第一章 ドアを開けると公然わいせつ現行犯逮捕。(3)

 安心して、アオキはアオキでいていいんだよ。と、言おうとしてその瞬間とき

「死体をみました。正直にそういったらどうなんです?」

 抱き着いてきていた手が、いつもの温かさであった指が急に冷えた。『アオキが怯えてしまった』のだ。

「邪魔するな女。通報するぞ」

 いつの間にか窓のサッシに乗っていた女にキツイ口調を投げつける。

「未登録の魔人が何を偉そうにいいますか。それにそのパンイチ幼女。趣味の悪い……」

 黒髪ロングポニーテール、ウェディングドレス姿で民家に不法侵入する痛い女に哀れまれるなんて。

【ウェ、ウェ……ウェディングドレスのへんしつしゃ……】

 趣味が悪い。と批判された本人はこの通り、ドン引きだ。いつの間にか出刃包丁なんて握っている。

「アオキ、ステイ。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。ここで怒ったらその恰好を擁護できなくなる」

【変質者は本当】

「いいえ、違います。変質者ではありません。嫁入り者です。そこの赤鬼を鎮めるために派遣されました」

 変質者は夜空と虫の音をバックにそう言った。

「帰ってくれ、俺は女に困っていない」

 俺にはアオキがいれば十分。それに、ウェディングドレスを着て窓のサッシに足かけるような野蛮な女を相手にしたくない。

「ではいったい何に困って街中で人を殺して回っているのですか?」

 街中で人を殺して回る。笑わせてくれる。

「俺は生まれてこのかた人を殺したことはないし、誰にも迷惑かけず人として生きている」

 心配そうにアオキが俺を見つめる。

【この女、誰?】

「俺も知らない。ウェディングドレスの変質者ってことは確かだ」

【まさか……街で誑し込んだ?】

「変質者はタイプじゃない」

【わんないとらぶ?】

 あわわわわ、と頭を抱えながらアオキはスケッチブックに何やら書き込み、書き込み、ぺージを進め、そのルーティンを繰り返す。

 バグっている。もうこうなったら暫く放っておくしか道はない。ついさっき、やっと、月に幾日もない平穏を与えられると思ったのに。

「私を家にあげてください」

「上げないと言ったら、」

「群に通報ですかね」

 出刃包丁を手に取るとアオキが、首を振る。自分はよくて俺はダメなのか……。

「ここで大声出してもいいのですよ」

 舌打ち一つ、掌を自分側に煽る。

「勘違いするなよ」


     ◇


 四人掛けの椅子、二対一。木のぬくもりが伝う掌、じっとりと汗ばむ。

「あなたがここに判子を押してくれるだけでいいのです」

 勝手に書かれた婚姻届け。アオキが光の速度で女の顔面に突き返す。ピッと切れた女の鼻先、血が飛ぶ。

会津あいづ如何いかがか……聞いたことない名前だ。いったい何のつもりだ」

「結婚してください」

 ドンっという音と共に、机に飛び乗ったアオキ、身を乗り出し、彼女の鼻についた血を拭い、

【今度はもっと深く。お前の血でこの名前欄を書き換えてやる】

 と、結構高かった机に血で書きこんだ。

「ステイ」

 アオキの首根っこを掴み椅子に戻す。フー……フー……、と荒い息使い。頭の角が少し伸びた。剥き出しの歯は白く、犬歯は尖っている。

 その猛獣を膝上に移動させる。

「どういう経緯だ?」

 猛獣が飛び出さないようにきつく腕を組み、尚且つ、絶対に印は押さないという徹底抗戦の構えを取る。

 婚約関係など結んだ覚えはない。と幾度も言ったが女は『あなたを私にください』だのほざき、『帰れ不審者』の言葉に応じない。

「これだけ言っても思い出せないとは、子供の頃、結婚しようといったのはあなたです」

「申し訳ないけど、子供の頃のことはよく思い出せない」

「では、そういう事があったのです。あなたのご両親も知っているはずです」

「ちょっと待て」

 スマホを手に取る。耳に当てる。

 安定の、ワンコール。

『おっぱいはFカップだけど母性はワールドカップ、最近カワズちゃんに会えてなくて寂しくてムラムラしてる、可哀そうなお姉ちゃんことフミ姉さんで~す! もしも~し! お夕飯のお誘いですか? 喜んで!!! 二人だけじゃ寂しいもんネ!!! わかった!!! 行ってあげる! 夜勤明けで着替えもせずに寝ていたからお姉ちゃんが全裸に剥いちゃったイヨリちゃんも、引きづってでも連れていくからね!!!!!!!!!!!!!』

