不可思議二人
私とお祖父様は、
どれくらい長い付き合いかと問われると、物心のついた頃にはすでに彼と遊んでいたと思います。それくらいの長い付き合いでした。
彼は幼い頃から子供達の中心のような存在で、歳下の子からよく慕われるような人間でした。かく言う私も歳下として彼のことは尊敬し、また大きくなってからは親友として彼と接していました。
学校を卒業してからは、私は県内の小さな会社に就職、一方で斗巳也は--すみません、ずっと彼のことを名前で呼んでいたので『斗巳也』と呼ばせていただきます--その斗巳也は国鉄職員として働いていました。社会人として別々の人生を歩むようになってからも私と彼の仲は相変わらず良く、お互いの家に邪魔しに行ったりするほどでした。
そんなある日、私は彼に「話がある」と呼び出されました。今までそんな改まって呼ばれる事など無かったので何かあったのではと、会う前日の夜はとても不安になった事を覚えています。
「なんだ? どうした、改まって話なんて」
当日約束の場所へ向かうと、なんと彼は一人の女性と共に私を迎えてくれました。その女性は桜さん。
私と桜さんは子供の頃から面識があったのですが、互いに大人になってからはあまり話す機会も少なくなってました。もちろん、私と斗巳也が外で待ち合わせするような時に桜さんがついてきたというようなことも一度もありませんでした。
そのため、斗巳也との待ち合わせに彼女も一緒にいるという事に少し面食らってしまいました。
「これ……どういう状況?」
「ちょっとお前に報告したいことがあってな」
「なんだ? もしかして、二人が結婚するとかか?」
そう冗談のつもりで問いかけると、斗巳也は驚いた顔をしました。
「あれ? 言ったことあったか?」
「え……?」
どうやら正解のようで、驚いていると斗巳也は今まで見せたことのないような笑顔になりました。
「実は、この度俺たちは結婚する事になったんだよ」
「うそ、本当に!?」
正直に言ってびっくりしました。
お二人のことは昔から存じ上げていましたが、正直に言って兄妹か或いは叔父と姪っこのような関係に見えていたのです。
とはいえ、一方では納得もしていました。この二人が離れ離れになって違う相手と契りを交わすなど想像も出来ませんでしたから。
「いつから、その、そんな仲に?」
「まぁ、いつからと言うわけでもないが……俺もいい歳だからな。そろそろ結婚を、と思ったんだよ」
多少ははぐらかされましたが、とにかくめでたい事だと思いました。
「そうか。まぁ、おめでとう。盛大に祝うよ」
「ありがとう。最初に河野に報告したかったんだ」
そう言ってくれた事は今でも嬉しく思っています。
それから、しばらくしてお二人は新たなスタートを切りました。
結婚したからと言ってお二人の何かが変わった訳ではありませんでしたが、やはり結婚生活には悩みもあったようで私はよく斗巳也の相談に乗らされました。
--そんな顔をしないでください、桜さん。もう時効です、許して差し上げてください。
それに、貴女にも「夫の親友だから」と意見を求められたことはおぼえていますよ。
あれは……そうですね。確か、お二人が結婚なさってから数回後の結婚記念日だったと思います。
その
丁度私もその頃家庭を持って斗巳也と似た立場になった頃だったので、同じ目線で考えてくれるとおもったのでしょうか。
「良い案でもあるのか?」
そう聞くと彼は中途半端に頷きました。
「考えていることには考えてあるんだが……やっぱりもう五年目だろ? 毎年にたようなのだとマンネリ化するんじゃ無いかと思ってな。これで大丈夫か一緒に考えて欲しいんだよ」
「それはいいんだが、一体何を送ろうと思ってるんだ?」
「時計さ。置き時計か、懐中時計か……ともかく、同じ時を過ごしてくれた感謝の印を贈りたいと思って」
なるほど、発想としても実に良い。そう思って私はその時は彼の背中を押しました。
その翌日、今度は桜さんが我が家を訪れました。こちらもまた相談事があるという事でした。
丁度その時はうちに私の妻もいたので同席してもらって話を聞きました。すると、驚いたことに、こちらもまた結婚記念日の贈り物で悩んでいるという事でした。
