第一章 ドアを開けると公然わいせつ現行犯逮捕。(4)
「そうだな」
ここまで本気とは思わなかった。というか、たかが魔人を監視するために一人の女の子の人生を無駄にしてもいいのだろうか。
「多分、お前が監視しても意味ないだろうけど、暫くはここにいろ」
◇
あの後特に何もなく、いつもいない人間がいるという窮屈な休日を過ごし、月曜日の夜にいたる。夕ご飯は好きなものばかりだったというのになんだか気に入らないといった表情の幼女の頬を伸ばす。びろ~んと、伸びた。
伸縮性は抜群だ、魅惑の頬袋。魅了された女が手を伸ばす、が、アオキは叩き落した。
く~と、女は手を擦る。
そりゃ嫌だろうな。見せつけるようにムニムニ、女を煽る。
【百年早い】
「にしても、その制服、マジで見覚えないな、他県か?」
こいつが教室に入ってきたときのざわめきを今も覚えている。見慣れない黒色のセーラー服に、学級委員長タイプの美人……学校という特殊環境だけで成立する属性に。幾人かの男子のボルテージが一気に上昇したのを肌で感じた。
男臭くて嫌になるが、俺も『お、かわいいじゃん』とか思ってしまったのであまり悪く言えない。
「お前、ウェディングドレスじゃなくて制服で来た方が犯罪っぽくて俺は靡いたかもな」
「犯罪っぽいって」
「いや、いきなりウェディングドレスとか着られても実際そこまで靡かない。というか、ウェディングドレスで靡くと思ったのか?」
女は顔を赤らめる。
「子供っぽい考え方だ」
「そうですか。ではあれは封印します……」
真っ赤な顔で唇を噛み、固まる頭小学生。
「で、その制服は?」
「中学の物です」
「は?」
「ですから、中学の物です」
中学と言う言葉が頭を支配する。
中学生女子は、社会で一番強い生き物だ。
「中学生!?」
中学生女子は、そのフットワークを利用してスマホという武器で成人男性を殺す。社会的に、相手が中学生だなんて知らねえよ!! なんて言葉はお回りさんに通じない。
目の前にはお巡りさん、薄暗い田舎には近所の人々。
『この人、私を監禁しました』
人生終わった。
合点がいったよ。
【とんでもねえぞ!! 親方!!】
アオキも同じ考えだったようで二人で椅子から飛びのいた。
「お、おま、そうまでして魔人をいじめたいのか!? 社会的に信用を失うように前科もんにしてから実験かぁあああ」
ポケットからスマホを取り出す、目を見開いたアオキが、【追い出そう!! 今からでも!!】等と、スケッチブックに書きつづる。
中学生に手を出しちまったら。おしまい。おじさんが言っていた。東大卒、大学病院医師の将来有望な友人を中学生に殺された友達がいる、彼は遠い目でそう言っていた。
中学生は、アサシンだ。
「ど、どうしうお!! 姉さん!? お、おれ中学生を自宅にとめっち」
ちょ、と中学生が俺のスマホを取り上げ、姉ズとの通話を切る。
赤熱した鉄みたいな顔色になった中学生は怒りとも恥ずかしさとも言えない微妙な表情に、
「ちゅ、中学生ではありません。こ、高校は受験していないだけです!!」
面食らう。正座で身を乗り出すように粗ぶった女。高校は受けていません。『まだ中学ってこと』と確認、『だから違います!!!!』と女。
「チュウソツ?」
今時どうなんだ。この娘を平気で化け物に差し出す姿勢といい、連絡も断つ徹底っぷりといい、こいつの実家は……。
「というか、なんで中学生が高校に編入できるんですか!!」
「あ、そっか」
【アカキ馬鹿なの?】
馬鹿だねぇ、とアオキにほおずり。【馬鹿はおたがいさまぁ】とか書いているが家計簿はアオキ任せなのでアオキの方があたまいいよ~。【にひひ】、と。なぜかまだ赤熱している高校生を尻目にお互いの温度を確かめる。
