第19話 私に翼があったなら-4
『そりゃまあ、結構なトラウマになるよな』
あの後、夏樹は言ったとおりに火連に連絡してきた。
律儀というか、世話焼きというか、まあ、いい友達を持ったのだろうと思いながら通話を始めたら、言葉は止まらなくなっていた。
『でも俺、熊谷が高いところ怖がるの見たことないし、いきなり泣き出すとこも見たことないけど』
「まあさすがに、中学行く頃には落ち着いてたから」
事件以降、火連は事件のことを思い出しては、時々泣きだすようになった。
事件の後遺症というか、いわゆるトラウマになったのだろうけれど、カウンセリングや家族の理解もあって、何とか落ち着きを取り戻していった。
成長するにつれ、どうにか恐怖心も薄らいで、急に泣き出すようなこともなくなった。
心の傷という根深いものが、本当に克服できたかは、今でもはっきりと自覚できないけれど。
「忘れようったって忘れられないから、そこはもう、ほんと、どうにか乗り越えるしかないけど。今でも、多分、その最中なんだろうけど。だから、蘭花が俺を信頼しきってるの、きつい」
一瞬、電話口の向こうが沈黙した。
『ほんとは草壁ちゃんと、再会したくなかった?』
火連は目を伏せた。
「わからない」
そう、本当にわからない。わかっていれば、こんなにもどかしくなんてならなかった。
「蘭花を思い出すと、事件のことも思い出すから。でも、蘭花のせいで事件に巻き込まれたなんてことは思ってない。それは絶対に違う。だから蘭花が悪いんじゃないんだけど」
繋がっているのに、相手の顔が見えない電話は時々ひどくもどかしい。言葉にするのが難しい。
「だって蘭花だって、絶対に苦しんでるに決まってるんだって思ってたから。つらいのは自分だけじゃないって、そういう風に考えて励みにしようとしたこともあった。それに蘭花と約束した通り、魔法使いのヒーローみたいになろうって、俺だって最初のうちは、貫くつもりだったんだ」
『めちゃくちゃ怖い思いして、トラウマにもなったのに?』
「強くなれば、乗り切れると思ったから」
事件に巻き込まれた恐怖を思い出して、自分は正義のヒーローになんてなれないとしり込みもした。
一方で、恐怖と戦う心を、あの時一度胸に灯った勇気と決意の中に見出そうともしたのだ。
「でも、だんだん、現実が見えてきて。俺の魔法、全然人助けに向いてないだろ」
あんなにヒーローのようだともてはやされた、一番得意な炎の魔法。
『まあ、そうかもな。お前の魔法、威力強いし』
夏樹があっさり同意するほどだった。
炎の魔法は、現実向きではなかった。
「現実の世界では、怪人と戦うなんてことないから。日本の警察は拳銃すら滅多に撃たないんだ。炎の魔法にこだわることはないけど、蘭花の空を飛ぶ魔法や、日向の空間移転の魔法みたいに、汎用性の高い魔法も使えなければ、俺の魔法は威力が強すぎて、どっちかっていうと人を危険にさらしかねない」
実技の授業の時も、蘭花を黒焦げにしかねなかった。
あの時も火連の魔法は必要なくて、生方のように冷静にフクロウを御する手腕が必要だったのだ。
『まあでも、せっかく魔法使いに生まれたんだから、人助けを目標に魔法学校に通うのは悪いことじゃないと思うけど』
「うん。制御する術を学ぶためにもなるし、実際、ずっと目標にしてたけど。でも、また蘭花のことを思い出すんだ。蘭花が事件のことを引きずってて、魔法学校に行こうなんて言ったことを重荷に思ってたとしたら、なんかすごく申し訳なくて。それなのに俺、魔法学校なんて行っていいのかなんて考えちゃって」
『考えすぎじゃないかね。それだけ悩んだってことだろうけど。でも実際のところ、草壁ちゃんは熊谷以上にやる気満々だったんじゃなかったっけ?』
「そうなんだよ」
思わず声が一段大きくなった。
「久々に再会してみれば、蘭花のやつ、俺よりずっと、強くて。俺が八年近く悩んでたの、いったい何だったんだよってなったよ」
『じゃあ良かったじゃん。熊谷が思い悩むほど草壁ちゃんは過去に引きずられてなかった。熊谷も草壁ちゃんに負い目を感じることなく真木野で切磋琢磨する。これでオッケーじゃない?』
「俺もそう思った。それで魔法学校への受験を決めたよ」
寒さ厳しい真冬のこと。
