攻略Wikiがわりに異世界召喚されたんだが暴れてもいいだろうか?
踊堂 柑
第1話 よくある異世界転移
僕はここのところ、『ドラゴンズ・コンチネント』というVRMMOにハマっていた。
『ドラゴンズ・コンチネント』――通称『ドラコン』はいわゆる剣と魔法のファンタジーで、竜神の守護する世界が舞台。竜は四つの大陸にそれぞれ一体というか一柱づついて、定番の地水火風に対応して琥珀竜・碧玉竜・紅玉竜・翠玉竜という具合。最新の大型アップデートは半年前で、その時開放されたのは、白と黒つまり光と闇の二体の竜が守護する大陸だった。
月ごとに段階を踏んでメインシナリオが進められ、それに合わせて新ダンジョンや新ボスと戦えるようになっていき、つい先ごろ最終ボスへ到達。狂ったようにラスボスを狩りまくって最強装備が完成して一息ついた感じ。最強って言ってもネトゲの宿命、次のアップデートまでの話だけどね。
そんなわけで若干燃え尽きた感の今日この頃。とりあえずログインボーナスもらわなきゃっていつもどおりログイン。ふわっと意識が切り替わる感じがあって、目を開けばそこは多くのプレイヤーが拠点にしている町の広場。まあだいたいログインしたら皆ここに出現する。
「お、レン。ちょうどいいや、狩りにいかん?」
知り合いに目ざとく見つけられ、誘われる。
「あー、ゴメン。今日はまったりしようと思っててさ」
「うははは。さすがのお前も力尽きたか」
「瞬発力はあるけど持久力はないんだよ」
「ほいほい。気分が乗ったら連絡くれや。適当に周回してるから」
「ああ。ありがとな。お目当てのドロップ祈っとく」
「おう。いってきまー」
軽く手を振って知り合いと別れると、僕は自宅へ転移する。居住区があって、そこは住宅街になっており、大邸宅からツリーハウスまでプレイヤーの好みの家を建てることができた。あくまで可能なだけで、実際は個人個人の財政事情にもよる。ゲームとはいえ世知辛い。
僕の家はちょっと洒落た感じの二階建て。あまり大きくはないが、ハウジングにそこまでこだわりはないので必要な施設が設置できればいいやって感じ。
ドアを開けてリビングに入ると、銀髪の美女が笑顔で僕を出迎える。
「おかえりなさい、主様」
白い肌に紫の目。整った美貌を柔らかく見せる艶やかな唇。波打つ銀の髪はゆるく編まれて胸元へと流れ落ちる。室内用の軽やかなドレスの胸はつい目が行ってしまう見事さであり、細い腰から太腿へのまろやかなラインはまさに芸術。伊達にキャラメイクに何時間もかけていない。
僕の理想の女性を具現化した彼女の名はリュドミラ。プレイヤーのサポートをする、サーヴァントと呼ばれるNPCである。少女ではなく綺麗なお姉さん。守ってあげたい美少女もいいが、やっぱり甘えさせてくれるお姉さんだと思うわけで。あくまで僕の好みなんで、他人と主張を戦わせるつもりはない。
「変わったことはあった?」
「ログインボーナスが届いているわ。他は特に何も」
僕は微笑むリュドミラの髪に触れようとして、システムに弾かれる。うん。全年齢対象だしそうなるよねーとは思うが、プレイヤーからクレームの多かった仕様でもある。せっかく好みの美女を侍らせてもこれでは雰囲気と言うものが……いや、ナニをするつもりもないけど。
体の前で指を組んで微笑を浮かべたまま立っているリュドミラに、僕は軽くため息をつく。VR技術は進んで、キャラクター造形はとても素晴らしいのに、AIは残念なままなのだ。表情はあまり動かず、決まったセリフの時だけそれに合わせて笑ったり悲しんだり。セリフも多少のバリエーションはあるにせよ、設定外の対応はできない。残念すぎる。
「ヒルダとサビーネを呼んで」
「わかったわ」
リュドミラがどこからか取り出した呼び鈴を鳴らすと、彼女の背後に大柄な女戦士と小柄な少女が出現する。
赤毛の女戦士はクセっ毛で、たおやかなリュドミラとは対照的にワイルドなアマゾネスタイプだ。腹はうっすら割れているくらい筋肉質。でも胸はでかい。そういう設定で作った。いや、鍛えた女戦士とかカッコいいじゃん。僕としてはアリだと思うんだ。名前はヒルダ。きりっとした美人さん。
少女はサビーネと言って、無口クール系設定だ。金髪を首元で切りそろえた魔法少女というイメージ。一応テンプレも抑えてみた。いや、別に友人から変わった性癖だと思われないために定番を加えたわけではない。だってほら、美人さんも可愛い子ちゃんもいいものはいいものなわけで。
「おう、主様。今日はどこへ行くんだい?」
「主、呼んでくれて、嬉しい」
