第3話 リュドミラ
テーブルに運ばれてきたのはパンの籠、目玉焼き、ベーコンとスープ。ちょっと味が薄いけど空腹は最大の調味料という。まずまず美味しかった。
「ご馳走様でした」
つい習慣で手を合わせると、フィデルさんが興味深そうに見ている。そう言えばお約束と言うか、フィデルさんはアイテムバッグを使っている様子がない。さて、僕のできることはどこまでが常識の範囲なんだろうか。あまり余計なことはしないことにしよう。異世界人と最初からバレてはいるが、出し惜しみは当然の予防策だ。
食後にコーヒーを飲みつつまったりしていると、僕はふと気付く。
「あのウエイトレスの子」
「サーヴァントですね。それが何か?」
料理を各テーブルへと配膳しているウエイトレスの手の甲には、魔法陣のような模様がある。あれはサーヴァントである印だ。
「ええとですね。僕の知ってるサーヴァントと、フィデルさんの知ってるサーヴァントが同じものかどうかと思いまして」
「ああ、なるほど」
フィデルさんは僕を異世界人だと認識している。何を言いたいか察してくれたようだ。
「サーヴァントというのは、世界の狭間に存在する精霊のようなものです。竜神を介して縁を結ぶことで、サーヴァントを召喚し、契約することができます。契約したサーヴァントは主に仕え、その命令に従います。召喚したてはまるで人形のようですが、主との縁が深まるにつれて、だんだんと人間のような人格を得ていきます」
「戦いにも連れて行く?」
「訓練し、従騎士のような扱いで戦場に伴うこともあります。縁を結んでもらえるかどうかは竜神の気まぐれなので、誰もがサーヴァントを持っているわけではありませんが」
「サーヴァントは死にませんよね?」
「ええ。実体を失って狭間に戻ることはありますが、主が再召喚すれば現世に戻ってきます。まれに縁が切れてしまった場合は召喚できなくなるので、サーヴァントを失いますが」
「……ですよね」
フィデルさんの説明は、『ドラコン』におけるサーヴァントの設定だ。ログアウト以外に僕がシステム操作できなかったこと。それはサーヴァントの呼び出しだ。試してみたけど、リュドミラも、ヒルダも、サビーネも現れなかった。異世界に来てしまったのなら、彼女らとの「縁」も切れてしまったということか。
黒曜竜に会ったら請求するか、新しいサーヴァント。勝手に異世界召喚しやがったんだから。
なんか無性に腹が立ってきた。彼女らは僕が手塩にかけて育てたサーヴァントだ。戦闘で思うように連携できずにもどかしい頃もあった。ひとつひとつこうしろ、ああしろと教え込んで、やっと満足いく仕上がりになったのは割と最近だったりする。それを失う羽目になったのだから、サーヴァントの一人や二人請求したって罰は当たらない。
もやもやっとしていると、外が騒がしくなった。
「何だ、何が起きた?」
「捕り物だ!」
「警備隊が女を追っかけてる!」
「うわ、すげえ美人……」
食事をしていた客も皆窓へと目を向ける。
「ありゃ最近傭兵ギルド前にいたはぐれサーヴァントじゃないか?」
「ああ、あの銀髪の?」
僕は思わず立ち上がる。サーヴァントのことを考えていたからか、一瞬閃いたのだ。まさか、だ。でも、すでに召喚されていたから呼び出せなかったというのなら。
「レン殿?」
フィデルさんが俺の行動に気付いて手を伸ばす。だが、捕まりはしない。説明するの面倒だし僕の予想が正しいとも限らない。とにかく行ってみればわかる。
「待ってください、レン殿!」
その声を置き去りにして、僕は通りへと駆け出した。
◇◇
「逃がすな! 捕まえろ!」
男の声が響く。追いすがる鎧の男たちの目線は上を向いている。何故なら彼女は屋根の上を走っているからだ。
なびく銀の髪。ドレスのスリットからチラ見えする、太腿から細い足首への素敵なライン。完璧だっ!
彼女は宙を舞いながら真珠色の弓を引く。放たれた矢は何本もに分かれ、光る軌跡を描いて追っ手の足元に突き刺さる。怯んだ追っ手を置き去りに彼女は軽やかに駆けて行く。
野次馬をかいくぐって僕はそれを追いかける。大丈夫、クラスごとにレベルを上げなきゃならない『ドラコン』だが、僕は全クラスカンストしている。プリーストだろうがマックスステータスで走れば追いつけないわけがない。
正直僕は見惚れていた。だって、あんなに躍動感あふれる彼女を見るのは初めてだったから。理想の美女が天女のように空を舞い踊る姿、録画できないのが残念すぎる。
追っ手をある程度引き離したタイミングで僕は呼んだ。
「ミラ!」
叫んだ僕の声に気付いたのか、リュドミラは足を止めた。
「リュドミラ!」
屋根の上で振り返った彼女は、その目を大きく見開いた。そして、躊躇なく屋根から飛び降りる。
「主様あっ!」
僕の胸にダイブしてきたリュドミラを、がっちり抱きとめる。レベルカンストしていてよかった。受け止め切れなかったら恥ずかしいからね。
「主様、主様……」
ああ、リュドミラってこんなに柔らかかったのか。サラサラの髪が頬に当たってちょっとくすぐったい。ええと、撫でてもいいかな?
