第9話 あいまいオリエンテーリング-3

「うちの校内で雑木林って言ったら、最初の集合場所だったところか、学校をぐるっと囲んでるかのどっちかなんだね」

 蘭花は学校案内で使うような、シンプルな地図を指先でなぞる。大まかな位置関係はわかるが、道筋までは書き込まれていない。

「まずここがどこかってことだね。校舎裏ってことはまずないだろうけど、学校の周りの林だとすると、東西南北のどの辺に移転させられたかが問題だなあ。校舎からはだいぶ離されたと思うけど、歩く方角を間違えると、林の中をぐるぐる回ることになる」

 とりあえずは先ほどまでの軟派な態度を改めて、美弦も真面目に分析をする。小さくため息をついて、美弦は言葉をつづけた。

「樹海じゃあるまいし、いつかは正門か、校内のわかりやすいとこか、人のいるところには出るだろうけど」

「それじゃこの課題の意味がないね。成績はつけないって言ってたけど」

 蘭花は辺りを見回した。

 学校内ということを忘れるくらい、木々しか見えない。目印になる建物一つ見つけようにも、林立する木が壁となって視界の邪魔をする。

「……ねえ西園くん。方角とかつかむの得意?」

 ふと空を見上げ、蘭花は尋ねた。

「え、どうかな。一応、道には迷わないほうだけど」

「んー、どっちにしろ一人で見るより二人のほうが情報が多くつかめるだろうし……。でもな……」

 一人ぶつぶつと呟く蘭花の顔を、美弦が覗き込んだ。

 近づいた相も変わらず綺麗な顔に、蘭花は複雑な思いになりながら、意を決して言った。

「西園くん、変な気起こしちゃだめだからね」

 そう言うなり、蘭花は美弦の胴回りに抱き着いた。

「へ?え、ちょっと何、草壁さん」

 動揺する美弦の問いには答えず、蘭花は美弦の体に巻き付けた腕に力をこめる。

「あんまりやったことないんだけど……。西園くん、とにかく私から離れないでね」

「何、これはラブシーン的なやつ?いいよウェルカムだよ、いちゃつくの」

「馬鹿なこと言ってると、上からそのまま落とすから……」

 そこで蘭花は軽く息を吸った。

「ねっ!」

 落とすからね、の最後の一音を掛け声に、蘭花は強く地面を蹴った。そのまま勢いをつけて、ぐんと二人の体が上空に持ち上がる。

蘭花と美弦は、木々よりも高い空の上へと飛翔していた。

「飛んでる……」

 呆然とつぶやいたのは美弦だった。空を飛ぶという、おそらくは人生で初めての経験に目を見開いている。

「草壁さん、空飛べるの⁈」

「うん。ごめんね、驚かせて」

「すごい……」

 まだ状況に対応しきれていない美弦をよそ目に、蘭花は広くなった視界を見渡した。

「遠いけど、特別棟のカリヨンが見えるよ!西園くん、下に降りてもカリヨンの位置、覚えてられる?」

 蘭花の声に我に返ったかのように、美弦は顔を上げた。

「特別棟って、図書館とか特別教室の入ってる建物だよね。カリヨンって、建物の上に小さい塔みたいに飛びだしてるとこ?」

「そう!」

「太陽を左手にして正面だから……多分行ける!」

 それを聞いて、蘭花は少し体の力を抜く。それとともに、二人の体は地上へ降下していった。

「ほんとは飛んで校舎のほうまで行けちゃえばいいんだけど。二人で長い距離飛ぶのは厳しいから」

 軽い倦怠感に蘭花は息を吐く。

魔法を行使し魔力を消費することは、運動をして体力を消耗するのに近かった。

「大丈夫?」

「うん、たいして飛んでないから。ありがとう」

「いやー、空って飛べるんだなあ。感動したわー」

「あのさ、西園くん」

「なに?」

「もう放してくれないかな」

 地上に降りて、蘭花はすぐに美弦の体から手を離した。けれど美弦の腕はいまだ、蘭花に抱き着いた格好のままだ。

「んー、どうしよっかなー」

「冗談やめてよ、もう!はーなーしーてー」

「草壁さんちっちゃいなあ、可愛いなー」

