第20話 私に翼があったなら-5

 ギャラリーの柵にしがみつきながら、蘭花は動向を見守っていた。

 犯人に蘭花が控えていることを悟られると台無しだから、腹ばいになりながら、姿勢を低くして構える。

 案の定、犯人は姿を現して美弦に危害を加えようとした。急ぎ二人の間に飛んでいこうとしたところ、それよりも先に火連と夏樹が駆けつけて、犯人を制する。

 詰めていた息を静かに吐きだしながら、やっぱり火連は頼りになると安堵する。同時に、結局火連や夏樹の助けなしに解決できなかった不甲斐なさや、頼ってしまう心があることに歯噛みした。

 自己嫌悪にのまれかけた、その時。

 火連の体が不自然に跳ねた。頭上から糸で引っ張られるように立ち上がって、夏樹の手を振り払う。

 直後の、信じられない光景。

 火連の手から火炎が放たれた。

 目で追いきれない速度の火炎が壁に直撃する。辛くも炎を避けた、美弦と夏樹のとりあえずの無事を確認すると、蘭花は反射的に演習場内を見回した。  

 火連の意志なんかじゃない。この演習場内に、おぞましい何かが渦巻いているとしか思えなかった。

 火連の右手が、再び美弦たちの背中に向けられる。

「火連くん!」

 叫びながら、手すりを飛び越えた。

 飛空魔法を使おうとしたかも定かではなかった。とにかく火連のもとに飛び込みたかった。

 魔力に後押しされるように火連の懐までひと飛びすると、そのまま正面から火連の胸周りに抱き着いて、再び宙へ飛び上がる。

「蘭花!」

 火連は動揺した声を上げた。

 直後、蘭花の肩越しに伸びた火連の手から炎が放たれる。しかし蘭花と飛空したことで軌道が大幅にずれた。天井近くまで浮上してからのことだったから、地上にいる美弦たちに害が及ばずに済んだのだ。

