第2話 ログアウトできないのはお約束

 痛みがあるってことで焦ったけども、僕はレンの姿だし、装備変更とかマップとかゲームのシステムが生きている。場所もゲームで見覚えのある場所ってことは、何かでバグったVRMMO世界ってことでいいんだろうか。

 なんて、楽観的な方向に考えてみたけど、システムの中で大事なものがどこを探してもみつからない。ログアウトする方法がどこにもないのだ。通常ログアウトも、緊急アプリケーションダウンも、運営へのメッセージコールもない。フレンドリストも全部暗転してるしメールも送れない。

 となると、少なくとも最悪の事態を考えて行動しないといけないんじゃないかと思う。ログアウトできないなら、痛みを感じるこの状態はリアルとさほど変わらない。痛みでショック死することもあるんだから、そういう危険も考慮する必要がある。助けが来るなり復旧するなり、状況が何かしらいい方向へ向かうまで安全を確保しないと。

 そうだよ、最悪の事態ってのはそっちの方向での最悪だ。まさかゲーム世界そっくりな異世界転移とかいわないよね? さすがにそういうのはナシでお願いしたい。


 不安に苛まれながら僕は平原で色々試してみる。武器変更によるクラスチェンジは可能。スキル発動もいつもどおり。アイテムバッグの中身も健在。出し入れ可能。ひとまず戦闘可能なのは確認できてちょっと安心した。移動した部分のマップもオープンになっている。

 やっぱり地形的にはユバラ平原だよなあ。確か街道沿いに南へ向かうとジュノアって町があるはず。もしかしたら他にも巻き込まれたプレイヤーがいるかもしれないし、行ってみよう。

 街道へと歩いていくと、僕の耳になにやら物騒な音が聞こえてくる。金属がぶつかり合う音、何かの叫び声、怒声。

 思わず身を低くして手近な木の影に隠れる。そっと様子を窺うと、騎士っぽいイケメンがオーグルと戦っていた。

 オーグルっていうのは『ドラコン』で人類と敵対している人型モンスターで、そこそこの知能があり、世界を滅ぼそうとするボスキャラがよく尖兵として使うモンスターだ。ゲームなんでアップデートごとに毎回世界の危機がやってくる。都度上層部は変わるけど、手下の軍勢はローカライズされる程度で使いまわしも多い。オーグルも地方ごとにちょっとばかり見た目のバリエーションはあるが、その使いまわしモンスターの筆頭だ。

 人型ではあるが皮膚の色は暗緑色、口からは牙が生え、上位個体には角があったりする。固有の言語を持ち、強者に従って群れを作るが、物を作ったり建築したりする技術はなく、基本的に人間を襲って武器を奪ったり村を占領したりして生活している。人類的には見敵必殺の対象だ。尚、全年齢対象のゲームなので、女性を攫ってどうにかしたりはしない。

 騎士は馬上から剣を振るって応戦。オーグルの大半は棍棒を振り回し、時々馬に蹴られたりしている。色味や雑な甲冑とか、間違いなくグインネル仕様だな。

 遠巻きにしていた数匹が、スリングで投石を始めた。片手で馬を操りながら投石を剣で防御する騎士。その分手数が減って近接組のオーグルの攻撃が激しくなる。これはよくないな。数は暴力だ。騎士は防戦一方になってしまう。

 どうする。

 少し考えたが、助けるべきだろう。プレイヤーが騎乗戦闘することはなかったから、あの騎士は多分NPC。とはいえ、オーグルに嬲り殺されるのを見ているだけというのは気分が悪い。オーグルが生き残ったら次は僕が襲われかねないし。あ、でもあんまり斬り合いとかしたくないんでヒーラー参戦で騎士様にがんばってもらおう。だって血煙上がってるんだもの。


「〈リアクティブシールド〉、〈プロテクション〉、それから〈ヒール〉」


 まず自分に攻撃を自動で防御してくれる盾を、自分と騎士に防御力上昇を、んで騎士を回復。


「な!?」


 自分に降ってきた魔法に、騎士が驚きの声を上げる。パーティプレイに慣れてないのかね、騎士さん。


「援護します!」


 一声かけてスリングをぐるぐる回しているオーグルに〈インパクト〉を放って邪魔をする。衝撃弾を撃ち出す魔法だ。騎士さんの届く範囲はそっちでがんばってもらって、できたらさっさと倒してもらって、僕がスリング組の気を引いてるうちに助けに来てくれるとありがたい。〈リアクティブシールド〉がもってるうちにね。

 襲撃者のオーグルは数は結構いたけど、背後から僕が参戦したので混乱したようだ。見たところ指揮官っぽい個体もいなかったから、数にまかせて騎士に喧嘩を売った感じか。

 オーグルが慌てた隙を騎士は見逃さず、どんどん切り倒していく。倒れた奴を容赦なく馬が踏み潰したりして、ちゃんと訓練された軍馬っぽい。この分なら問題なさそうだ。

 騎士が棍棒持ちを片付けた頃合を見て、僕はそちらへ逃げる。か弱いヒーラーですもん。タンクに敵を押し付けるのは当然じゃん? 回避しつつ隙を見て攻撃したりしたので、スリング組は完全にこちらへヘイトを向けている。さあ、お願いします、騎士様! 追って来るオーグルに騎士が猛然と突撃。ほどなく戦闘は終了した。


「怪我はありませんか? あったら治しますよ」


 声を張る僕に、騎士は振り向いた。

 僕は騎士の方へ走っていった時、そのまま駆け抜けて少し距離を取っていた。いや、だって人間じゃないとはいえ血まみれの惨殺死体にあまり近寄りたくなかったんで。

 馬から下りた騎士が、手綱を引いてこちらへやってくる。あれ、この人まさか……。

 ゲームで見覚えのある青年は僕の前まで来ると片膝をついた。


「お迎えに参りました、使徒様」

「ふえっ!?」


 変な声出ても仕方ないよね? なんて言ったこの人!