何パターンかある定型文の挨拶をする彼女らは、リュドミラと同じサーヴァント。プレイヤーは最大三人のサーヴァントを得ることができる。リュドミラには普段は家の管理を任せているが、本来の役目は戦闘補助。つまりプレイヤーと共に戦うNPCなのだった。
『ドラコン』の場合、パーティは最大四人。レイドといわれる多人数戦闘でも八人。なので大概のコンテンツがソロで進行可能だ。まあプレイヤーは「中の人」の都合でパーティが組めないこともあるから、そこをカバーするためのシステムである。そしてAIの人格部分はともかく、戦闘方面に関しては学習させることで主好みに育成できることもあって、ヘボい素人プレイヤーを入れるよりは、きちんと育成されたサーヴァントのほうが強いなんてこともままある。
「プレイヤー排除」だの「ボッチパーティ推奨」だの言われるが、気楽にマイペースでプレイしたい時など、一切気を使わないで済むサーヴァントたちは非常にありがたい存在だった。
「…………」
「…………」
「…………」
こちらが話しかけるなりアクションを起こさないと、マネキンよろしくぴくりともしないのは大変残念でもあるけども。
「ええと、今日のボーナスクエストは何だっけ」
システムメニューを開いて追加報酬のつくクエストを確認する。手頃なのを見繕って行き先決定。命令を待つサーヴァントたちに向かってコマンド発令。
「じゃパーティ編成……」
言いかけた時、突然視界がブラックアウトした。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
ふと目が覚めると、背中が痛い。手を突いて起き上がって、じゃりっと手に石と土の感触を得て気付く。
「ここ……ユバラ平原?」
周囲の景色になんとなく見覚えがある。マップを開いてみると、一瞬グインネル大陸の地図が表示されたあと、グレーに塗りつぶされた。僕がいる現在地周辺だけが明るく示されている。
「どういうこと?」
『ドラコン』のマップは、自分が移動した範囲が描画されていくタイプだ。さっき一瞬表示された地形は、例の光と闇の大陸・グインネルのもので、景色を見るにここはその最初の出現地点・ユバラ平原に思える。
確かストーリーの出だしは、グインネルの異変を感じ取った四大竜がプレイヤーを送り込むんだっけか。それまでのストーリーで、竜神たちから加護をもらって超人化してるんだよな、プレイヤーって。代わりに便利使いの助っ人として色々クエストを与えられるわけだが。
遠くに見える山脈や、生えている木、あちらの森、草や地面の色など、やはりどう見てもユバラ平原だ。一体何があった。まさか丸々半年分巻き戻った? 補填の課金クリスタル大放出じゃん、それ。
僕はちくりと痛みを訴える手のひらを見た。さっき手を突いた時、小石が食い込んだのか何ヶ所かに圧迫の跡。痛いなと思ったら、食い込んだ小石の角が鋭かったのか、血がにじんでいる。
治さなきゃ。
思考が鈍っていたのか僕はごく自然にメニューから白桜花の杖を装備。『ドラコン』ではクラス専用カテゴリの武器を装備することでクラスチェンジする。同時に装備も換装。剣と鎧からローブ姿へ。白桜花の杖はプリースト装備だ。僕はそのままヒールを唱えて手の傷を治した。
「……あれ?」
それから手のひらを見る。にじんでいた血の跡を指でこすって二度見。
おかしい。いや、おかしくないけどおかしい。
何でゲームで血がにじむ? 治療後に血糊が残る? 何でかすり傷で痛みを感じたりするんだ?
ゲーム内で痛覚の扱いは、痛みではなく逆に感覚がなくなるという表現だった。例えば手に攻撃を受けてヒットポイントを削られると、武器を持つ手の感覚が薄くなるのだ。重傷になると感覚がなくなるので武器を持っているのか持っていないのかわからなくなる。
だから『ドラコン』で痛いという感覚があるはずがない。でも実際のところ手を切れば痛いわけで、でもそれじゃあ何故僕は普通にヒールなんか使ってるんだと。
血糊だって攻撃がヒットした瞬間はエフェクトとして血しぶきっぽいものが上がるが、それが液体として残るわけではない。ダメージの度合いはあくまでヒットポイントで表示される。キャラクターの見た目に傷が残ることなどない。
近くに川があったのを思い出して僕は小走りに向かった。水の音がする。水の匂いがする。こんなに繊細な表現されてたか?
川面を覗くと、ゆったりと流れる水に映ったのは金髪紫瞳の少年の姿。
それは『ドラコン』で僕が使っていたキャラクター、レン・イグナートのものだった。
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