 腕を振りほどこうとする蘭花をからかうように、美弦の腕にさらに力がこもる。じたばたしていると、背後から耳慣れた声が響いた。

「蘭花?」

 蘭花は美弦の腕の中で振り返る。

「火連くん!」

 背後に現れたのは火連だった。もう一人クラスメイトを伴って、木立の陰から現れた。

「何やってんだ、お前」

 その呆れたような火連の声に、蘭花は渾身の力を込めて美弦の腕から抜け出した。

「ちーがーうーのー」

 あらぬ誤解を受けそうな場面を目撃され、慌てて火連に駆け寄る。

「あー、邪魔が入っちゃった」

 そう言いながらのんきな笑顔を浮かべるので、蘭花は思わず美弦をにらんだ。

「えー何々、修羅場?」

 駆け寄った火連の背後から明るい声が割って入った。こちらも笑顔を浮かべながら、火連の隣に並び立つ。

「馬鹿言ってんなよ、日向ひゅうが

 日向と呼ばれた男子生徒に蘭花は見覚えがあった。入学してこの方、火連はほとんど彼とつるんでいる。

「冷めてんなあ、熊谷は。えーと、草壁さんだよね?」

「あ、うん」

「熊谷から噂はかねがね聞いてるよ。いやー、ようやく話せたわ」

「えっ、火連くん私のこと噂してるの?」

 思わず勢い込んで尋ねる。良きにせよ悪しきにせよ、火連が自分のことを話題にしていることに反応せずにはいられない。

「してるしてる。中学ん時から、草壁さんのこと散々聞いてたわ」

「散々なんかしてないっつーの」

「そっかー。なんか照れるなー」

 一人悦に入る蘭花を横目に、火連はそれ以上何も言わなかった。こうなると、何を言っても聞き流されると学習したのかもしれない。  

「日向くんは、火連くんと中学のころから一緒なんだよね?」

「そうそう、中一の時からつるんでんの。俺は日向夏樹なつきってんだ」

「私は草壁蘭花っていうの。よろしくね」

「よろしくね、草壁ちゃん」

 夏樹はいかにも人懐っこい少年で、蘭花もあっさりと打ち解けてしまった。美弦ほど惹きつける容姿ではないが、人好きのする笑顔はとても自然だ。

「で、そっちは?」

「俺は西園美弦。よろしく」

「西園、めちゃくちゃイケメンだなあ。お前モテるだろ」

「うん」

 潔い美弦の言葉に、尋ねた夏樹のほうが面食らう。

「すんごい自信だなあ。熊谷、油断してると草壁ちゃんとられちゃうぞー」

「はいはい」

「違うからー。ほんとにそういうんじゃないから。私はそういう気はないのー」

「えー、草壁さんつれなーい」

「西園くんはさっきから調子乗りすぎ!」

「どうよ熊谷、この状況」

 集まった途端にぎやかになったグループは、収まりがつくこともなく盛り上がり続けるかのようだったが。

「いやお前ら、馬鹿なこと言ってないで課題に戻れよ」

 火連の冷静な一言によって打ち切られた。

「つーか、さっき西園が蘭花に抱き着いてたのって、一緒に飛ぶためだろ。修羅場でも何でもないっつーの」

「お、熊谷は草壁ちゃんのこと信じてるねえ」

「日向も見ただろ、二人でくっついて空飛んでるところ。俺らそれを見つけてここまで来たんだから」

「あ、そうだったんだ」

 目標を探していたのは蘭花たちだけではない。火連たちも何か目印になるものを探していて、空高く飛んだ蘭花たちを見つけたようだ。

「木で視界がふさがれたからな。とりあえず上空を見上げてみたら蘭花たちが飛んでたわけだ。合流したほうがいいかと思って」

「俺、空飛べる魔法使いって初めて会ったわー。熊谷に聞いてはいたけど、生で見るとやっぱすごいな」

 夏樹が感心した風に言う。火連は変わらず冷静に続けた。

「で、何かゴールの手掛かりになりそうなものは見つかったのか?」

「うん。特別棟が見えたから、そこを目指せばゴールできると思う。太陽を左手に見てまっすぐ歩いて行けば、そんなに大きく外れずにゴールに向かっていけると思うよ。草壁さんのおかげだね」