 背後の衝撃音に身をすくませるが、それだけで自分たちの身には何事もなかったので、力が抜けてゆっくりと降下していく。

「馬鹿っ!」

 床にへたり込むが早いか、火連に怒鳴りつけられた。

「あんなところに飛び込んできたら危ないだろ!無事だったからよかったようなものの、無茶しやがって!」

 ファストフードでの一件とは比べ物にならない剣幕だった。また怒らせてしまったのに、あの時のような悲しさやつらさは感じなかった。

 自分の中にあるのは、もっと突き動かされるような衝動。

「だって、止められなかったんだもの」

 あの時もそうだった。劇場で、母を助けようとした時。

「火連くんを助けなくちゃって思ったら、美弦ちゃんと日向くんが危ないって思ったら、飛び出してたの」

「それで俺が蘭花を吹っ飛ばしでもしたら、それこそ、俺は」

 冷静になればわかる。もし火連の魔法が蘭花を傷つけていたら、火連の苦痛は計り知れないものになっていただろう。

 今、火連が怒ったのは疎ましさからじゃない。

 自分が傷つくより、誰かを傷つけるほうが苦しいと、優しい人は思うから。

「ごめんね。でも私、飛ぶしかできないから」

 魔法で誰かを助けたいと思う。けれど実際、何ができるかなんてわからない。

 一番得意な空飛ぶ魔法で母や火連を助けても、無茶が過ぎると怒られる。

 空飛ぶ魔法は珍しいから、それだけで持ち上げられるけれど。どう生かしていくかがわからなければ、ただ、空を飛べるだけでしかない。

「だけど、だからこそ。危なくったって、無茶だって、いくらでも飛んでいくよ」

 飛んでいくし、いくらでも名前を呼ぶよ。

 火連を見上げて笑う。

「おまえは、ほんとに……」

 こわばっていた火連の体から、力が抜けていくのがわかった。

「蘭花はほんとに強いな。俺なんかよりよっぽど。俺はほら、今だって追い詰められて、全然、まだまだだ」

「そんなこと」

「そんなことある。あるから、だから、俺はもっと頑張らなきゃなんないから」

 激しい感情はなりを潜めて、ゆっくりと火連は言う。

「それをわかってほしい、だけ」

 ようやく、わかった。

 火連の心をわからないなりに、傍に寄り添ったつもりだった。

 多分、それで届いたものもあったけど、閉ざされたままの心もあった。

 そのもどかしさに、無遠慮に飛び込んでもっと固く閉じてしまったこともあったけれど。

 それが今少しだけ開いた。見せてくれた。

「うん」

 だからもっと色々話して、とか、一緒に頑張らせて、とか、言いたいことはたくさんあった。

 だけど、今はいい。少しずつ歩み寄れればそれでいい。

「いい感じのところ悪いんだけど」

 戻ってきた夏樹が、いまだ火連の胸周りに抱き着いたままの蘭花を見て言った。

「まだ全然安心できる状況じゃないぞ」

 厳しい目つきで夏樹は辺りを見渡す。

再び火連が体をこわばらせた。火連にかかった卑劣な魔法が解けたのかも、まだわからない。

「犯人、演習場内に隠れてるのかな」

 そう、夏樹は声を潜めるが。

「卑怯者!」

 蘭花は叫んだ。

 恐怖にこわばった火連の体を感じて、沸き上がる怒りを抑えられなかった。

「隠れてるなら出てきなさいよ、卑怯者!人のこといいように操って、傷つけて、何がしたいの!」

 青ざめる火連。ずぶぬれで横たわる三澤。

 他者に体の自由を奪われた者たちを前に、蘭花は腹が収まらなかった。

「ああもう、草壁ちゃんはほんとにストレートだねえ!」

 やけくそのように叫んだかと思うと、夏樹は目をつぶった。幾分苦しそうに、眉間に深くしわが刻まれる。

「……用具室の中!」

 言うなり、夏樹は膝から崩れ落ちた。

「日向!」

 飛びつくように、美弦もしゃがみこむ。

「あんた、また透視使ったの?もう魔力ぎりぎりだったじゃない!」

 額に汗を浮かべながら、夏樹が首を振る。

「顔、見たからな」

 歯を食いしばるようにして、顔を上げた。

「顔見たからな、逃げらんねえぞ!ふざけんなよ、なんなんだよ一体、何考えてんだあんた!」

 疲労以上に、困惑の滲む叫び。

「出てこい、クソババア!」

「ババア?」

 用具室を見つめながら、美弦が呟く。

「いやだ、ババアなんて」

 重たい音を立てて開いた用具室の扉。間から、細い人影が表れる。

「確かにあなたたちよりは歳を取っていますけれど」

 熱のない声。

「生方先生……?」

 想像だにしなかった人物の登場に、蘭花は息をのむ。

「どういうこと……?だって、そんな」

 異変に駆けつけてくれたのだろうか。なら、なぜ夏樹は暴言を吐くのだろう。

「どういうこともなにも。生方先生が真犯人ってことだ」

 夏樹が敵意のこもった眼差しで生方を睨む。

「日向くんは空間移転の魔法が得意ですものね。透視もできるだろうということを失念しました。嫌ね、担任でもしてないと生徒一人一人の事なんて、深く理解しきれなくて」

 困惑する蘭花たちをよそに、生方は冷静に続けた。

「けれど、犯人が私と決めつけるのは早計過ぎるのでは?私は用具室で作業をしていただけかもしれないし、あなたたちを助けようと待機していたのかもしれないのに」

「状況証拠だけだけどな。高度な魔法がバンバン使われてること。あと、あんたがいたのが用具室の中だったってこと。俺らがここに駆けつけてからずっと、用具室に誰も出入りなんかしてない。俺みたいに空間移転の魔法が使えるんなら、話は変わってくるけど」

「私は空間移転はできませんね」

「ってことは、あんた、俺らが危ない目に遭ってる間、ずっと用具室にこもってたってことだ。あんたがたまたま用具室にいたら、演習場で魔法における危険行為が始まった。それなのに、ずいぶん長い間、俺らを助けに来なかったじゃねえか。あんたほどの魔女でもかなわないレベルの魔法使いが真犯人とでも言うつもりか?」

