第4話「一つ、自分を大事にしろ。二つ目、仲間を大切にしろ。三つ目、騎士にあるまじきことをするな。そして四つ目――自分の信念を曲げるな」

 寂れた教会の中に入ると、そこには三人の赤い鎧を着た騎士っぽい人が談笑していた。しかしボクとジュリアの姿を見るなり一斉に注目する。

 一人は大柄な男の人でボクよりも大きな大剣を持っている。顔には横一文字の大きな傷があってちょっと怖い。髪は赤くて短い。ぎょろりとした目がボクたちを射抜く。

 二人目の男の人はすみれ色の髪をしていて面長だ。目は小さくて薄い唇。一言で表すなら氷だ。冷静そうだけど、怒らせたら怖そうだ。その目はボクたちを値踏みしているのかもしれない。

 三人目はボクたちと同年代か少し上の青年だった。他の二人と比べると若く思える。茶髪がくしゃとしていて人懐っこい顔つき。優しげな雰囲気がある。顔も整っていてジュリアなら綺麗だと思うだろう。目の横のほくろが印象的だ。


「クロードさん。その子たちはどなたですか?」


 茶髪の歳若い人が不思議そうに訊ねる。


「入団希望者です。えっと、名前は――」

「私はジュリア。こっちはロッシよ」


 物怖じせずにジュリアが答えると「子どもの癖に度胸があるな」とすみれ色の男性が言う。


「クロード。いくら人手不足とはいえ、どうしてこいつらを連れてきた?」

「なによ。私たちじゃ不満だって言うの?」

「お前には聞いていない」


 ジュリアが怒る前にボクはそっと肩に手を置いて、落ち着かせた。


「ダイアーさん。この子たちは我々の騎士募集を見て、村から来てくれたんです。見るだけ見てください」

「甘いな。本当にお前は子どもに甘いよ」


 ダイアーと呼ばれたすみれ色の人はボクたちが騎士になることに反対みたいだ。

 すると大剣を持っている大柄な人が「まあ見るだけ見てみればいいじゃないか」と言ってくれた。


「良くなければ帰ってもらえればいい。ハーツ、ちょっと模擬戦やってみろ」

「僕がですか? うーん、手加減って難しいんですよね」


 ハーツと呼ばれた茶髪の人は腕を回しながら座っていた椅子から立ち上がった。


「では、中庭まで来てください。待っていますから」

「ちょっと待って。確かに騎士になりたいけど、あなたたちは本当に騎士なの?」


 ジュリアの問いに大柄の人は「もちろん騎士だ」と頷いた。


「紅狼騎士団は市井の安全を守るために、教皇猊下が立ち上げた組織だ」

「……騎士は国王から認められた者の証よ。教皇が認めても意味がないわ」


 へえ。そうなんだ。


「痛いところを突くな。確かに国王陛下から認められないと騎士にはなれぬが、何事も例外はある」

「例外?」

「俺は下級騎士の出だ。そして騎士は自分が養える分だけ、従騎士を持つことができる」


 ジュリアは少し考えて「じゃあ教皇がパトロンであるかぎり、無尽蔵に従騎士を持つことができるというわけ?」と言う。


「そのとおり。そして従騎士を五年務めた者は騎士として認められる」

「……すぐに騎士になれるわけじゃないのね」


 ボクは「すぐに騎士になれないのなら、意味がないんじゃないか?」とジュリアに言う。


「それになんだか怪しいし……」

「でも普通になろうとしても、今すぐなんて無理よ」

「そうなんだ……じゃあごしゅ――ハドリックさまに会えるのはいつになるんだろう?」


 ボクの呟きに「ハドリック? ああ、『神算』のハドリックさまですね」とクロードは言った。


「あの方に会うのが目的なら、尚更紅狼騎士団に入るべきですよ。彼は教会派ですから」

「ええ!? 本当ですか!?」


 思わず大声を出してしまう。

 クロードはにこりと笑った。


「三英雄はそれぞれの派閥に属しています。『破壊者』レベッカさまは執政派。『聖騎士』レオパルドさまは武官派です」

「ロッシ。あなたがハドリックさまにご執心なのは分かるわ。だったら紅狼騎士団に入るのも選択肢の一つだと思うけど」


 ジュリアは入る気があるそうだ。

 ボクもご主人さまと会えるチャンスがあるなら――是非とも入りたい。

 だから頷いた。


