電話
「なるほど。おじいちゃんとおばあちゃん、そんなにラブラブだったんだ」
電話口で妹がはしゃいだ声でそう言った。
「それに、オリジナルドリンク!? 良いなぁ、私も自分の名前のやつを飲んでみたかったよ」
喫茶店から帰った夜、僕は妹に電話をかけた。この日が彼女の資格試験の日だったから成果確認のためということに加えて、今まで色んな人から聞いた祖父の話を是非とも妹にも知っていて欲しいと思ったから。
「風香をイメージして作られたのは『くんぷう』って言うらしい」
「くんぷう?」
「
「なんだか生命力に溢れてる感じ」
「丁度お転婆な風香にぴったりだろう」
「しばく」
電話口で膨れる妹の様子が容易に想像できて、思わず笑ってしまった。
「それで、今日が試験だったんだろ? どうだった?」
「んーまぁ、ぼちぼちかな。ま、どうせ受かってるよ」
「すごい自信」
「私、失敗しないんで」
「いつから医者になったんだ?」
手厳しいなぁと言って、妹は笑った。
「それで、どうなの?」
「何が? おじいちゃんの話?」
「なんでやねん。断捨離の方よ。兄さん何しに行ったのよ……」
「あー、そういえばメインはそっちだった……」
「しっかりしてよね」
「たかがメインテーマが忘れられただけだ」
「致命傷じゃん」
さすが大阪育ち。拙いパロディにもしっかりツッコミを入れてくれる、と微笑んだ。
「まぁ、結構進んでるよ。こっちは雨模様だけど、振り始める前に庭の倉庫の方は片付けることができたし、あとは押入れを整理していくだけ」
「そっか。まぁ、ちゃんとやることやってみたいで安心したよ」
「失敗しないので」
さっきの妹の言葉を借りると、妹は「はいはい」と呆れた声を出した。
「まあ、おじいちゃんの話の方もまた教えてね」
「あぁ」
「あと、
「……はいはい」
「絶対だからね! おやすみ!」
そこで通話は切れた。
だけど、僕は通話が終わってからもしばらく耳にケータイを当てたまましばらく動くことができなかった。
「玲子……か」
ここ数日、すっかり忘れていた名前を口にする。
「けじめは、つけないといけないよな…」
「なんのけじめ?」
「わぉ!」
独り言に返す声があって僕は飛び上がった。
「
「そんなに驚かなくても」
振り返るとそこには従妹が呆れたような表情で立っていた。
「それで、何のけじめ?」
「いや、うーん……」
少し言い淀んでから、やっぱり人に相談した方が楽になるかと口を開く。
「実は、玲子……僕の彼女と少し問題を抱えていてさ。どうしたものかと悩んでいるんだよ」
「問題? 喧嘩とか?」
「んにゃ、違う。いや、違わなくもないんだけど……」
「どういうこと?」
「……結婚するかどうか、悩んでんだよ」
従妹が、息を呑んだ。
「そ……そうなんだ。結婚するんだ……。それは……良かったね」
「いや、それを悩んでんだってば」
「え?」
僕の訂正に彼女は「どういうこと?」という表情を浮かべて首を傾げた。
「実は……俺には誰にも言ってなかった夢があるんだ。その夢を叶えるには、今の仕事を続けていてはきっとダメ。でも、今の安定を捨てるのなら結婚なんてとても出来ない。だから、どうしたものかと悩んでるんだよ」
「それが、けじめ?」
「あぁ。相手も年頃だからな。もし結婚しないのなら大切な彼女の時間をいつまでも拘束するわけにはいかない。でも、かといって今の安定を捨てて不安定な夢に邁進するほど無謀にもなれない……。結果、連絡を取らないようにして答えを先送りにしてる現状です」
そんな僕の説明に、なるほどね、と彼女は頷いた。
「それ……おばさん達はなんて?」
「母さんと風香は早く結婚しろってさ。彼女とも仲のいい二人だから、僕が答えを出さないことが気にくわないらしい」
「そうなんだ……」
「おばあちゃんは……結構前に『悠くんは大丈夫、自分のタイミングで決める』って言ってくれた。でも今はどう思っているやら……」
「聞いてないの?」
「そもそもこっちに来てからはその話題には極力触れないようにしてきた」
そう言ってから、僕はかぶりを振る。
「子供の頃みたいに、ただ好きとか嫌いとかだけで恋愛が出来るなら楽なのにな……」
「それじゃ、ダメなの?」
僕の呟きに、従妹がそう問いかけた。
「大人になったら、好き嫌いだけで恋愛したらダメなの?」
「ダメっていうか……」
「私はしてるよ」
従妹は泣きそうな顔でそう呟く。
「ずっとずっと……もう記憶も曖昧なくらいのはるか昔から、私はずっとその人のことが好き。でもね、この恋は絶対に叶わない。これは分かっているの」
「侑芽……」
「でも、絶対に叶わない恋だとしても私は諦めることができない。その人のことが大好きだから。諦められないから。その想いだけで、私は今日まで生きてきた。周りが結婚し始めても、ただ自分の想いを突き通してきた」
夢見る阿呆みたいでしょ、と小さく笑ってから従妹は僕の手を取る。
「確かに不安はあるかもしれない。でもね、本当に好きな人の夢なら応援するはずだよ。そのことは歴史上の偉大な人々の恋からも読み取れる。だから、兄さんも玲子さんに自分の夢を話してみて。彼女から逃げないであげて」
お願い、と言うように彼女は顔を伏せた。
しばらくそうやってから、やがて従妹はニヤリと笑う表情を浮かべながら僕の顔を見る。
「……もしそれでダメだったら、私が代わりに兄さんの夢を受け止めるからさっ!」
「侑芽が養ってくれるのか。なら悩みの種は消えるよ。もしもの時には存分に自宅警備員として働かせていただく」
「まってまって、やっぱ家でゴロゴロされるのは嫌だからちゃんと夢叶えてねっ!」
慌てたようにそう言う侑芽が面白くて、おかしくて、そして優しくて……僕はひとしきり彼女と笑いあってから覚悟を決めた。
**
「そう……悠くんがそんな夢と悩みをねぇ……」
「侑芽ちゃんが聞いたそうよ。間違いはないと思うわ。桜ねぇさんは、本人から何も聞いてなかったの?」
「何も聞いてなかったわ。……いえ、少し前に少しだけ話したことはあったけど、自分で決めることだって諭して投げちゃったのよ」
「あらぁ……」
「でも、相当に悩んでるみたいね」
「夢と将来。理想と現実。決して全てが折り合いの付くことではないからね」
「そうね…………そう、よね」
「……兄さんを、思い出してた?」
「少しだけね」
「……」
「……」
「……桜ねぇさん」
「……やっぱり、あの人とそっくりね」
「うん」
「……あの頃の話を……私と斗巳也さんの話をする時が来たのかもしれないわね」
「いいの?」
「ええ。あの子も受け止めるだけ大人になっている。それに私もいい歳だから、いつ、事切れるか分からない。だから、きっと今が一番いいタイミングだと思うの」
「そう……。ねぇさんが決めたことなら私は何も言わないよ」
「ありがとう」
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