心が落ち着くぅ……。
「そ、そんなに私はガキ臭いですか!?」
女は、俺たちに割り入るように迫った。
「あなたにとって、性の対象ではないと!?」
プチプチ、とセーラー服の胸元の留め具を外す。
外す。外した。
いやいやいや、
「いやいや、確かにお前はガキっぽいけど、どどど」
目の前に迫りくる谷間。アオキが女の鳩尾を蹴って飛ばす。
【おちつけ、もちつけ。姉ちゃん饅頭みたいな乳が丸見えや!!】
ハッ、と気が付いた姉ちゃんは一気に青ざめた。
「あ、あらいものしますぅ!!!!」
姉ちゃんは脱兎のごとくフローリングを蹴り、台所との間合いを縮めスポンジを手に取り食器を洗い始める。この間わずか数秒。
「――これが、群の力」
【恐ろしい子、会津如何――】
「あ、あなたたち、馬鹿にしてますか!?」
「いや、馬鹿にしてないさ。会津如何という人間とコミュニケーションをとるとき、馬鹿にするという選択肢しか浮かばないからそうなるだけ」
ムッと顔をしかめる。
取り合えず、暴れる心臓を収めるために深呼吸、アオキの胸に顔をうずめる。
流石、……流石幼女。こんなに俺の息が上がっているというのに何の乱れもない。
スーハ―スーハ―、と匂いを嗅ぐ。
落ち着いた。
「おさなき、かほり……」
うわ、と如何の声がしたが気のせいだろう。
「なあ、あんたさぁ。マジで群側からなんの連絡も来ないわけ?」
「はい」
【捨て駒かぁ!?】
台所で洗い物をする女は表情を曇らせる。
「マジで、スマホでもなんでも、連絡の手段を持てよ。群のくせに」
【三日もなにもないって、群ってそんなにゆるゆる組織なの? ガバガバ?】
約三日、そう、土曜日含めてだいたい三日。何も連絡がないという、隠れてスマホでもなんでも連絡を取っているのではないかと思ったが、まあなんと女はスマホを持っていない。じゃあ何か、陰陽や魔術で連絡を取っているのかとも思って荷物を改めたが、それらしきものは見つからなかった。
数枚の服と、下着、身分証明書。
この現代社会でスマホを持たずにどう生活していたのかと問い詰めたが女の実家は田舎。そんなものは必要がないという。
「周りが持ってるし、欲しいとか思わないわけか?」
「別に」
本当に何も、と言った風体。床にすわってテレビを付ける。面白いものはやっていない。
「便利だし、楽しいぞ」
「よくわからないです」
水音が響く。
手持無沙汰にゲームアプリを起動する。アオキが手を伸ばす。
「何してるんですか?」
首だけ振り返って様子を見ると、俺に背を預けて画面に向かい始めた小さな背中を見つめる黒い瞳。
【レベル上げ】
「ソシャゲのレベル上げだ」
「そしゃげ?」
発音も、その内容もわからないような曖昧な日本語発音。
「スマホゲームだよ。スマホでするゲーム」
「は、はぁ……?」
タオルで手を拭い、近づく。いぶかしむような、しかし、興味を持った瞳。四つん這いで画面をのぞき込む。
「ソシャゲも知らない?」
黒髪が揺れた。肯定。
同色の瞳に、色とりどりのエフェクトが反射する。
「もしかして、……お前、友達いないのか?」
「な、なんですいきなり、というかそれ今日の昼間にもいってましたよね!?」
【友達のいない処女】
「いや、今時の中高生でソシャゲやらスマホげーやら、やるやらないは別として知らない奴なんていないぞ……?」
【顔真っ赤】
二ヒヒ、とアオキが笑う。
「……いません。友達」
「察してた」
「ぐ、群に命と持ちうる力をささげていり、いるのです!!」
「はぁ……まあ、いいけどさ」
はぁ……ってそのため息何なんですか? と嘆く如何を背にする。夕飯後の間延びした休息の時間、テレビでは特に面白くもない番組が流れる。