「そうかもしれませんね」

 生方は涼しい顔で切り返した。こちらの指摘など意にも介さないという態度に、夏樹が黙る。

「……他人を操る魔法」

 この中の誰よりも青い顔で、火連が言った。

「術者が操りたい人間の意識と、自分の意識を魔法で繋ぐことでできるって聞いた事があるけど。やり方としては、使い魔を使役する方法と似てるんだ」

「動物と違って、人間の意識はもっと複雑で強固なものですから。操るのは容易ではありませんよ」

「生方先生、動物の使役に関しては、プロフェッショナルだろ。人間相手だって、あんたならできるんじゃないのか」

 問い詰めるように言うと、生方は静かに息を吐いた。

「できますよ。私も伊達に、真木野で教鞭はとっていませんもの」

「じゃあ、本当に」

 蘭花は戦慄く。

「認めましょう。三澤さんを使役して渚さんを階段から突き落としたのも、熊谷くんを操ったのも私です」

 どこまでも冷静に生方は言う。

「ここまできたら、もう隠しとおせませんね。しらを切ったところで、他の教員に介入されたらさすがに無理です」

「どうして、こんなこと」

 さっきのような大声は出なかった。喉が凍り付いたように、震えた声しか出なかった。

「私」

 首を傾けて、生方は笑った。微笑んでいるのに、ひどくうすら寒かった。

「魔法を見世物にするのがとても嫌いで」

 笑顔のまま生方は続ける。

「もともと、魔法を見世物にし始めたのは魔法使い当人たちです。差別の厳しかった時代に、あえて魔法を使った芸当を行って、見世物になることで稼ぐんです。魔法は有害ではないとアピールする意味もあったようですね」

 それは大っぴらに語られていることではないが、決して封印された過去でもない。魔法の歴史について紐解けば、大体行き当たる事実だ。

「当時から、魔法を芸当に使うことに批判的な魔法使いはいました。それはそうでしょう、いくら弾圧されていたって、魔法使いであることに誇りを持って迫害と戦うものにしてみれば、自ら見世物になろうだなんて」

「先生も、そういう考えなんですね」

 喉が凍り付くようだったのに、今度は耳まで熱くなるようだった。

「そうです。かつての時代背景は理解しなくはないけれど……。少なくとも今の世では、芸当のために使わなくったって、いくらでも魔法を世の中のために役立てていけるでしょう?わざわざ見世物に成り下がった魔法使いなんて不愉快で」

「そんな言い草……。渚先輩だって、芸に賭けてる人みんな、一生懸命に、誇りをもってやってるのに、なんで」

「ああ、そういうご高説は結構です。散々聞いてきたし、それでも理解したいと思えませんでしたし」

 あくまで冷静な拒絶は、どんな言葉ですらはねのけてしまうようだ。

 なにを言っても、目の前の魔女には響かない。

「理解したいと思ったこともあったんですよ。私も学生の頃から真木野にいて、その頃から芸能科の生徒や魔法パフォーマーを見つめながら考えていました」

 少しだけ寂しそうに目を細めて、生方は続けた。

「普通科と芸能科、同じ学生の立場だから、目立つ彼女たちの存在が気に障るのかもしれない。自分が子どもで未熟だから苛立つのかもしれない。大人になり、教師になればまた違った見方もできるかもと思いながら真木野で魔法を教えるようになっても、芸のために魔法を振りかざす人たちなんか、自らを奇異の目にさらして魔法を貶めているようにしか思えなかった」

 どこまでも頑なに、生方は言い募る。

「芸を志す人たちに誇りがあるというなら、あなたたち普通科の子にだって、私にだって誇りはある」

 生方は己の胸に手を押し当てて、まっすぐ蘭花たちを見て言った。

「見世物になんかならない、誇り高き本物の魔法使いがここにいるのよ」

 己が信じるものに賭けている姿は、生方も木乃香も、真子とも変わりがない。

 ただ、信じるものが違うだけで。それだけで、こんなにも理解がしがたくて、恐ろしい。

「じゃあなに、生方先生は芸能科の生徒やら先生やら、世の中の、魔法をパフォーマンスに使ってるような人全部に痛い目見せないと気が済まないとでもいうつもり?」

 美弦が生方を睨みつけて問う。

「まさか。そんな見境のないことさすがにしませんよ」

 どこか気安い口調で、生方は美弦の言うことを否定した。

「私と同じような考えを持つ魔法使いは少なくないはずですから、同士でもいればできるかもしれないけれど。まあ、そんな激しい思想で三澤さんや渚さんに手を出したわけじゃないの」