「何がいいでしょうか」
「桜さんは何か考えておられまして?」
困り顔の桜さんに家内がそう問いかけると、桜さんは「一応、考えてはいるのですが……」と言いました。
「なんです?」
「時計などは、どうかしらと」
さぁ、これを聞いて私は慌てました。
これはどうしたものだろうか、と。贈り物が被るなどという気まずいことはただでさえ避けたい。けれども実際にはモロ被りです。
そしてさらに困った事には、二人とも私に相談しているでは無いですか。
なんという事でしょう。双方から相談されているのに、お互いに同じものを贈ることになれば、 気まずいのは彼らだけではありません。
似た者同士だとは思っていましたが、サプライズの内容まで似ていては堪りません。
どうしたものかと、私は困ってしまいました。
「良いですねぇ……でも男性目線から言えばもっと実用的なものを送ってみてもよろしいのでは?」
少し考えてから、私は違う物を贈るように誘導しようと密かに決めました。
「実用的、ですか?」
「はい。例えば万年筆であったり、ネクタイピンであったり。さりげなく自分の手元にあるものの方が男性は喜ぶのでは無いかと」
「なるほど、そういうものなのでしょうか……」
色々アレコレと口八丁を駆使して、なんとか桜さんを誘導しようと頑張りました。
ですが、それほど色よい返事は得られません。こうなれば、斗巳也を説得するしかありませんでした。
そこで、先に妻に事情を説明し、女性の喜ぶものを聞いてから斗巳也にその条件を伝えてみました。
「なるほど、なら実用的なものよりも心に染み渡るようなものが良いのか?」
「らしいぞ」
「そうか、もう少し考えてみるよ」
再考してみると言って、斗巳也は帰っていきました。
それから二ヶ月後。
斗巳也が再び私の家を訪ねてきました。
「この間は相談に乗ってくれて助かった」
「いや、大して力になれなくてすまなかった。結局どうなったんだ?」
私は最終的に彼らが互いに何を贈ったのかを把握していませんでした。そのため、気が気ではありませんでした。
「結局な、お互いに相談して決めたよ」
「え゛」
びっくりして、思わず変な声が出ました。
「相談ってどういう事だよ」
「いや、ほら、俺たちは今まで互いに手を取り合って二人で色々な事を乗り越えてきたんだ。『二人で一緒に』。それが俺たち二人の在り方の根底にあるものなんだ。そりゃあ、サプライズも良いさ。でも考えたんだよ。せっかくの記念日なんだから、二人で一緒に決めたものでも良いかなって」
「そうか……」
「秘密の贈り物は、もっと先になってからにするよ」
笑顔で斗巳也はそう言いました。
私は胸を撫で下ろすと同時に、そのお二人の在り方というものに深い感銘を受けました。当時はまだ戦後間も無い頃で、昔ながらの家父長制のような家族のあり方が残っている時代でした。
ですが、そんな時代にあってこのお二人は互いに互いを尊重しあっていた。プレゼントだけではありません。家事を斗巳也さんが行ったり、或いは桜さんは職業婦人として働いたり、性役割を越えてお二人で協力して生活を送っていました。
そうしたお二人の生活の根底にある理念に触れたような気がしたのです。
「ともかくなんとか記念日に間に合って良かったよ」
そんな私の感嘆に気がつかないまま斗巳也は意地悪な顔になりました。
「お前に相談しなかったら、危うくプレゼントが被るところだったよ」
「う゛」
私の余計な手回しは当然のことのようにバレていました。その事を指摘されてただ苦笑いを浮かべるしか出来ない私に、彼は大笑いしながら去って行きました。
一方で、彼は私に相談事ばかりを持ち込んできたわけではありませんでした。
その昔、私には小さな夢がありました。
いつか、自分と妻とで切り盛り出来るような小さな喫茶店を開きたいという、些細な夢です。ですが、どれほど小さな夢でもそれを現実にすることはしがない小規模会社の社員であった私には容易いことではありませんでした。
「夢は、夢だよ。手には入らずに、いつかは醒める物なんだよ」