「竜神の託宣を受けてここまできたところでオーグルに遭遇してしまい、お手を煩わせることになってしまいました。お恥ずかしい限りです」

「いやいやちょっと待って! 使徒って何? 僕はただの迷子で」

「ええ」


 イケメンは跪いたまま素晴らしく爽やかな笑顔を向けた。


「グインネル大陸の危機に際して、黒曜竜様が異なる世界から助け手を召喚されたのです。その方はユバラ平原に現れるだろうとのことで、取り急ぎ駆けつけました。追って他の者もやってくるかと」

「異なる世界から召喚!? そのワード聞きたくなかった!」


 僕はがっくりとうなだれた。あー、そういう設定って可能性は……いや、逃げちゃダメだ逃げちゃ。うう、それでも一応そういうドッキリ設定って可能性は捨てたくないなあ。

 おそるおそるイケメン騎士の様子を窺う。NPCなんだよ、この人。僕の記憶どおりなら。でも困った……すごく普通っぽい。普通ってのは人間っぽいって意味で。

 僕が『ドラコン』でサーヴァントを含むNPCに持っていた不満が、この人にはない。こう、反応は自然だし、表情も生き生きしてる。呆然としている僕を心配したり、積極的に話しかけてきたり、NPCっぽくない。

 バグったにしてもこんなに急にAIの性能が上がるわけもない。アップデートの予定があるなら事前に情報が出てたはずだし、そもそも『ドラコン』だけがAIのレベルが低いわけでもない。他社のゲームと比べても、まあまあ標準があの程度だったのだ。

 実はGMが中に入ってる特殊イベント……。

 悪あがきをしながら僕は再度ため息をつく。さすがに既存NPCをこんな使い方しないか。


「はあ……」


 どうやら状況は最悪のさらに下だったようだ。勘弁して。マジで。

 イケメンの騎士様はフィデルといい、スルド王家の姫に仕える騎士だと名乗った。うん、彼はグインネル大陸を舞台にしたストーリーの主要人物だ。スルド王家は、大陸全土――といっても人類圏だけだけど――を治めており、黒と白の竜神の司祭でもある。でもこの人、ゲームとはクラスも立場も違うんだがどういうことなんだろう。あ、よく似た異世界ですか。ソウデシタネ。

 今は馬の後ろに乗せてもらってジュノアへ向かっている途中。あのまま平原にいるのは危険なので移動を優先したのだ。少し落ち着いた僕は、フィデルさんに事情説明をしてもらっていた。


「助け手って言われても、僕は見ての通り軟弱なプリーストだよ?」

「何をおっしゃいますか。オーグルを翻弄しつつ、戦況を見定めての的確な援護。敵の攻撃をかわす体術など、並みのプリーストは持っておりません」


 お世辞? にしては表情が本気だ。僕程度で上級者扱いってやばくない? ぶっちゃけ僕はレベルだけは上げたけど、プリーストはあまりきちっとやっていない。メインクラスは違う職なのだ。平原では前衛にフィデルさんがいたしオーグルも雑魚ばかりだったから、血を見たくないあまりに後衛職を選択したけども。


「詳しいことは城でディフィリア姫からお聞き下さい。ジュノアへ行けば後続と合流できるでしょうから、王都までは我らが護衛につきます」


 フィデルさんは姫様から竜神のお告げを聞かされて、大急ぎでユバラ平原へ向かったらしい。最初は何人かの小隊だったみたいだけど、一刻も早く僕を保護するために部下を置き去りにしてきたようだ。

 まあフィデルさんがかっ飛ばさなければすれ違っていた可能性もあるので、そこは結果オーライというか。

 僕にしてもまだ信じたくない気持ちの端っこが「そういう設定のシナリオ」なんて思っているけども、マジモンの異世界だったら案内兼保護者と合流できたのはありがたい。でも戦わされるのは嫌だなあ。


「大丈夫ですよ。黒曜様は、『彼の者の知識を頼れ』とおっしゃったそうですから」


 僕の及び腰を察したのか、フィデルさんが言った。戦いたくないオーラ全開だったか。


「知識、ねえ……」


 一体何をお求めなのか、黒曜竜様は。



◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 目覚めたら知らない天井だった。

 目をこすりながら起き上がると、爽やかなイケメンが朝の挨拶をしてくる。


「おはようございます。よく眠れましたか」

「あ、おはようございます」


 昨日、暗くなってからやっと僕らはジュノアに着いた。僕は慣れない乗馬でへろへろになっていて、半分朦朧とした状態で完全にフィデルさん任せで宿に入り、食事もそこそこにベッドに転がった。見れば部屋はツインルームで、あちらのベッドはフィデルさんが使ったのだろう。


「窮屈だと感じられたかもしれませんが、今は護衛が私しかおりませんので、同室にさせていただきました」

「あ、うん。別に構いませんよ」

「ご理解いただき助かります」


 護衛っても、町だからまあ。あ。むしろ町中だと泥棒とか枕探しを警戒するのか。


「部隊の者が到着するまで、しばらくここに逗留しようと思います。その間ゆっくり体を休めて下さい。昨日は強行軍でしたし」

「わかりました」

「朝食はどうしますか? 運んでもらうこともできますが」

「起きます!」


 お腹すいた。そう言えば平原からこちら、まともに食事してなかった。


「では身支度を整えたら食堂へ行きましょう」


 僕の勢いに、フィデルさんがちょっと苦笑気味にそう言った。

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