「話は決まったようだな。ではハーツと一緒に中庭に向かってくれ」


 大柄の男とダイアーも立ち上がった。


「ああ、そうだ。俺の名前を言うのを忘れていたな」


 大柄の男は改めて自己紹介した。


「スペッドという。紅狼騎士団の団長だ」


 よろしくなとは言わなかった。

 まだ入る資格があるか分からないからだ。


 中庭に行くと、そこは庭と言うより訓練場のような設備が整っていた。血と汗の臭いがぷんぷんする。誰もいないけど、数時間前は十数人ほど居ただろうな。


「私から行くわ。いいでしょ? ロッシ」

「うん。いいよ」


 ハーツはそんなやりとりを聞いてか「二人がかりでどうぞ」と笑った。


「僕は一人で十分ですから」

「……下に見られるのは、不愉快ね」


 ジュリアは開始の位置に着いた。ハーツは余裕で見ている。


「それでは、尋常に――始め!」


 スペッドの言葉にジュリアは「ファイア・マグナム!」といきなり全力の攻撃を仕掛ける!

 普通の人間なら避けるのだろうけど、ハーツは剣を鞘から抜きつつ、火の魔法を斬ってしまった!


「なっ――」

「魔法を斬るなんて、訓練すれば容易いですよ」


 そしてそのままジュリアを斬ろうと近づく――速い!」


「驚いてる暇があれば、防御しなさい」


 ジュリアの眼前に刃が迫る――


 がきんと音がした。


「……まるで寝物語の勇者のようですね」


 ハーツが感心したように笑った。

 思わず目を瞑ってしまったジュリアが見たのは、ボクがハーツの刃を木剣で防いだところだった。


「ロッシ!? なんで加勢するのよ!?」

「えっ? だって二人でもいいんでしょ?」


 ハーツの剣を跳ね上げて、攻撃しようとするけど、すぐさま後ろに下がられた。


「もう! なんかいいところ奪われた感じよ!」

「ジュリア。そんなことよりも不味いよ」


 ボクはちょっと困っていた。

 だって――ハーツ、強いんだもん。


「二人がかりでも勝てないかも」

「……業腹だけど同感ね」


 村一番の魔法の使い手の最大魔法でも倒せないのなら、お手上げだ。

 世界には、こんなに強い人が居るんだ。


「……スペッドさん。もうやめませんか? これ以上やったら大怪我しちゃいますよ」


 さあこれからなんとかしようと思ったとき、ハーツが気の抜けるようなことを言った。


「まだ見極めが済んだとは言えないが?」

「この子たちなら死なずに済みますよ。ジュリアちゃんはどうかと思いますが、ロッシくんはそこそこ使えますし」


 その言葉に「はあ!? ふざけないでよ!」とジュリアは怒った。


「まだ終わっていないわ! 続きをしましょう!」

「もう終わっているよ。脇腹を見てみなよ」


 ジュリアがハッとして見ると、服の脇が斬れている。

 ボクの服も同じだった。


「……いつ斬ったのよ?」

「多分、後ろに下がったときかなあ」


 ボクが呟くとジュリアはがっくりとうな垂れた。


「まあいい。その歳で第三階位の魔法が撃てるんだ。伸び代もあるだろう」


 スペッドは僕たちに向かって言った。


「合格だ。紅狼騎士団の入団を許可する」


 その言葉にダイアーは「いいのかよ、スペッドさん」と苦言を呈した。


「まだ若いぜ? それにいろいろと未熟だ」

「入団の年齢制限はないしな。それに未熟なのはこれからみっちりと鍛えてやればいい」


 ダイアーはまだ不満がありそうだったけど、結局は「……分かったよ」と不承不承に納得した。


「お前たちに四つ守ってほしいことがある」


 スペッドはボクとジュリアに向かって言う。


「一つ、自分を大事にしろ。二つ目、仲間を大切にしろ。三つ目、騎士にあるまじきことをするな。そして四つ目――自分の信念を曲げるな」


 その言葉は犬のボクにもよく分かった。

 そしてずっと忘れることはなかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飼い犬転生 ~犬は人の心を持てるのか~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