 言葉の暴力が耳に流れ込む。親代わりの叔母さん、母の姉は絶好調で鼻息荒い。

「違うよフミ姉。俺は夕飯のお誘いなんてしてない。俺に婚約者っていたかなっ? て質問だ」

『あぁ? 何それぇ!? フミ姉さん聞いてない!!! ねえ! カワズちゃんは全裸が好き? それともブラオンリー? パンツオンリー!? それとも白ソックス?』

「フミ姉、落ち着こう」

 一旦、スマホを伏せた。

「大丈夫なんですか」

 ウェディングドレスが首を傾げ、眉根を寄せる。本気で心配そうな御様子だ、だが、心配そうにするなら人様の家にウェディングドレスでズカズカ上がり込んで婚約者宣言するとかそんな奇行を働かないでくれ。

「というか、俺には婚約者がいないと暫定両親は仰っているが」

 女は、ウッと呟いた。そしてバツが悪そうにそっぽを向く。

「あなたは私と結婚すべきです。いいや、私と結婚してもらわなくては困るのです。結婚しないと困りますよ」

 伏せてあったスマホから音割れしそうな大音響。

『え、今女の声がしたねぇ……? いきまーす。姉さん、不順異性交遊に紛れ込みにいきま~す!!』

 ドタドタとスマホを置いて走り出す音と、イヨリ姉さんの断末魔。

「イヨリ姉さん、ごめんよ」

 アオキといい、フミ姉といい、なぜ俺の近親者はこうも落ち着きがないのだろうか。多分全員なにか心に患いがあるのでイヨリ姉さんはフミ姉さんを医者に見せた方が……。いいや、彼女も含めて一度医者に診てもらう必要がある。

『姉さん!? 何し、なっなぁっ!?』

 きっと、その向こうでは阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているであろうスマホの画面をアオキが覗き見る。通話は切れているようだ。

【フミとイヨリ、来るの?】

「ああ、そうらしいな」

 何処か他人事に俺が呟くと嬉しそうに笑い、

【やった】

 と書いて頬を赤くする。

 以外と賑やかなのが好きな幼女からすれば楽しいのかもしれない。しかし俺にとっては、地獄。地獄が始まる。

 今回は、どうやって交わせばいいのだろうか。不順異性交遊ネタや、人間としての尊厳が危ぶまれるレベルの下ネタ。

 思い出したくもない……。普通、自分の姉の子供が風呂入ってるときに乱入するか? おかしいんじゃないか? 他にも夜中裸で布団に入ってきたり、部屋に鍵かけたらアオキを人質に取られたり、家の鍵変えてもいつの間にか家の中にいるし……どこのエロ同人誌だよ……。

「念のため言っておくが、これからエロ同人誌みたいな姉が来る。逃げたければ早く逃げろ」

「え、エロ同人誌みたいな姉?」

「ああ、お前もエロ同人誌みたいになりたくなければな。今までおねショタだったが、俺がおねショタ難しくなってきた。だから多分、隙あらば5Pくらいさせるぞ、あの人達は」