「よかった。お前に会えて。もう縁が切れちゃったのかと……」
「切れるはずありません! だってミラは主様の第一のサーヴァントですもの」
リュドミラは泣き顔で微笑みながら僕を見上げる。破壊力抜群。なんだこの可愛い生き物は。黒曜竜様、さっき文句言ってごめんなさい。人形のようだったリュドミラが、こんなに生き生きと動き出すなら異世界召喚も悪くない。
「もうミラをおそばから離さないで下さいね」
「もちろんだよ。寂しい思いをさせ……」
「貴様、何者だ!」
誰かな、この空気読めない奴は。
リュドミラを抱いたまま横目で見ると、顔を真っ赤にしたおっさんが部下を引き連れて立っていた。リュドミラを追っかけていた奴らか。さすがに追いついてきたらしい。おっさんはこちらに指を突きつけて怒鳴った。
「そのサーヴァントをよこせ!」
「あぁん?」
自分でもちょっと引くくらい底冷えした声が出た。今何て言ったかな、このおっさん。
「主とはぐれたサーヴァントは送還のため王都に送らねばならん! さっさとこちらに渡せ」
「話聞いてなかった?」
「は?」
「これは僕のサーヴァントだ。僕の可愛いリュドミラだ。手放すわけがない」
背中に回されたリュドミラのホールドがちょっときつくなった。それでも胸に当たる感触は柔らかいんだから素敵だ。
「貴様のものだと!? 証明できるのかっ」
「馬鹿か、あんた。見ればわかるだろ」
彼らから逃げたリュドミラは、僕の腕の中にいる。無理強いしてるとか言いたいの? これが嫌がってるように見える? 目ついてんの、あんた? 事実は明白だろう。ぐうの音も出まい。
「…………ッ!」
歯軋りしたおっさんは、腕を振り上げて怒鳴った。
「捕らえろ!」
背後の部下たちはちょっと顔を見合わせたが、命令に従うことにしたらしい。前へ出てきた。
「主様」
リュドミラが僕に首を傾げてみせる。どうします? の意味と、僕がなんでプリーストなのかっていう疑問。
「あとで説明するよ。とりあえず、弓はしまって」
「はい」
彼女のメイン武装は素材的にヤバイ。丁度僕の体に隠れているし、今のうちにアイテムバッグに回収して代わりの弓を。
リュドミラはこてん、と僕の肩に頭を預ける。お姉さんキャラとして作ったのに、甘える仕草が可愛くて困る。理想像が実現するとこんなに幸せなのか。しかも間違いなく好意MAXですよ! やったね!
「〈リアクティブシールド〉」
僕の周囲に浮遊する盾が現れる。部下の人たちは命令されただけだしこれくらいでいいだろう。多分隊長っぽいおっさんはリュドミラの美貌にいらぬ気をおこしたのだろうが。ふふん、ミラは綺麗だからね。
警備隊の兵士がシールドを突破できず、手を拱いているうちに僕の保護者が到着した。
「一体何事か!?」
フィデルさんがそう問いながら人垣を割ってやってくる。食事中だったから鎧は着ていないが、身分証らしいメダルを見せると警備隊の態度が変わった。
「はっ。先日来傭兵ギルド前で不審な女が目撃されており……」
おっさんがぺこぺこしながらフィデルさんに説明している間、僕はリュドミラに事情を聞いていた。
リュドミラも気付いたらこの町にきていたらしい。周囲を探したが、僕も、ヒルダやサビーネも見つからず、傭兵ギルドで待つことにした。何故かと言うと、傭兵ギルドにクエストボードがあったからだ。
『ドラコン』ではオーグルが人類共通の敵として存在するため、傭兵がモンスター退治も請け負う。オーグルの中には大型モンスターをテイムして戦力にするものもいるからだ。そのためモンスターの討伐も、護衛も、採集も、まとめて傭兵ギルドでクエストとして発布されることになっているのだ。
「主様が一番来そうな場所だと思ったの」
「確かに」
ゲームプレイ時はデイリークエストとか日課だったし。経験値やお金稼ぎのためにも、フィールドでただモンスターを狩るのではなく、クエストを受ける方がお得だからね。
ただ、リュドミラは僕より三日ほど早くこちらに出現していた。それで噂になって警備隊に目をつけられたようだ。
「主様を待っているって説明したのに、あの男が」
三日も現れないのなら捨てられたのだろうと言い出し、王都へ送るから保護するという口実で捕らえようとしたらしい。
「捕まったら主様を待つことも探すこともできなくなると思って。あまり騒ぎにはしたくなかったのだけど」
「ミラは悪くないよ。おかげで会うことができたからね」
一通り事情がわかったので視線を上げると、おっさんがまだ食い下がっていた。
「いや、でもこの町で見つかったはぐれですので、移送は我々が……」
「くどい。そもそもはぐれではないだろう」
「しかし……」
「そこのサーヴァント」
埒が明かないと思ったのだろう。フィデルさんがリュドミラに目を向けた。
「君の主は誰か?」
「ここにいるレン・イグナート様です」
よどみなくリュドミラが答える。フィデルさんは頷いて、おっさんを見る。もう視線が零度以下だな。
おっさんは渋々引き下がった。が、気が収まらなかったのかこちらを睨む。
ほほう。別に手を出してくれても構わないぞ。むしろ出してくれれば公然と反撃できるかな。煽ったら激昂して手を出すかな。そしたら……。
ちょっと楽しい想像をしていたら、おっさんが蒼白になって引っ込んだ。ちぇ、残念。
「主様。顔が笑ってます」
「え、そう?」
リュドミラが悪戯をたしなめるように僕の頬を撫でた。そういやフィデルさんに突然飛び出したこと謝らないと。それからリュドミラを紹介して、今後の相談をしよう。
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