ランファからフーディエの招待状が届いた。
ひどく驚いたと同時に、もしかしたら蘭花と会えるかもしれないと思った。一方で、今まで思い悩んできた苦しさやわずらわしさも押し寄せてきて、会うのが恐ろしくもなった。
いっそ蘭花は自分の知らない世界で、勝手に生きていてくれた方がいいかもしれない。
会って気持ちを振り回されたくない。会って、振り回されている気持ちに決着をつけたい。
相反する二つの気持ちを抱えたまま蘭花と再会した。
久々に会った蘭花は、幼い頃の面影を色濃く残していたけれど、それでもずいぶんと成長していて、一瞬戸惑った。
無邪気に火連に駆け寄る彼女は、こっちの気も知らないで希望に満ち溢れたことを言う。だから火連も、思わず意地の悪い反応をしてしまった。
「まあ、その後のひと騒動で、蘭花も色々悩んだんだろうなって気がしたし、蘭花はちゃんと乗り越えたのかなって思ったから、俺もいつまでも悩むのはやめて前を向こうって、真木野に入学したけど」
『そう簡単には乗り越えられないと』
「蘭花は多分、俺よりずっと強いんだ。それなのに、蘭花は俺がヒーローみたいに強いって思ってて、勝手に期待を膨らましてる。俺は全然、まだまだ未熟で、強くなんかないのに」
素直なところが蘭花の良さだと思う。
けれどその真っすぐさに、時々火連は押しつぶしされそうになる。
『うーん……』
夏樹が唸る。
悩み相談のつもりもなかったけれど、これだけさらけ出せば受けた側は無視もできないのかもしれない。
『草壁ちゃんのこと、嫌いになった?』
「は?」
『俺なんかは、喧嘩したんなら仲直りすればそれでいいと思うけど。でも、今までの積み重ねで嫌いになっちゃったっていうんだったら、もうどうしようもないじゃん』
「それは」
『俺、友達と絶交したことも、彼女と別れたこともないからわからんけどね』
「お前、彼女いたっけ?」
『もののたとえだよ。でも、性格が合わなかったり、何か、決定的に相手に嫌気がさしちゃって、縁切るってこともあるんじゃないの』
「……それは、嫌だ」
スマートフォンを握る手に力がこもった。安価なプラスチック製のスマホカバーが軋む。
「嫌いになんてなってない」
確かに腹は立ったけれど、このまま縁を切ろうだなんて、そんなことはかけらも思わなかった。
「けど。でも正直、蘭花も悪いと思うぞ。思い込みが激しいというか」
『物わかりの良いところもあると思えば、頑固なとこあるもんなあ、草壁ちゃんは。熊谷のことにかけては一途すぎるというか。恋は盲目ってやつかね』
最後のたわごとは置いておくとして、進路のことといい、先輩と対峙した時のことといい、蘭花が意地を通そうとする場面に何度も出くわしてきた火連は、それも彼女の性格だとは理解できるけれど。
「でも、今日のはほとんど俺の八つ当たりだ」
蘭花にぶつけた言葉は本音だけれど。
けれど誰かに激情をぶつける前に、自分自身が向き合わねばならない問題だってあるはずで。
『西園ちゃんのこと言えたもんじゃないな』
「西園はだって……。いや、ほんとだな」
美弦が蘭花に八つ当たりをしたように、火連だって蘭花に自分勝手な苛立ちをぶつけた。
美弦が今や何でもないような顔をして蘭花と笑いあっている姿に苛立ちを覚えたような気もするし、単に同族嫌悪のようなものなのかもしれない。
『それじゃあ、まあ、草壁ちゃんに謝りなよ。謝って、それでどうするかは熊谷次第だけどさ』
頑張れよ、と夏樹の気負いのない励ましを受けて通話を終了する。
一息ついて、そのままメッセージアプリの相手を夏樹から蘭花に切り替える。メッセージを入れるか、電話で話すか、それとも明日学校で直接話すか。
何を、どう。蘭花に伝えたいのか。
思い悩みながら頭を後ろに倒したら、背もたれにしていた壁に頭を打った。
「蘭花と話せない」
昼休み、弁当の包みをほどきながら火連が言った。正面に座った夏樹は辺りを見回す。
「そういや草壁ちゃんいないな。西園ちゃんも」
入学して以降、ほとんど一緒に昼食をとっていた蘭花と美弦が教室にいない。
移動する時間がもったいないので結局教室で済ませる生徒が多いものの、食堂にラウンジ、中庭のベンチ、食事をする場所は教室以外にもある。