「は、はあ。けどこれは、絶対しなくてはいけないことなので……」

「言っておくが、俺とアオキは普通だ、あの二人と一緒にするなよ」

 額に浮かんだ汗をアオキが舐める。

 え、と口の端を引きつらせる女をにらみつける、こんなことは日常茶飯事だ。むしろ、これが出来ずに俺と婚約関係だなんて何を舐め腐っとるのじゃこの変質者。

「何だその顔は、変質者」

「変質者はあなたです! 何が『俺たちは普通だ』ですか!? あなた達もエロ同人誌ですよ!!!!!」

「愛し合っているんだ、これくらいできて当然だ」

「む、無理ですよぉ!? 汚いです!!」

「汗も舐められないというのに、嫁入りとは、笑わせてくれる」

【人間失格】

 この女の覚悟、計り知れる。勝った、と確信。

「鬼に言われたくないです!」

「アオキ、俺たちの勝ちだ」

【いくじなし~ば~か、ば~かまんねんしょじょ~】

 どう見ても幼女とは言えない表情をして幼女は煽る、目を見開き、心底馬鹿にしたような態度で女に迫っていく。

「しょ、しょしょしょ、しょじょ!? わたしは!!!!」

【おまえの血、処女の味した】

「堪忍するんだな。処女」

【処女はおいしいって誰かから聞いた】

 ヒッと、処女の顔が恐怖にゆがむ。俺もちょっとヒヤッとした。完璧にアオキはそういう顔をしていた。童話に出てくる恐ろしい青鬼の顔。

 だから俺も、童話に出てくる恐ろしい赤鬼の顔をする。

「これから一般人がここに到着する。群は一般人に手を出してはいけない、けれど俺たち鬼はどうだろう。お前をここで食える、風呂場で解体、キッチンで料理。まあ、数週間分の飯代は浮くな。結局光熱費で相殺だろうが」

 処女は黙る。

 そして、先ほどとは一変、その表情は群となる。

 あほらしい。

「そんなことするわけないだろ、馬鹿」

 アオキが消していたテレビを点ける。ゲストと子犬が戯れる。俺の服の裾を楽しそうに握った。何よりだ。

 なんとなく、いつか聞いてみたいと思った一言が頭に浮かぶ。

「おい、処女、お前群だろう、自分を化け物だとは思わないのか」

 どうせ、群だ。

 俺たち魔人とは一生分かり合えない。そう敵意いっぱいに言葉を投げかける。腕を組み、睨むように目を細め。

 悪意を知らぬ。濁りのない、透き通った瞳が俺を見つめる。その恰好と相まってまるで天使のようだった。

「俺たちは見た目でわかる、けどお前らは、わからない」

 瞳は曇りない。それが何だとでも言いたそうな表情だ。

「それにお前らも人とは違うだろう、一発で人を殺せるような恐ろしい力を使う」

 魔人ばかりが危険だと言われるが、むしろ、群のほうが危険ではないのか。突然群としての才能を開花させ、魔人のように一目見てわかるという特徴がない。

「群と魔人は別物です」

「生まれつきか、あとからか。それだけの違いだ。いるだけで嫌がられる貧乏くじ引くか、それとも、ストレス解消できて大当たりのクジを引くかその違い」

……何が違うというんだ。選ばれたような気になって……気分良く、何の手加減もなしに罪を犯した魔人をいたぶる。罪を犯すことは悪いことだ。けれど、人間は間違えをお犯したとしても引き金を引かれない。けれど、魔人は銃を、剣を、能力を、たっぷりと『苦しめ、詫びろ』と、悪意のこもったそれをぶつけられる。

「お前たち、俺たち魔人を殴るとき、気持ちいいだろう。悪意がこもってる『痛め、苦しめ、魔人として生まれてきたことを後悔しろ』って」

「悪意を込めているとは……限りません。それに、あなたたちには、代償がない」

 暫し、冷たい沈黙が訪れる。

 まあ、そう言われればそうだ。俺たちは魔人。俺はそうではないけれど、生まれながらの化け物。人間と似た体組成を持ちながらも人間と異なる体の強靭さ、運動能力、変身能力、その他十人十色。その魔人を押さえつけるための群。生まれながらは人間でありながらもある一時に力を開花させ代償を払いながらもそれを行使する存在。


 まったくの別物、ああ、そうだ全くの別物。


 冷房のゴーという機械音、テレビのわざとらしい笑い声。

「その神聖な能力を化け物と一緒にするなってか?」

 チャイムが鳴った。が、無視を決め込む。

 アオキがウズウズと俺から離れようとするが頭を撫でて諫める、そして、女を見つめる。

「な、なんですかそのお前のせいだとでも言いたそうな顔は」

「お前のせいだよ」

 アレー!? もうセックスしてる~!? 開けるよ~、驚いて出さないでよ~!! と大声で、それこそ、ここが田舎でなかったら社会的に死んでいるくらいの大声と言うよりも音圧を持った絶叫。