呑みの席で、何度斗巳也にそう言ったか分かりません。
実際、当時の安月給では生活で精一杯。やがて日本が経済的に発展して給料も増える頃には子供も生まれ、自分の夢だけを見ていれば良い訳でも無くなってしまいました。
三十、そして四十歳の間はただ家族のために身を粉にして働き、そしていつしかそんな夢も忘れてしまった。ただ、目の前の仕事をこなし、家族を食わせていく事に必死でした。
そしていつしか気がつけば五十歳となり、人生も折り返し。子供達も巣立ち、私の働く理由を改めて見直すべき時になっていました。
「俺は……もう疲れたよ」
五十歳の誕生日を迎えてから暫くのち、私は斗巳也との酒の席でそう呟きました。
その言葉の裏にはなにがあったのか。
私は自分の人生に失望していました。もう、かつてのような若さはない。夢を追うには歳をとりすぎていて、そして、為すべき事も成し終えた。
そんな、空っぽの自分を見つけてしまったんです。
「これからどうしようか……」
気がつけばそんな事を言っていました。
これから何のために働くのか。何のために生きていくのか……。家族を養うという目標が達成された後には、その答えとなり得るものはなにも残っていませんでした。
ただ漫然と定年まで働き、そしてただ無為に老後を過ごして死を迎えるのだろうか。
そんな事を思っていると、突然斗巳也が手を叩きました。
「そういえば、お前昔はよく喫茶店やりたいとか言ってなかったか?」
「え?」
「喫茶店だよ。ほら、よく言ってたろ? アレとかどうだ?」
「どうっていうのは……」
「喫茶店を開くんだよ! 今こそ夢を叶える時だよ!」
びっくりしました。
だって遥か彼方の過去の話を今更持ち出してきて「やってみたらどうだ」というんですから。びっくりして、そして私は首を横に振りました。
「いまさら始めてどうする。どうにもならんさ」
すると急に斗巳也は真面目な顔になってこう問いかけてきました。
「歳を気にしているのか?」
私は「それもある」と言いました。
年齢的に始めるには遅すぎるというのも一つの理由です。
しかし、第一にリスクが大きすぎるということもありました。喫茶店を開くための前金や場所代などの負担は大きく、一方でお客が入る保証もない。それに、売れずに下手すれば借金地獄というのもあり得ます。そんなリスクを負って、子や孫に迷惑をかけてまでやりたいとは思いませんでした。
「リスク……ねぇ」
そんな私の長い言い訳を聞き終えて、斗巳也はそう呟きました。
「分かるよ。お前の言い分も。たしかに安心安定とはいかんだろうな」
「ああ。やっぱり夢は夢のままで……」
「でも、それでいいのか?」
私の声を遮って、彼はそう言いました。
「昔からやりたかった事なんだろ? 良い機会なんじゃ無いのか?」
そう言って彼は私の目をジッと覗き込んできました。見返した彼の目はバイタリティに溢れた輝きで満たされ、それに触れているとフツフツと私の心の奥から何かが噴き出してくるような感じがしました。
「……俺は、お前のためになんだってやるよ。だから、お前もやりたい事があるならいつでも相談してくれ。俺は力を貸すから」
そう言って、斗巳也は飲み屋の席から立ちました。
その日の晩、私は一睡もせずに新規店舗の開店に必要な手続きなどを調べました。
数日後、妻が私に話をしたいと言い出しました。
「子供達も、ようやく社会人ですね」
「ああ。随分と長くて、一瞬だったな」
そう言ってから大切なことを思い出して、私は居住まいを正した。
「ともかくこの二十数年間、本当にご苦労様でした。本当に感謝しているよ」
「ありがとうございます。あなたこそ、お疲れ様でした」
互いに頭を下げあい、そして笑いました。
それからしばらくの間昔話をしました。
倅が生まれた時のこと。娘が生まれた時のこと。初めての家族旅行。娘の初めての病気。小学校の入学式。反抗期。そして、大学の卒業。
大きな出来事から小さくも家族で乗り越えたモノの記憶まで、語り尽くせぬものをいつまでも語りました。
「……こうして振り返ってみると、思い出すのは子供達の事ばかりだな」