「西園くんも、方角掴んでくれてありがとね」 

「よし、じゃあとりあえず行ってみますか!」

 夏樹が気合を入れなおすように言ったので、全員で太陽を見上げた。


「そこそこの距離はありそうだけど、時間内には戻れそうだな」

「いくら広いって言っても、さすがに校内だしね」

 蘭花と火連で並んで歩く。少し前に夏樹と美弦がそろって歩いて、別にペア制だったわけでもないのになんとなく分かれた。

「あーあ、熊谷に草壁さんとられちゃった」

「俺も草壁ちゃんに熊谷とられちゃったーっと」

 美弦と夏樹がどこか愉快そうに言う。夏樹の言葉は冗談だと笑えたが、美弦の言うことに蘭花は身構える。

「火連くんにくっついてるんじゃないんです、西園くんに警戒してるんです」

 蘭花は唇を尖らせる。

「西園はずいぶん草壁ちゃんに避けられちゃってるじゃん。お前もしかして、俺らが来る前から草壁ちゃんにちょっかいかけてたのか?」

「だって話聞いてると、草壁さんめちゃめちゃ一途じゃない。そういうの良いなあって」

「ああ、西園はそういう子タイプなの。それでちょっかいかけたんかあ。気持ちはわからんでもないけどなあ」

「ね。そういう子っていじめたくなるでしょう」

 美弦がさらりと物騒なことを言った。

男の子ならではの意地悪な感情にすぎないような言葉を、けれど妙に熱のない声色で言うので、一瞬空気が固まる。

「西園、お前さ」

 黙って聞いていた火連が言いかけた、その時だった。

「あれっ……?」

 蘭花は思わず声を上げた。

目標は決まったものの、相変わらず木々しか見えない景色の中に、妙なものを見つけた。

「嘘、なにこれ」

 地図を何度も確かめ、目の前の光景に目を見開く。

「なんだこれ」

 火連も呆然とつぶやいた。

「壁、だね」

 美弦の言葉に、目の前に唐突に現れたものを認識する。四人の目の前に、巨大な壁があった。

「えっ、この壁って学校と外を分けてる塀?嘘、私たちもしかして校舎から離れていってる?」

「方角間違えたか?でも、特別棟と太陽の位置関係からいっても間違ってなさそうだけど」

「こりゃ一種の結界だなあ」

 困惑する蘭花と火連の脇をすり抜けて、夏樹が壁に触れる。瞬間、壁に青い光で文字が浮かび上がった。

「魔法で壁を作ったってこと?さっき草壁さんと空飛んだ時は、壁なんか見当たらなかったけど」

「近づいたら視覚的に壁が現れるって魔法じゃないかね。壁は見せかけで、実在してないんだよ。でも結界魔法が張ってあるから、どっちにしてもすり抜けられないな」

 夏樹が壁をごんごんと拳で叩く。青い光が増すだけで、拳が壁を突き抜けることはなかった。

「うえー、二重結界だこれ」

「すごいね日向くん。わかるんだ」

「まあねー」

「日向は魔法の分析とか構成とか得意だから。で、この結界って俺らで解けんのか?」

