける時間くらいはもたせられましょう」


 リュドミラは僕の部屋から猛然とフィデルさんを追い出しにかかっていた。なんでも宿の主人とはもう話をして、向かいにフィデルさんの分を一部屋確保したらしい。手回し早っ。

 フィデルさんからすれば僕は黒曜竜の客なので、何としても無事に送り届けねばと使命感に燃えてるみたいで。リュドミラに押されまくってたじたじになりつつ、僕から離れるのは気が進まないようだった。


「フィデルさんもちゃんと休んでよ。大丈夫、ここはちゃんとした宿みたいだし」

「そう、ですか……」

「元々彼女には家の管理を任せてたし、僕もリラックスできるんだよ」

「わかりました。何かあったら遠慮なくお呼び下さい」

「うん、ありがとうね」


 僕が口添えしたので、フィデルさんは引き下がった。リュドミラは美人だし、さっき再会したときはバカップルも真っ青な状態だった自覚はあるから、そういう方に気を回したのかもしれない。誤解だけどね!


「とりあえずお互い情報のすり合わせをしようか」

「ええ。でもお茶くらい入れるわね、主様」


 くすりと笑ってリュドミラが飲み物を用意する。茶葉とティーポットがいつの間にか部屋にあった。一体いつ準備したのか。


「なんか落ち着く……」

「ふふっ、それはよかったわ」


 熱い紅茶が美味い。フィデルさんはいい人だけど、やっぱり身内のリュドミラのほうが安心できる。

 僕はフィデルさんから聞いたことを、リュドミラは町で得た情報をお互い共有し、話し合った。

 僕自身の戦力は当分伏せる。フィデルさんと会ったときはプリーストだったし、黒曜竜が欲しているのは僕の知識のようだから構わないだろう。

 リュドミラは基本的に屋根の上を逃げ回っていたのと、牽制にちょっと弓を射ただけだ。フィデルさんは直接見ていないようだし、さっき護衛が必要だと主張していたことから、リュドミラの武力はあまり信用していないと思われる。そういうことだから、こっちも必要がなければちょっと心得があるという程度でいいだろう。

 装備もちょっとヤバそうなのは隠しとくってことで。

 リュドミラが傭兵ギルドで僕を探しながら得た情報によれば、この世界の人々はクラスチェンジすることができないらしい。まあゲームでもNPCがクラスチェンジしたって話は聞いたことがなかったから、似た世界でもそうなるのだろう。

 そしてゲームでプレイヤーが突出して強かったように、僕らの戦闘力はここの人々よりかなり高いみたいだ。多分、この世界にも一部の強者はいるんだろうけど、町の傭兵ギルドを出入りしていた連中はたいした実力はなかったという。


「それと主様、灰の騎士トワイライトナイトというクラスは、存在しないらしいの」

「えっ……」


 僕は驚いてぽかんとしてしまった。だって、灰の騎士こそグインネル大陸特有のクラスじゃないか。この大陸と同時に実装された新クラス。白き竜と黒き竜双方の力を継ぐ二刀流の魔法剣士。光と闇が合わさった最強の……と俗に言う中二街道まっしぐらの設定で、当然ながら一時期どこもかしこも灰の騎士で溢れていた。いや、実際スキルモーションとかエフェクトとかかっこいいし。


「町で見たことは一度もないし、主様の情報がないか聞き込んだりしたのだけど、その時も誰も灰の騎士のことを知らなかったわ」

「マジか」


 ううむ、どういうことだろう。


「やはり一度、私たちを呼んだ相手から話を聞かないといけないみたいね」

「あんまり会いたくないなあ」

「あら」


 リュドミラは意外そうな顔をした。


「大好きな相手だと思っていたのだけど」

「嫌いじゃないけどさあ。面倒な予感しかしない」


 うふふ、と口元に手を当ててリュドミラが笑う。


「主様なら何とでもなるわ」

「ヒルダやサビーネのこともあるから、会わないって選択肢はないんだけどね」

「そうね。二人とも無事でいるといいけど」

「大丈夫だよ、きっと」


 二人とも僕が満足するまで育て上げて、装備だっていい加減なものは与えていない。不覚を取るようなことはそうそうないはず。


「だといいのだけど。ヒルダは行き当たりばったりだし、サビーネもしっかりしてるようで抜けてるところがあるから心配だわ」

「……不安になるようなこと言わないでくれるかな!?」


 何ですか、それは! そういう性格なの、あの二人?