 生方は掌をひらりと上に向けて、三澤を指し示すようにした。

「彼女は私たちを馬鹿にしたから」

三澤はすでに気を失っていた。火連の炎を受けたからか、生方に無理矢理使われたことによる消耗かはわからない。

力尽きた三澤を見下ろしながら、生方は言った。

「彼女が草壁さんに言いがかりをつけた後、私は話をしたんです。芸事の世界で醜い争いをするくらいなら、魔法をもっと別のことに生かしてみたらどうか、と」

 きっと進路に悩む生徒の相談に乗るように、親身になって話したに違いない。三澤は望んではいなかっただろうに。

「三年生が進路変更をするのは難しいことですけれど。でも長い目で見て、世のため人のためになる魔法を学んだ方が、芸人として生きるより、よほど魔法使いとして高い価値があると言ったら」

 生方はため息をついた。

「そんなつまらない生き方したくない、そう三澤さんは言ったの」

 ゆっくりと生方は三澤に歩み寄る。

「つまらない?私たちのような、人のために魔法をふるう魔法使いが?」

「魔法にどんな価値を見出すかは、人それぞれじゃないですか。なんでそんな」

 蘭花は首を振った。

 生方は世のため人のために使う魔法に価値があって、芸のために使う魔法はくだらないという。

 三澤はパフォーマンスのための魔法に誇りを持ち、社会奉仕のための魔法はつまらないという。 

 人を信じるものを馬鹿にしていいはずもなければ、その人ごとに信じるものがあっていいはずだ。

「自分の好きなものや信じてるものを悪く言われたら、誰だっていやに決まってるじゃないですか。二人して、お互い様じゃない」

「ええ。だから私はいつも我慢しているんです。魔法を見世物に使う者を前にしても手出しなんかしなかった。けれど、三澤さんはあまりに目に余ったものだから。彼女、私の使い魔にまで手出しをしようとしたんですよ」

「使い魔って、鳥獣舎にいる子たちですか?」

「そうです。あなたたちが授業で使ったあの子たちです。三澤さん、草壁さんの実技を邪魔しようとしたでしょう」

「もしかして、私がオペラちゃんに襲われたのって」

 その言葉に、いきなりフクロウが爪を向けてきたことを思い出す。前日にキーユと遊んだことが原因だと思っていたけれど。

「草壁さんがオペラを使役するよりも前に、三澤さんはオペラに使役の魔法をかけたんですよ。授業をさぼってまで鳥獣舎に潜んで。そこまでのことをして、私が気づかないわけないでしょう」

 呆れたように生方が笑った。

「教員がいる授業中に魔法で手出しをしてくるなんて、どこまで馬鹿なのかと思ったわ。成功するわけないでしょうに」

「ちょっと待てよ、じゃあなんでオペラは蘭花に襲い掛かったんだよ。あんた、三澤先輩が自分の使い魔を勝手に操ろうとしてたことに気づいてたんだろ。だったら、阻止できたはずだ」

 火連の問いに、生方は何でもないことのように答えた。

「ああ、だから三澤さんがオペラを操ろうとしたのは阻止しましたよ」

 そしてやはり薄ら笑いで言った。

「ただ、私もちょっと草壁さんに意地悪をしたくなってしまって。草壁さんが私の演習をパフォーマンスのようだと言ったことに苛立ってしまったので」

「は……?」

 あまりにも軽い口調で言われて、蘭花は返す言葉を失う。

「三澤さんにオペラを好き勝手に操られるのは不愉快だったので阻止しましたが、草壁さんに意地悪するのは悪くないかもしれない、なんて思ってしまって。思わずオペラを草壁さんにけしかけたの」

 嫌ね、私もまだまだ人間ができてなくて。

 そんな風に言って、まるで学生が失敗した時のような軽さで生方は片付けようとするから。

「ふざけんなよ」

 低い声で火連が言った。

「あんたそれでも教師かよ。そんなつまんないことで蘭花や渚先輩に怪我させて、俺とか三澤先輩を操ったのか」

「そうね。感情的になって授業を乱したこと、大切な使い魔を利用したことは反省してるわ。でも、正直なところ、私は草壁さんにも失望してるの」

 視線を投げてきた生方を、蘭花は睨み返す。

「あなたの母親、ランファ。あの人は私にしてみれば、嫌悪の対象そのもの。草壁さんはそんな母親とは違って、人のために魔法を役立てたいと普通科に入学してきた。だからあんな母親に染まらずに魔法を学んでくれると期待していたのに」