「私、飛んでみようか?どれくらいの高さがあるかとりあえず確認したほうが」

「いやー、多分無理だよ。どんなに高く飛んだところで壁の高さに終わりはないと思う」

あまりにも高いその壁は、てっぺんが全く見えない上、左右に終わりなく続いている。結界というくらいだから、歩いてみたところで壁に切れ目なんてないのだろう。

「じゃあ結界を解くしかないってこと?」

 美弦も夏樹と同じように壁に触れた。

 浮かび上がった文字は呪文や術式の類なのだろうが、蘭花には解読できそうもない難解さだった。

「んー、これが防犯用なのか課題用に用意されたのかはわかんないけど……。とりあえず俺は時間内に解析できそうもないわ。すげえ難しい」

「日向が無理なら俺なんか無理だな。蘭花は?」

「私も無理そう。西園くんはできそう?」

「俺も解析は割と得意なほうだけど、ちょっと厳しそうだな」

 難題を前に考え込んで、誰もが口を閉ざしたその時。

「俺さ、ちょっと全員で空間移転試してみたいんだけど、良い?」

 夏樹が軽く片手をあげながら言った。

「空間移転って、さっき学園長がやったみたいの?」

 思いがけない提案に、蘭花は夏樹をまじまじと見つめて聞いた。

「うん。俺ね、空間移転の魔法使えんの。さすがに学園長ほどレベル高いことはできないけどさ、四人で壁の向こうに行くくらいならできると思うんだよね」

「日向さ、今までで空間移転を試したことって二人までじゃなかったか?俺とお前で、中学ん時、校舎の一階から四階までなら移動できたことがあるけど」

「うん。四人いっぺんにはさすがに試したことないわ」

「じゃあ一人ずつ、三回に分けてやってみるの?」

 蘭花も飛ぶときに支えられる重さは人一人がいいところなので、空を飛んで壁越えをするなら三回往復することだろう。

「いんや、四人いっぺんにやってみたい」

 夏樹ははっきりと言った。

「いやお前さ、確かに壁の向こうに行くくらいなら距離は短いかもしれないけどさ。四人を一度にはさすがに無理があるんじゃないか?」

 夏樹と一番付き合いの長い火連が言う。

 実際多くの魔法は、魔法にかける人数が増えるほど負担が増えるのが通常だ。

 考え込むように夏樹は目を伏せる。

「んー、確かにうまくいくかどうかはやってみなきゃわからんのだけど」

 そして目を開いて、決意するように言った。

「挑戦してみたいんだよね」

 自然体な雰囲気をまとう彼だけど、その時の目は真剣だった。

「俺さ、学園長に空間移転の魔法使われて、すごい感動したのね。で、悔しくもなったんだわ。俺なんか足元にも及ばないって。空間移転の魔法って珍しくて、それだけで満足してたところもあったんだけどさ。でも俺、真木野に魔法勉強しに来たのよ。もっといろんなことを魔法でやってみたいって思ってさ。だから、全然、今まで使えた魔法程度じゃ満足してらんない。自分の力をもっと試してみたいんだよ」