「あれ、やった!? 今日は歓迎モードじゃん!!!!」

 しまった、チェーンをかけ忘れていた。というかチェーンがかかってないことを歓迎モードとかいうな。

 やたら速足に、女は侵入する。

「ね、姉さん。だから言ったでしょう? カワズ君にはアオキちゃんがいるんだから」

 白衣一枚でその下に何も履いていないであろう姉『二』こと、イヨリが『ヒィ』と声をあげる。灰色のショートカットが真っ赤になった顔を隠す。

「し、知らない人!! み、みないでください……」

 知っている人なら裸でもいいのか。

「お義姉さん、ではなぜ裸で」

 と、ウェディングドレスの不審者が言う。

「お前にお義姉さんと「裸じゃないです。服着てます」

 真っ赤になったイヨリは、姉『一』こと、啖呵を切ろうとしたフミを遮り、再び前にでて白衣を強調した。

 アオキが白衣を捲る。

【はだかじゃん】と、辛辣な一言。

 イヨリ姉さんはフローリングに突っ伏した、尻が半分見えている。

「で、フミ姉さんもイヨリちゃんもその女の子のことを知らないよ」

「『で』、じゃないよフミ姉さん。じゃあなんで来たんだよ」

「そりゃぁ、なんとなくここにきたかったからよ!!」

 ねえ、アオキちゃん。アオキちゃんもお姉さんに来てほしかったよねぇ。と。アオキは首を縦に振る。

「あと、なんとなく。イヨリ姉さんも予想がついていたので」

「群の人よねぇ」

「いや、『群の人よねぇ』。じゃなくてね。それは俺もわかってるよ」

 コンコン、とフミ姉さんは杖の先で床を叩く。

「カワズちゃん、落ち着いてぇ……もう」

 俺の肩をさすりながらさっきから一番落ち着きのないフミ姉がいった。今年最高のお前に言われたくない言葉だった。

「フミ姉の小学校時代の通知表ンァ……」

 落ち着きがないと六年間書かれ続けた女が落ち着きなく俺の口を塞ぐ、『フミさんは、一年三百六十五日元気そうですが、元気すぎるのも問題です』。

「と、そ、そ……そういうわけです」

 処女が発したその潔すぎる説明不足に口を挟みたく、口に引っ付いた指を齧る、やわらかい肉感。嬌声が上がる。

「へ……へんたい」

 自分から塞いだのに、ざまあ。ウェディングドレスの変質者はまるで暗闇の中、陰部を露出する男を見ってしまったかのような表情で目を見開く。

「変態じゃない、バカ女あと、『と、そういうわけです』。とはなんだバカ処女。俺にはお前の頭の中が見えんぞ。馬鹿面晒していないで説明しろ」

「実家の親に命じられ、群にも命じられ、私はこうやってこのような格好をしているのです」

「わかった、お前をここから追い出す方法は」

 ズイ、と女は婚姻届けを差し出した。

「お前を消す方法を試した方がいいか?」

 ズイ、と飽き足らず婚姻届けを差し出す。

「うちの風呂は結構広いし、俺たちは鬼だ、さっきも言ったよな」

 カワズくんと、今度は床に座っていた全裸が俺を制した。

「お姉ちゃんたちは、結構、常識人で優しいから本当のことを教えてほしいんだけど」

 オイ、と突っ込もうとして隣の椅子に腰かけたフミ姉さんに制される。

「あなたは本当に、カワズくんと結婚しないとだめなの?」

「はい」

 迷うことなく、まっすぐな瞳でそう答えた。

「で、あなたは何も疑わずにそれを引き受けたのぉ?」

「はい」

「えっと、如何さん? は、納得しているのですか?」

「はい」

「この子の事、好き」

 姉さんズは双子らしく、はほぼ同タイミングでそう切り出した。

「いいえ」

「なら、結婚することはないんじゃないかなぁ?」そういったフミ姉さんに続いて、全裸が問う「それに、まだ未成年、結婚できる年ごろじゃない、ご両親や群はなんて言うかわからないけど。お姉さんたちがカワズくんのこと見てるから大丈夫って、「ダメです」

 だよね。と苦笑するフミ姉さん、フローリングに突っ伏した全裸。

「これは、あなたを永久に監視するため結婚せよという任務です」

「それ、マジで本当にマジでいってるのか?」

 はい、とまっすぐな瞳が曲がることなく俺を見据える、まるでロボットのようだと思った。

「群にも両親にも言われています。お前は何としても赤鬼蛙を夫にしろ、と。持ちうる全てを使って赤鬼蛙をデレさせろと……、そういわれています」

「あなたは、それでいいの?」

 圧倒されていた俺に代わり、全裸に白衣というふざけた格好の義姉さんがいたって真面目に、というか少し怒ったようなトーンで問う。

 またしても女は、まっすぐな瞳のまま頷いた。

 アオキがため息を吐く。

【どっちが残酷なんだろうね】

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