「あんな母親?」

 蘭花の言葉を無視して、生方は続けた。

「なのに結局あなたは、母親のために三澤さんの喧嘩は買うし、渚さんのことを助けようとするし。熊谷君も西園さんも日向くんも、あなたたちみんなそうよ」

「ふざけないでよ!なんで先生が気に入らないことのために、ママや先輩たちが馬鹿にされなくちゃなんないの。私たちが傷つけられなくちゃなんないのよ!」

 激しい怒りに、蘭花は叫んだ。激昂する蘭花の隣で、美弦が生方に問う。

「渚先輩はどうだっていうの?渚先輩は、芸能科に所属してて歌手だけど、パフォーマンスに魔法は使ってない。あんたの嫌う魔法を芸に利用してる魔法使いとは違うじゃない」

 美弦の問いに、生方は笑みを消した。

「渚さんは、魔法を踏み台にするから」

「踏み台?」

「彼女は芸に魔法を使ってはいない。けれど、自分の歌をアピールするために魔法使いであることを公表しているわ」

 冷たい表情で生方は続ける。

「魔力を伴わない歌声で勝負するのは良いでしょう、魔法使いであることを隠さず生きるのも自由よ。でもね、自分が注目を集めたいがために魔法使いであることを公表するなら、結局魔法を見世物にしているのと同じよ」

 自分の歌声には魔力なしの魅力があると、木乃香は胸を張る。

 それが魔法を踏み台にしていると言えば、そうなのかもしれないけれど。

「私には、あなたがどこまでも自分の気に入らないものを追いつめたいだけにしか思えない」

 怒りに震える声で蘭花は言った。

「……そうね。そうかもしれない。我慢はしてきたけど、いい加減馬鹿らしくなってきたのかも。魔法を見世物にするどころか、そこにつまらない意地やプライドを見出して、醜い争いまでするんだもの、この人たち」

 生方はふっと小さく息を吐いた。

「そんなに争いたければ、いくらでも争っていればいい。いがみ合う渚さん、三澤さんもろとも、共倒れすればいいんだわ」

「人を傷つけるために魔法を使っておいて、偉そうにしないでよ!」

 叫ぶ蘭花を生方は冷たく一瞥する。

「人を助けるための魔法を選べっていうくせに、人を傷つけるなんておかしすぎる!」

「あんたにはあんたの正義があるっていうつもりかもしれないけどな、知ったこっちゃないんだ、こっちは。そんな都合のいいもんをわかってやる必要なんてあるか、クソ」

 夏樹が厳しい言葉を生方にぶつけた。

「わかってほしいなんて思っていませんもの。どうせもう真木野にはいられないし、潮時でしょう」

 言いながら、生方はすっと手を持ち上げる。それが魔法を発動する前兆だとは分かったが。

「あっ!」

 身構える間もなく、魔法の圧力を感じた。途端に、体が固まって。

「大丈夫。動けなくなるだけで、操ったりしないから」

 静かに言いながら、生方は手を下ろした。

「さすがにこの人数をいっぺんに操るのはできません。時限式ですから、いずれ魔法は解けますよ。大人しくしていてください」

 蘭花たち生徒を見渡すようにしながら、生方は続ける。

「ひどいことを色々したけど……。みんな十分に才能があるから、道を誤らないようにね」

「教師ぶるな」

 火連が吐き捨てると、生方はどこか憐れむように目を細めた。

「熊谷君、補講よく頑張りましたね。あなたは強力な魔力の持ち主だから操るのも容易ではなかったけれど、教える時間が長かった分、あなたの魔力や意識はだいぶ分析しやすくなったわ。わざわざ補講に来てくれて、ありがとうね」

 生方の言葉に火連が呆然とする。

 その横顔を見たら、動かないはず体が震えたように感じて。

「火連くんはあなたの手駒になるために補講に行ったんじゃない。あなたがそのつもりだったとしても、そんなの関係なく、授業でも成果を出してる。火連くんはどんどん自分の魔法を磨いている!」

 馬鹿にしないで、そう言いかけた時。

「……そうだ。馬鹿にすんな」

 強い表情で火連が言った。

「ありがとな、蘭花」

 一度、蘭花によこした視線を火連は再び生方に向ける。

「そう。だったらやってみなさい」

 生方が右腕を振った。火連がよろめく。静止の魔法が解けたのだ。火連が腕を振り上げて構える。

「私を焼き殺す覚悟があるのなら!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る