 この真っすぐさも熱っぽさも、蘭花はよく知っている。

 それは過去の思い出の中にある気もしたし、今もって蘭花の中にあるものに近い気もした。

「俺は日向に乗ってもいい」

 一番に火連が賛同する。

「俺も日向の気持ちはわかるから」

 火連と夏樹は視線を交わして、それから納得したように少し笑った。

「私もいいよ。挑戦してみるのはいいことだと思うし」

「まあ、日向にやってもらうしか打開策もなさそうだしね」

 よし、と力を込めて夏樹が一言。

「行きますか」

 夏樹の言葉を合図に、四人は顔を見合わせた。


「とりあえず全員で手をつなぐぞ。俺の魔法じゃ、学園長みたいに散らばった人間をいっぺんに移転させることはできないからな」

 そう言って一同を見渡すと、夏樹は少しだけ考え込むような様子を見せた。

「草壁ちゃんは真ん中だな。移転の時に少し圧力がかかるから、体が軽い人ほどはぐれやすいんだよ」

「はーい」

「で、俺も真ん中。術者が中心にいたほうが安定するから」

 夏樹が蘭花の左手を握る。

魔法を使うときは触れ合うこともあるからそこまで抵抗はない。でなければ美弦と密着することだって難しかっただろう。

「で、熊谷と西園は、俺か草壁ちゃんどっちかと手をつないでくれ」

「草壁さんは熊谷と手をつなぐっていうんでしょう」

 からかうように美弦が言う。いや、からかいよりももっと意地の悪い響きがあった。

「そうだね。私は火連くんに手をつないでもらおうかな」

 言い返す蘭花の声もまた、強くなった。

「だって西園くん、私の手を離しそうだもん」

 その言葉に、三人とも蘭花の顔を見る。

 甘い思いを抱いて火連と手をつなぐと思っていたのだろう。でなければ、過度なスキンシップを警戒して美弦とは手をつながないと思ったのか。

「ほんとに信用されてないんだね、俺」

 笑顔を浮かべて美弦が言う。傷ついたというよりは、どこか馬鹿にするような笑みだった。

「信用してないのは西園くんの方でしょう?」

 強い言葉に、美弦が眉根を寄せる。

「西園くん、私のこと全然信用してないでしょ。私のこと一途で良いって言うけど、本当はそういうもの、全然信じてない。それじゃ怖くて手をつなぐ気になんてなれない」

 彼の言葉はどこか空虚だった。多くのものを信じていないし、自分自身の言うことすら信じていないように聞こえた。

「ねえ、何がそんなに気に入らないの?」

 言葉は鋭くなる。

「……勘弁してくれ」

 美弦が答える前に、ため息とともに火連が言った。

「揉めるのは後にしてくれ。とりあえず早いとこゴールしたほうがいいだろ」

「とりあえず熊谷は草壁ちゃんの方、西園は俺の方に来てくれよ。ほら」

 夏樹が美弦に手を伸ばした。黙ったままその手を取る美弦の表情は苦々しくて、言いすぎたのかもしれないと蘭花は少しの罪悪感を覚える。

 けれど蘭花と美弦は最初からずっとすれ違っていたのだ。美弦はずっと一方的だったし、ずっと拒絶的だった。

「ほら蘭花」

 火連から伸べられた手を握る。

「……火連くんって、手ぇおっきいね」

「そりゃ蘭花に比べたらな」

 差し出された手の温かさと安心感。返される言葉は無愛想でも、火連は優しい。

「はい、じゃあ行きますよー。せーのっ」

 夏樹の掛け声を合図に、火連と夏樹二人の手が一層強く蘭花の手のひらを握った。蘭花も二人の手を強く握り返す。その手を引きはがしそうな圧力がかかって、お互い痛いくらい手を握り合う。数秒の息が詰まるような感覚の後、ふっと体が軽くなった。

「いったあ!」

 体の力が抜けて、次の瞬間思い切り尻餅をついた。

 移転先に、体が浮くようにして到着したのだろう。移転魔法から解放された瞬間、地面に落ちたらしい。

「いてて……。みんな無事かー」

「なんとかな」

 夏樹も火連も腰や背中をさすりながら身を起こした。周囲を見渡しても一見では風景が変化したようには見えない。

「成功したのか?」

「んー、壁は一応背後にあるなあ」

 振り向くと、先ほどまで目の前にあった壁は数メートル背後にあった。

「さっきと同じ場所で、体の向きだけ変わったってことはないと思うから、壁を越えたんだと思うけどなあ」

「ちょっと歩いてみよっか」

 言いながら蘭花は壁から離れるようにまっすぐ歩いて行く。なるべくみんなから離れないように、火連や夏樹の姿が見えるギリギリまで歩いて、蘭花は声を上げた。

「あっ」

 そのまま元の場所まで駆け戻って、一層大きな声で言う。

「道があったよ、ちゃんとした道!私たち壁を越えてるよ。やったね日向くん、大成功だね!」

 満面の笑みで夏樹を称える。けれど当の夏樹は苦笑いを浮かべて言った。

「いやー、草壁ちゃん。これ失敗したわ」

「え?」

「西園がいない」

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