「つーても、矛盾してるよなぁ。俺の正体を見抜いているにも関わらず、登録はさせない、加えて部隊をよこすこともしない」
魔人は生まれてすぐにその籍、住所、諸々、だいたい全ての情報を群に届け出なくてはいけない。だからその例外たる俺も登録しなくてはいけない。イコール登録させられるのではないか。と思ったが。
「何も裏はないそうです。けど……おかしな話で、私がここに送られるのは上層部しか知りません」
「上層部しか知らないって、どうしてだ?」
後天的な魔人。それに対して何も裏がなくこんなことしないだろう。
「それは、わかりません。少なくとも私の母と父、幹部の一部しかしりません。地域隊員など県レベルでは知れ渡っていないでしょう」
「逆に気持ち悪いなぁ」
【つっかえね】
裏を知りたい。
「本当に、俺と結婚してこいしか言われていないのか?」
「ええ。本当にそれだけです」
「登録もしなくていいのか?」
「ええ、とも『倫理的』には言えませんが。上からは登録はさせるなと、あと、あなたが鬼だとバレないようにしろと。そして、あなたと結婚して連続殺人を辞めさせろと」
案の定、俺を犯人だと疑っているらしく。
「俺を鎮めようとしても荒ぶってないからなぁ」
「群はそう言っているのです」
「気持ち悪いなぁ」【気持ち悪いね】
「この話、昼間もしましたよね」
「ああ」
昼間にも言っていた、けれど今はアオキに情報の把握をさせるため。
この女が群に言われたこと以外をしていないといえ、群側の思惑が読めない。何か靄がかかっているようで気持ちが悪い。
彼等は何か腹の奥底に重大なことをためているのではないかと。鬼を鎮めるために女を差し出すだなんて。流石におかしな話だろう。
「なあ、アオキ。俺たちどうなるんだろうな?」
【どうしたの?】
二人きりの寝室。俺の胴体に跨って本を読む小さな体。
「俺たち、どうなるのかな。このままずっとこうでいられるかな?」
小さな体には合わない難しそうな本それを頭上に乗せるといつものスケッチブックを持って俺をのぞき込む。永遠に変わらないその瞳はぱちぱちと瞬いた。
言葉遣いが子供っぽかった。と、少ししてから気が付いた、
「今までずっとを、これからもずっとにできるかな?」
その拙いような、幼い言葉のまま続ける。
【ちょっと、こわい】
じゃあ、もう怖くないように、
「心中するか?」
冗談っぽく呟く。冗談っぽく呟いているが、何か悪いことがある度に頭に心中の二文字じゃ浮かんでくる。
俺とアオキの日々が何者かによって終わらされてしまうなら。死んでしまった方がいいのではないかと。
【こわいこと言わないで。一緒に死ねるか分からないのに】
俺は心中したいよ。というのはやめた。
命の恩人に、殺されかけた俺を救ってくれた存在にそんなことは言えない。それに、俺が死んだことによってアオキを認識できる人間がいなくなってしまうのは最悪だ。
【ずっと一緒にいたい。いなくならないで】
俺の返答を待たず、アオキは再び視線を本に落とした。
しばらく、ページをめくる指を見つめる。
「あいつは嫌いか?」
アオキは、本を掲げ思案した。そして後ろに放ってあったスケッチブックを拾う。衣擦れの音。
【もちろん】
また、思案顔。
【はやくふたりきりに戻りたい】
「だな」
たった一人の幼女を守り、優しい家庭を紡ぐ、それが俺に託された使命だ。諦めるな、いざとなったら。
――できることをやるまでだ。
「そういえば、姉さんたちは嫌いじゃないよな」
【大好き。アオキが見えて、アオキといっしょにいてくれるから】
満面の笑みで覆いかぶさる暖かい小さな青鬼。これが守れれば、それでいい。
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