 ゲームでは知り得なかったサーヴァント娘の人格的問題を指摘されてちょっと慌てる。


「あ、ごめんなさい、主様。きっと私が気にしすぎなのよ」

「僕を脅かした罰だ。ここに座りなさい」

「え? はい」


 座っているソファの隣をぽんぽんと叩くと、リュドミラはいそいそとやってくる。


「昼寝するから膝枕して」

「……それは罰ではないような」


 リュドミラが何かもにょもにょ呟いたが、スルーして横になる。

 心地良い柔らかさと温かさ、適度な弾力。最高の枕だ。もしフィデルさんが様子を見に来たらまた誤解されそうだけど、癒しが欲しかったのは事実だ。

 僕はまだこの世界で生きる覚悟ができていない。


◇◇


 目を覚ますとすっかり夕方になっていて、途中で一回フィデルさんが顔を出したらしい。フィデルさんと一緒に王都を出発した部下たちが追いついたそうだ。今日は交代で僕の部屋の前で張り番をするとのこと。悪気はないんだろうが、監視されてるとも言える。

 夕食の時に軽く顔を合わせて、明日馬車で王都に向かうと教えられた。騎士の皆さんには頑張ってもらうことにして、さっさと寝る。リュドミラにもちゃんと休むように言った。今のところ彼らに僕を害する理由はないしね。

 翌日朝食後ジュノアを出立。馬車はなかなか上等で、座席にはふかふかのクッションが用意されていた。メイド代わりにと若くて見目の良い女性騎士が同乗したが、彼女はただのガイドさんだ。だってリュドミラがいるもの。黒曜竜が呼んだ相手だからサービスする気はあるんだろうけど、据え膳食うほど信用してないし。

 胸も色香もリュドミラに圧倒されて居心地の悪そうな女騎士だが、お仕事なんだし我慢してもらおう。僕は悠然と、昨日のようにリュドミラの膝枕で昼寝と洒落込む。

 馬車は数日の旅程の後、王都シェーゼに到着した。


「おー」


 馬車から降りた僕が感嘆の声を上げると、フィデルさんが笑みを浮かべる。


「これがディフィリア姫のおわす王城です。大陸を統べる王が代々居城としてきた由緒ある城です」


 白い塔と黒い塔を持つ大きな城。僕が思わず声を上げたのは、ゲームで見たまんまの実物がそこにあったからだけど、フィデルさんは城の威容に感心したと思ったようでちょっと自慢げだ。


「よければ早速姫様のもとへご案内したいのですが」

「え? 服装とかこれでいいのかな?」


 意外と馬車は快適だったし、そこまで疲れてはいないけど、偉い人に会うのなら身支度とか必要なんじゃないだろうか。


「姫はレン殿の到着を首を長くしてお待ちなのです。ひとまず姫様にお会いいただきたい」

「そういうことなら……あ、もしかして黒曜竜様もいたりするの?」

「それはさすがに。人間の都合でどうこうてきる存在ではありませんし」

「だよね。よかった、緊張するところだったよ」


 苦笑したフィデルさんにほっと息をつく。黒曜竜に呼ばれたって聞いたから、もしやご本人降臨かとちょっと構えちゃったよ。

 フィデルさんの案内で天井の高い廊下を歩く。こちらの方へくるのは初めてだ。ゲームでは謁見の間とか軍議用の会議室しか出入りしてないから、ちょっと目新しい。

 連れてこられたのは奥まった一室。フィデルさんがノックをして入室の許可を得る。室内は明るく華やかな内装だ。

 部屋にいたのは十五、六歳くらいの黒髪の少女。モデルとして雑誌に乗りそうな美少女だ。そばに侍女らしい女性が一人。


「あなたが、黒曜様が召喚した助け手……」


 僕を見たその少女は、勝気そうな表情でそう言った。これがディフィリア姫か。衣装は上等そうだけど、ドレスじゃなくてチュニックにズボン。ブーツを履いて腰には左右に二本の剣。