そのいずれかにいるのだろうが、火連と夏樹に何も告げずに教室を出ることはめったにないので、火連は困惑するばかりだった。
「草壁ちゃんにまだ謝ってないの?」
「だから、朝から話せてないんだよ。蘭花のやつ、朝の待ち合わせからして来ないし」
「スマホにメッセージ送信しちゃえば良かったのに」
「やっぱり顔合わせて話すべきだと思ったらこのザマだよ。朝、蘭花から『先に行く』ってメッセージはきたけど、それに返信しながら適当なこと言うのも、なんかついでみたいだし」
「顔、合わせづらいのかねえ」
「……俺だって、気後れしないわけじゃない」
反省していないわけではない。
けれど気持ちを言葉にすることの難しさもあれば、完全に整理がついたわけじゃない。
「っていうか、俺も話せてないんだよな。草壁ちゃんもだけど、西園ちゃんも、二人そろってなんかよそよそしくてさ」
間も取り持てないわ、と夏樹が肩をすくめた。
「二人そろって……」
火連は眉をひそめる。
「あいつら、なんか妙なこと考えてないよな?」
二人は思わず顔を見合わせた。
談話や休憩の場として設けられているラウンジは、特別棟1階正面入口を入ってすぐにある。
近年になって建てられた特別棟は、図書館や特別教室が集まった建物で、教室のある校舎に比べれば静かだが昼時は賑やかだ。
ラウンジはカラフルなチェアと白いテーブルのセットに、飲み物や軽食の自販機も備えられている。ガラス張りで採光がいいので明るく、自販機を利用するついでにここで昼食をとる生徒も多かった。
けれど入口脇にある階段を下っていって広がる半地下の空間は、1階に比べてひっそりとしている。ここもラウンジには間違いないのだが、1階に十分な広さがある上に自販機もなく、薄暗いせいかあまり生徒は近寄らなかった。
蘭花たちが来た時も、先客は誰もいなかった。
「今度こそ火連くんに本気で嫌われたかも。どうしよう」
蘭花は背中を丸める。
一階と違ってここに置かれているのは大きくて柔らかなソファで、なんだか体が沈んでいきそうな錯覚を覚えた。
「蘭花は悪くないって。っていうか、あれのどこがいいの」
「あれとか言わないでー。昨日のことは私が悪いの。私、きっとうっとおしいんだ。勝手に舞い上がって火連くんを巻き込もうとするから」
火連に無茶なことを言ったのかもしれない。無理な期待をかけたのかもしれない。
電車に揺られながら、お風呂に入りながら、ベッドにもぐりこみながら。
蘭花は火連を怒らせた理由をずっと考えていた。けれど考えれば考えるほど、ファストフード店での一件を思い出して胸が苦しくなってしまう。
謝らなくちゃ、とか、ちゃんと話したい、とか、もう一度火連と向き合おうと思うのに、面と向かうのが怖い。
怖がって顔を合わせられない不誠実な自分が情けない。
「私は昨日の件は、やっぱり熊谷が悪いと思うから、仲直りのためのいいアドバイスなんてできそうもないけどね。……でも」
美弦はそこで声を落とした。周りが静かなので、それでもずいぶんと響くようだった。
「渚先輩を助けたいって話なら、私、協力するよ」
校舎から離れて建てられたレンガ壁の建物。
赤茶けた外観は渋みがあるが、中に入ると近代的な内装になっていた。体育館より少し狭いくらいのスペースで天井が高く、埋め込まれた照明の数は多い。
ここは魔法の実技につかう演習場だ。
緩衝性の高い壁に、つるりとしたフローリング材の床。強度自体は一般的な建物と変わらず、状況に応じて教師や指導者が魔法で補強や防護を施すことになっている。
放課後、演習場の前を通りかかったら、不使用時は閉じられているはずの扉が開いていた。鋼製の両開き戸は鍵もかかっていなくて、誰か使用しているのだろうかと覗き込んでも誰もいない。
なんとなく足を踏み入れれば室内は薄暗くて、高い位置にある窓からは、日暮れ前の太陽の名残のような光が差し込むだけだった。
「閉め忘れかな」
少女は小さくつぶやいた。
可愛らしい顔に、力強い光を湛える瞳。
魔法を封じた『本当の歌声』を持つ、渚木乃香。
時間を確認しようとスマートフォンを取り出すと、黒いモニターに顔が映った。もしかしたら入院中に、少し痩せたりしたかもな、と思う。
背筋を伸ばして歩く。きちんと手入れされていることを思わせる美しい髪が肩のあたりで揺れた。