「そうですね。私たち二人だけということはありませんでしたね」
そう言って家内はクスリと笑いました。
「けれども、これからはまた二人です」
「うまくやっていけるかな?」
「どうして?」
「あ、いや、変な意味ではなくてな。ただ、家族四人で過ごした時間の方が俺たち二人で過ごした時間よりも長いんだ。二人きりの時間っていうのが想像できないんだよ」
そう言うと、家内は「そうですね……」と少し納得するような顔を見せた。
「では、それも二人で一緒に考えていきましょう」
「そうだな。あぁ、そうだ」
子育ての終わりという一つの区切りと、二人の日々という新たなスタート。
その不安を、彼女は取り除いてくれました。
「でも、これからどうしますか?」
「これからか……君は何か考えていたりはしないのか?」
「そうですね……」
少し悩んでから、妻は小首を傾げた。
「私は特にありませんが……その昔、あなたが仰っていた夢を叶えるのも良いかもしれませんね」
妻は笑顔でそう言いました。
「夢……喫茶店か」
私は斗巳也とのあの会話からずっと悩み続けていました。特に妻に対しては相談して良いことなのか、迷惑をかけるのではないか、と一歩が踏み出せずにいたのです。
「俺が喫茶店をやりたいと言ったらどうする?」
気づけばそう問いかけていました。
彼女は少しの間キョトンとして、それからニッコリ笑いました。
「やりたいのですか?」
「……ずっと夢に見てきた」
「私は賛成しますよ」
妻はそう言いました。
「いいのか?」
「えぇ。これまであなたは私達のために働いてくれました。自分の時間も夢も、全てを投げ打って。だから、これからは自分のためにも生きて欲しいんです」
たった一度の人生なんですから、と妻は私の手を取りそう言いました。
私の心が決まった瞬間でした。
「夢……いや、もう夢じゃないな……」
喫茶店を開く。
そんな昔からの夢が目標となった瞬間です。
--すみません、いつのまにか私の話になりましたね。話を巻きましょう。
私の夢への最初の一押しが斗巳也の言葉であったなら、実際に目標にたどり着くまでの手を貸してくれたのもまた斗巳也でした。
店を開きたい。そう伝えると彼は大喜びで早速準備を始め、ご自身の人脈を遺憾なく発揮して私を後押ししてくれました。
このモダンでありながらもレトロな雰囲気の店構えも、斗巳也の紹介してくれた建築の方によるものです。
彼は本当にこの店の恩人です。
こうしてわたしはこの店を開き、そしてありがたいことに孫にこの店を継いでもらうということまで経験できたのです。
さて、私の話ばかりだったので最後にまた少しお二人の話をば。
この店が開店してしばらく経った頃のことです。
開店後毎週のように斗巳也と桜さんはここを訪れてくれていたのですが、この時は珍しく斗巳也だけでの来店でした。そしてその隣には桜さんの代わりに松さん夫妻。
「今日は桜さんが一緒ではないんですね」
そう問いかけると彼はニヤリと笑うだけで理由は教えてくれませんでした。
どうしたのかなと思っていると、しばらくしてから斗巳也が私に来てくれとジェスチャーしました。
「店主さん、ちょっといいかな?」
「どうしました?」
ニヤニヤする彼に、何を企んでいるのかと警戒しながらそう返すと「いや、なに……」と彼は口ごもりました。
「ここの店は何でも出してくれるんだろ?」
「犬も食わないものはお取り扱いしていません」
「冗談キツイぜ。別に桜と喧嘩したわけじゃねーよ」
彼は笑いました。
「今店の中にいるのは俺たちだけだからちょっとくらいいいだろ?」
「お伺いしましょう」
「何、ちょっと答えを出して欲しくてな」
そう言って少し彼はモジモジとし始めました。
「もうすぐ俺達の銀婚式なんだが……その、妻に贈り物をしたいなと思ってな」
「いいですね。何を考えているんです?」
「それがな、何を贈ったものかと悩んでるんだ」
いつかのように、彼はそう言いました。
銀婚式に当たるせっかくの特別な年。気の利いた贈り物をしたいが、これまで二十何年と贈り物をしてきてレパートリーが尽きたのだとか。
「友人として聞きたい。何か良い案はないかな?」