「黒曜様の神託どおり、ユバラ平原にて彼を発見しました。金髪に紫の瞳を持つという特徴も間違いなく」


 フィデルさんが姫様に報告する。そうか、被召喚者の外見特徴の通達もあったのか。それでフィデルさんが迷わず僕を使徒と呼んだわけだ。


「名前は?」

「レン・イグナートです」


 姫君のブルーグレイの目が品定めするように僕を見る。というか、睨まれてるような気がするんだが。


「わたくしはディフィリア・ベヌ・ナルディタ・スルド。この大陸の女王となる者」


 名乗った姫様は僕に一歩詰め寄ると言い放った。


「何をぐずぐずしてるの! すぐに案内して! 使徒の役目を果たすのです!」


 知らんよ、そんなもの。とか思いつつ、僕がまずやったのは斜め後ろにいたリュドミラを抑えること。


「待て、待ってミラ!」

「何故です、主様! この無礼な小娘……」

「小娘!? 誰に向かって……」

「姫様!」


 あちらではフィデルさんが割って入ったっぽい。フィデルさんが感じいいから忘れてたけど、やっぱ異世界の貴族や王族ってこういうのがデフォなのか。

 リュドミラを落ち着かせて振り向くと、フィデルさんと目が合う。目線で僕に謝罪して、フィデルさんは姫様に向き直った。


「姫、お気持ちはわかりますが、まずは黒曜様が告げられた内容をご説明下さい。レン殿は何もご存知ないのです」

「えっ、どうして!?」


 姫様は目を丸くして問い返す。どうしてじゃねえって。


「あのね。僕は家にいたらいきなりこの世界に転移させられたんだけど? ユバラ平原のど真ん中にね!」

「だって黒曜様があなたに使命を授けたのでしょ?」

「知りませんよ。突然のことで、僕は姫様が事情を知ってるらしいから、なんでこんなことになってるのか聞きにきたんです」

「だって黒曜様が……」

「だからその黒曜様ってのは、どういう存在なんです?」


 姫様はぽかんと口を開ける。


「ご存知の通り僕はこことは違う世界から呼び出された。僕の知ってる黒曜竜は、この大陸の守護神の片割れだけど、こちらでもそうなんですかね?」

「そ、そうよ。黒曜様と真珠様がこの大陸を支えて下さってる」

「でも僕の知る黒曜竜は、人間に神託など下したことはないけど」

「そんなことはないわ! 黒曜様はずっと王家と交流があって……」

「だから!」


 僕は語調を強めた。


「僕が知る黒曜竜と姫様の言う黒曜様は違うものだ」


 ディフィリア姫は愕然とした表情で固まる。


「だって世界が違うんですよ? 同一の存在であるわけがないじゃないですか。少なくとも僕は別物だと確信してるし」


 僕はちらりとフィデルさんに目をやる。親切にしてくれた彼には申し訳ないけど、いいように使われるのはちょっと困る。


「あなたの言う黒曜様は、違う世界の人間を問答無用で拉致したんです。それは認識して欲しいですね」


 真っ青になったディフィリア姫を侍女が支える。フィデルさんが眉を寄せて僕に尋ねた。


「レン殿は、元々黒曜様に仕える司祭だったのではないのですか?」

「違います。そもそも僕はグインネルとは違う大陸の出身です。黒曜竜と真珠竜についても知識として知っているだけで、信者ですらありません」

「なんてことだ……」


 プリーストだから竜の司祭だと思われてたのか。別世界でも黒曜竜を崇めているなら共感してくれると考えていたわけだ。残念ながらゲームの神様を信仰できるわけがない。


「じゃあ、どうしたらいいの。わたくしはどうすれば灰の騎士トワイライトナイトになれるの」


 泣き崩れたディフィリア姫が口走ったその言葉。


「灰の騎士だって?」


 思わずリュドミラと顔を見合わせる。


「もしやご存知ですか!?」


 フィデルさんが食いついた。


「ええ……黒き竜と白き竜の力を継ぐ剣士……ですよね?」

「そうです!」


 フィデルさんが頷き、ディフィリア姫は泣くのを忘れてこちらを凝視する。二人の様子とさっきのセリフで僕は察した。


「知識って、転職クエか……」


 僕は渋い顔で呟いた。何だよ、その程度のことググればいくらだって載ってるじゃねえか。わざわざ異世界人召喚する必要ないだろ。迷惑だっつーの!

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