真木野学園は髪型に対する校則が比較的緩くて、木乃香はまとめないまま髪を流していた。毎日パフォーマンスの授業がある芸能科の生徒のうち、髪の長い者は一日中きっちりと髪をまとめているのが大半だ。
しかし木乃香はコンサートや歌の仕事の時も髪を下ろしたままにしていることが多かった。激しいパフォーマンスがないからという以外に、きっとそれが一番魅力的に見えるから。
「誰か先生に報告しなきゃかな」
振り返ろうとして、床が鳴った。
直感的に身構えて、後ろを向いた途端、視界を塞がれた。
誰かいる。
視界を塞いだのは人影だった。木乃香は相手を睨みつける。
「残念でした」
木乃香の姿が歪む。人影は慄くように一歩引いた。
「私は渚先輩じゃないよ」
木乃香の姿は美弦の姿に成り代わる。
「散々、渚先輩をつけまわしておいて、本物と偽物の区別もつかないなんてね」
木乃香の正体は、変身した美弦だった。
「私は先輩みたいに、スキャンダルなんて気にする必要ないからね。あんたを殴ろうが張り倒そうが、なんっにも、ダメージなんかないんだから!」
美弦が言い放つと、フードをかぶった人影が、激しい勢いで腕を伸ばしてきた。
「っと!」
のけぞるようにして伸びてきた手をよけようとする。僅かにバランスを崩して、足元がふらついた。
まずい、と背筋が凍った瞬間。
「あっぶねえなあ!」
美弦と人影の間に割り入るように、二人分の影が現れた。
「日向、熊谷!」
夏樹と火連、突然の登場。
夏樹が火連の背中を掴んでいる。夏樹の空間移転の魔法で、二人そろって現れたのだ。
不意を突かれたフードの人影はそれでもなお、三人に向かって腕を伸ばした。
「やめろ!」
威圧するような火連の声を無視して、相手は魔法を展開しようとする。
肌を刺すような、圧迫感のある魔力。火連は素早く炎を放った。
「がっ!」
相手は胸元に炎を受けて声を上げた。
練習の成果か炎の威力は控えめだったが、それでも突然の攻撃に人影は倒れこみ、炎を消そうと床を転がる。
「おっと」
夏樹が水の魔法を展開して人影に浴びせる。力なく床にうつぶせたその姿に、火連は苦い顔をした。
「向こうが先に危害を加えようとしたんだ、しょうがない」
夏樹は軽く火連の肩を叩いた。
「あんたたち、なんでいるの?」
木乃香に変身して適当に校内を歩き回っていただけの美弦は、人気のない演習場に二人が現れたことに驚いた。
「空間を透視してたら、西園ちゃんを見つけたんだ」
「えっ、日向ってそんなことできるの」
「空間移転の魔法を使う時、移転先がどんな状況かってのは肝心だろ。危険地帯だったりしたら困るわけだし。だから遠隔地の風景を透視する魔法をマスターしておくと便利なわけ。実際、空間移転の魔法に長ける魔法使いは、能力的に透視に向いてるみたい」
「今まで透視なんて使ったことあったっけ?」
「あんまり使わないんだよね。なんかのぞき見してるみたいで気が引けるし。危険な場所に行こうなんてしたことないし。それに」
そこまで言って、夏樹は大きな息を吐きながらしゃがみこんだ。
「透視と移転魔法、ダブルで使うと魔力の消耗半端ないんだわ」
「やだ、ちょっと、大丈夫?」
腰を下ろして足を投げ出した夏樹に、美弦は手を伸べる。
「大丈夫大丈夫、ちょっと疲れただけ。今ちょっと魔法は使えないけど」
「……ごめん。勝手なことして」
「コノカに化けて、犯人をおびき出したこと?まあ、ちょっと危なかったよね」
良くはない、と夏樹は言いつつも。
「でもまあ、こうして犯人は見つかったわけだし、結果オーライってことで」
そう言って笑った。
「そういや、蘭花は?」
火連の問いに、美弦は少し見上げるようにした。
「蘭花は二階」
「二階って、ギャラリーか?」
演習場は正確には一階建ての建物だが、二階の高さにはめられた窓の周りに、細い廊下と手すりが張り巡らされている。生徒たちは建物両サイドにあるその場所を、ギャラリーとか二階と呼んでいた。
「渚先輩一人じゃないと、犯人も出てこないと思ったから、蘭花は少し離れて様子を見てるの。そしたら、演習場が開いてて、やっぱりちょっと、怪しかったからさ。蘭花は二階のどこかから、こっそりこっちを見張ってるはず」
「ここからじゃわかんないな。スマホ鳴らすか。いや、まずは犯人をどうにかしないと」
