第一章 ドアを開けると公然わいせつ現行犯逮捕。(1)
今日も一日頑張った、だから家に帰ってゆっくりしよう。
赤とオレンジと、言葉にできないくらい綺麗な夕暮れが関東平野をオレンジ色に染めあげる。今日が休みだったらあいつとどこかに出かけられたのに……。
思わず口から出た言葉が茜色に染まる田舎道に響いた。いくら田舎と言ってもある程度の人通りがあるこの道で独り言はちょいときついものがある。恥ずかしいことしてしまったなと、言葉の変わりに大きなため息を吐いた。
土曜学校で尚且つ部活動、お陰で帰宅は夕方。こんな一日の締めにはあったかい風呂とあったかい布団、そしてホカホカの幼女が必要だろう。
いつも家で待ってるポカポカ。
ニコニコ笑うポカポカ。
気に入らないとポカポカ殴ってくるポカポカ。
そのホカホカの笑顔が胸に広がる。暖かい気持ち、というありふれた表現に抑え込めないくらいにぽわぽわとした心地のいい気持ち。
けれどきっとあいつは、土曜日なのに俺がいなくて、姉さんたちも遊びに来なくて、一人っきりで寂しい思いをしているだろう。
ひぐらしの声。
いつの間にか景色は変わり、畑とポイ捨てのゴミと、沈みかけの太陽、チカチカする街灯。
「あー」
間延びした声は暫く続いた。今日は本当にお出かけ日和だった。朝は涼しく、昼は暑すぎないほどに暑く、そして夕方はすこし蒸すくらい。端的に言うと幼女を連れて外出するにはちょうどいい日だった。学校をさぼればよかったなぁとかそんなこと、空を見上げて考えた。
歩を緩めることはない、家に着くまで止まれない。
ちょうど、カーブに差し掛かる。ミラーに写る浮かない顔した男と目が合う。
こんな顔して帰ったら。それこそ……。
下着姿の銀髪幼女に、【インポテンツ?】【自信喪失?】【いじめ?】【久しぶりにあった同級生に宗教勧誘されたの?】だのとこちらのキャパを考えずにボケなのかマジなのかわからないことをまくしたてられるだろう。
湿気た顔して帰れねえ。
あともう少しで家なのだ、あったかハウスが待っている、いいや、今は冷房の効いた涼しいハウス。
少しだけ背筋を伸ばす。彼女の笑顔を思いうかべる。イヤホンを耳に突っ込む、テンションの高い曲を流す、だんだんと、気分が乗る、……鼻歌を紡ぐ、体が少し軽くなる。
一日くらいでくよくよするな、幼女との夜は長い。それに、まだまだ時間はあるだろうし、これからもっといい日があるかもしれない。
左手にはカバン、右手にはホカホカホットスナック。
あいつの大好物、きっと待ってる。急いで帰ろう。後悔するより前に進まないと。
急ぎ足で角を曲がる、
「おっと……」
べちゃという音、足元を見る。鮮血。
曲がり角を曲がったら美少女とぶつかるありがちなパターン、出どころがどこかはわからないが、古代から受け継がれる伝統文化にも等しいお約束。俺はそれくらいじゃあ驚かない。
そんな俺でも、危うく、ホカホカのホットスナックを落としそうになった。
目の前に、ありがちな、しかし非現実的なパターンは広がっていなかった。かといって今俺の目に入っている光景が現実的であるとも言い難かった。俺の前にあるのは遺体、美少女のものでもなく、現実的な一般的な死体、それも魔人っぽいおっさんの……。まだ、ついさっきまで生きていのたであろうホカホカの、……出来立ての死体。
しばらく考えた。どうしようかと。
・警察に知らせる
・バックレる
その二択。
連続殺人事件なんて物騒な話題もある。だから、警察に、ポケットをまさぐろうとして俺は思い出した。右手に握られているホカホカのホットスナックのことを。
……ああ、俺のバカ。こんなところでボウっとしている暇はないだろうと、この道が使えないなら、回り道でもして帰ろう。と。
ホットスナックはその名の通り、ホットなスナック。ホットさをなくしてしまったらそれはスナックの死骸も同然なのだから。
きっとあいつも楽しみにしているから。
たった一人の幼女を守り、優しい家庭を紡ぐ、それが俺に託された使命なのだから。夕日をバックに走り出す。
見慣れた田舎道、サイレンは聞こえない。警察の影もない。
あったかい我が家につく。築十年ちょっと、一度改築は入っているが今は亡き父さんが設計して母さんが俺を産んだ場所。
――そのドアを開ける。と、いつも通り痴女スタイルの幼女がいた。
慣れ切ってしまっている。だからその姿にこれといって突っ込みも、驚きもない。
むしろこっちからボケていく。
「ただいま、小さな
ドアを開け放ち鈴虫の音色をバックに呼びかける、タタタ、とフローリングの床を露出狂が走る、銀色の髪をなびかせるそいつは、胸に飛び込んでくる。わずかな重み、薄いタンクトップとパンツ越しにじんわりとその体温が伝わる。
急いでドアを閉める。絵面だけみたら『幼女監禁魔と痴幼女』だ。
数年ぶりに再会した家族と抱き合うみたい感覚でハグをする。
柔らかい銀髪と、プニプニの肌、ギュッときつく抱きしめる。スンスンとにおいを堪能する。嗅ぎなれた髪の毛の匂いとその体温に溶けた俺の匂い。ポカポカと腕が俺を打つ。
プロレスとか、武術で言った所のギブサイン。
【きつい】
と一言、スケッチブックに書き殴られた文句。
ちょっと雑な字。何がきついのだろうか、まさか……。
「俺、臭い?」
そうだ、今日は体育があった。露出狂をフローリングに開放して自分の匂いを嗅ぐ。
【ちがう、ちょっと腕、苦しかった】
俺に向かい腕を伸ばす。かわいい。写真に写せるのなら。写真に残したいと思った。
「ああ、スマンスマン」
少し高く抱き上げ、腕に座らせるように移動させる。
【さんきゅ】
なんだか渋い顔でそう言った幼女を腕に乗せたままキッチンまで移動する。
「アオキ」
注意を引いてコンビニ袋を掲げる、細い人差し指と親指を袋に突っ込んで中身を確認する露出狂はニッと嬉しそうに笑った。
完璧な笑顔、思わずビューティフォーと呟きかけた。
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