「友人として……分かった」
そこで私がいくつか候補を挙げてみました。花、旅行、食事……全て却下されました。
改めて条件を聞くと、なんと自分が贈ったものだけでなく相手から貰ったものもダメなのだとか。
当然のことながら、すぐに私も煮詰まってしまいました。
「どうしたものかなぁ」と言いたげな斗巳也。その姿を見ていると、いつかの会話を思い出しました。
「なぁ」
「ん?」
「今、お前が桜さんに伝えたい事ってなんだ?」
「なんだいきなり」
「いいから」
うぶな少年のような表情をする五十近いおっさんを急かすと、うーんと少し考えてから彼は口を開きました。
「これまで四十年近く……随分と長い時間を彼女と過ごしてきた。借金を抱えたりだとか、何度も苦しい目に合わせた。俺のせいで、だ。それでも、桜はそれだけの長い時間を共に過ごしてくれた。そのことへの感謝と、そしてこれからも同じ時間を過ごしたいという想いかな」
聞いているこちらが恥ずかしくなるほどの真っ直ぐな言葉でした。それも、二十年前に聞いたものと何一つ変わらない彼の想い。
思わず固まる私に、「なんだよ」とでも言いたげな顔をしながら彼は目を伏せました。
それから数秒後、彼はハッと顔をあげました。
「……そうか、時計か」
ガタリと立ち上がると、彼は私の手を取りました。
「いつかも、同じようなことを言ったな」
「あぁ」
「すっかり、忘れていたよ」
彼は「お前に相談して、正解だった」と言いました。
「やっぱり、持つべきものは友だ」
それから彼は「急いで準備しないと」と言って駆けていきました。
残された私と、そして松子さん夫婦。
「相変わらず、お兄さんはバイタリティ溢れる方ですね」
そう笑いかけると、なんと松子さんは涙を浮かべました。
びっくりしてあたふたしていると、松子さんは「ごめんなさい」と言いながら涙をぬぐいました。
「兄の桜さんへの想いを、初めて聞いたので……」
「そうなんですか?」
少し驚きました。
私の前では惚気まくるお二人だったので、ご家庭でもそうなのだろうと勝手に思っていたからです。ですが、松子さんは「全く違います」と言いました。
「あの二人は、その、少し特殊な事情で昔から一緒にいました。だからこそ、他人名前や家族である私の前であっても見せることのできない想いがあるようなのです」
「……」
「だから、そんな兄があれほど真っ直ぐにハッキリと桜ねぇさんへの想いを吐露するところは初めて見ました」
そう言って松子さんは涙を流しながら私に微笑みました。
「想いを零すことの出来る友人がいることが、どれほど兄にとって救いであるでしょうか。本当に、兄の友人であり続けてくださってありがとうございます……」
私は、未だにその言葉が忘れることができません。
それから数十年。私達は親友であり続け、また時折お二人の仲を聞かせていただきました。
そして今から二十年ほど前。
彼は不治の病と宣告されました。
彼は病院でその宣告を受けたその足でここはやってきて私に教えてくれました。
「俺はもう、残り僅かな命だ」、と。
もう時効だと思うので言いますが、私はその日の夜一晩中涙が止まりませんでした。
覚悟はしていました。
お互い長く生き、「どっちが先に逝くだろう」などと冗談を飛ばすこともありました。
ですが、実際に親友が死の淵に追いやられていると知ってみる、ただ涙が溢れて止まりませんでした。
そらからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻すと、次に私は彼のために何をできるのかと考えました。
彼の病を癒すことは私には出来ない。出来ることはただ、伝えても伝えきれない感謝を彼に伝える事だけでした。
そしてたどり着いた答えが、彼のための飲み物を生み出すこと。
彼のおかげで私は喫茶店を開くことができました。ならば、そんな彼への感謝を示すにはこの喫茶店ですることが相応しいと思ったのです。
そうして、生まれたのが『美山』です。
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