スマートフォンを取り出そうとポケットに伸ばした手を引っ込めて、火連は倒れこんだ犯人の前にかがみこむ。
濡れたフードに手を伸ばしてめくった。
「あっ」
フードの下から現れた顔に、一同目を見開く。
「この人、前と同じ人!」
ショートカットの、今は学校に来ていないはずの。蘭花に因縁をつけた上に木乃香と言い争いになって、水の魔法を使って嫌がらせをしてきた、あの。
「三澤先輩だっけ?嘘、まだ懲りてなかったの、この人」
「いい加減にしてくれよ……」
「すごい執念だな、ここまでくると」
美弦と火連、夏樹、怒りを通り越して呆れたような声で言う。三澤は小さく身じろぎした。
「しかしこの真木野で、こういう要注意人物が、また暗躍できるもんかね」
夏樹は首をひねって続けた。
「停学してようが不登校してようが、校内には入れるだろうし。さすがに空港のセキュリティチェックみたいに、厳格に弾くことはできないのかな」
「……がう」
絞り出すような声に、3人は再び床に横たわる三澤に視線を落とした。
「違う」
その言葉に、なにが、と美弦が問い返そうとした瞬間。
「あ⁈」
火連が驚愕の声を上げる。
しゃがみこんでいた火連の体が不自然な動きで、弾かれるように立ち上がった。
「熊谷?」
突然のことに、夏樹が火連の腕を掴む。その腕を火連は勢いよく振り払った。
「なんだ、どうしたんだ」
「わからない」
夏樹の腕を、火連は困惑の表情で見つめる。振り払ったその腕に、本当はすがりたいというような顔で。
「体が勝手に動く」
火連の右腕が持ち上がる。大きな手のひらが、美弦と夏樹に向かって突きつけられた。
「やばい」
言うが早いか、夏樹は美弦を引っ張って横跳びした。直後、火連の手から放たれた火炎が二人のいた場所を通り過ぎていく。
「な、んなの」
美弦が呆然と言った。火炎は演習場の壁に着弾して弾けた。
「……誰かが何か仕掛けてきてる」
夏樹が唇をかみしめた。
「三澤先輩じゃなくて?」
「演習場の壁にちゃんと防護の魔法をかけてある。壁でもぶっ壊したら大ごとになるからな。熊谷のバカ強い魔法を受けて止められる防護魔法、今のこの人にできると思うか?」
床で体を縮める三澤は、火連の魔法を受けてから覇気を失っている。体力も明らかに削られているように見えた。
「それに、熊谷は多分魔法で操られてる」
「嘘でしょ……。無茶苦茶じゃない、そんな魔法」
「ああ。相当高度な魔法だからな。実在するのが信じられないくらいだ」
背中に寒気が走って、美弦は腕を抱え込む。
人の精神に作用する魔法はあれど、意のままに操ろうだなんて、そんな恐ろしい魔法。
「先生が駆けつけてくるまでどれくらい?これだけ大掛かりな魔法バンバン使ってるんだから、気づかないわけないでしょう」
美弦はつばを飲み込む。
ここは真木野学園だ。魔法で人を害そうとすれば、すぐに教師陣が駆けつけてくるはず。
「そのはずなんだけど、まだ来ない。考えたくないけど、教師の感知も対策してあって、その上これだけ高度な魔法を使うとか言ったら……。何者だよそいつ。シャレになってねえ」
夏樹の青ざめた横顔。
魔力を大量に消費したせいか、緊張のせいか。なにが起きているかわからない不安に、判断に迷う。
逃げ出すべきなのか、火連を引っ張ってでも。それとも、置いていくか。
「なんだよ、くそ」
火連が苦しそうに吐き捨てる。抗いがたい力に支配されているのか、せわしなく動く瞳に反して、体は硬直していた。火炎を放った体勢のまま、手をまっすぐ前に突き出したまま固まっていた。
「とにかく、これは先生を呼びに……」
そう言って、夏樹がゆっくりと出口に向かおうとした時だった。
火連の足元からわずかな風が巻き上がる。
「やめ」
火連の表情が全力で抵抗の意思を表していた。けれど伸ばされた右腕は、魔法の攻撃態勢に入る。一刻の猶予もない状況に、美弦と夏樹は転がるように走り出した。
それを追うように、火連の手のひらは二人の背中に照準を合わせる。
衝撃を背中に覚悟したその時。
「火連くん!」
演習場に響き渡る声とともに、一つの影が降ってきた。
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