第3話「良ければ、あなた方を迎え入れたいと思っています」
トルネ王国の王都『クリーム』はいろんな臭いがした。
人間も建物も河川も、物凄く強烈な臭いがした。貴族の装いをした人間はきつい香水の匂いがした。路上で物乞いをしている人は垢の臭いがした。裕福な家は暖かなミルクの匂いがした。逆に貧しい家からは生水のような臭いがした。
ドブの色をした川は相応にくさかった。それを思うと故郷はとても良い香りをしていたなと思ってしまう。この王都は良い匂いと悪い臭いが交じり合って吐き気がしてしまう。
「ちょっと、ロッシ! 顔色悪いじゃない! 大丈夫なの?」
「臭いが……気持ち悪いかも……」
「嗅覚が凄いとそう感じるのね。仕方ないわ、少し休みましょう」
ジュリアがいつになく優しい。ボクは王都の広場で休むことにした。
道中一緒だったエレナとは王都の入り口で別れた。
「このご恩はいつか返します」
貧しいというのは本当なのだろう。急いでいる様子で自分の教会のところへ駆けていく。
よく分からないけど、教会派というのはあまりよろしくない存在なのかもしれない。だって、女の子を苦しめているんだもの。
「ロッシ。どうやら騎士の募集は向こうの建物でやっているわ」
「よく分かったね。凄いや」
広間の露店で買ったジュースをボクに手渡しながら、ジュリアは教えてくれた。
「少し休んだらすぐに行くわよ。いつ募集が終わるかも分からないし」
「うん……だいぶ慣れてきたよ……しかし、それにしても酷いところだね」
ボクの言葉にジュリアは首を傾げた。
「酷いところ? 何言っているのよ! 都会よ都会!」
「都会は良いところなの?」
「なんでもあるし、娯楽もあるわ! 最高じゃない!」
でも血の臭いもある。暴力の臭いもある。
さっき路地裏で倒れている死体を見た。
しかしそれをジュリアに言ってもあまり意味ないな。
「もういいよ。行こう、騎士になりに」
「ええ。行きましょうか」
それでジュリアの案内で騎士を募集しているって建物に来たんだけど……
「はあ? 騎士になりたい? ふざけたことを言うなあ、お嬢ちゃんたち」
建物の前に立っていた騎士っぽい人に訊ねると、不思議そうな顔をして言われたんだ。
「騎士募集なんてしてないよ? 誰がそんなデマを……」
「そんな! 村で聞いたのに!」
「正確に言えば、現役の騎士に『推薦状』を貰った者か『家系図』で貴族と認定された者しか騎士にはなれない。君たちはどうやら勘違いしているようだ」
騎士は哀れむような目でボクたちを見た。
「君たちは騎士にはなれない。おとなしく故郷に帰るんだな」
「もうそんな路銀なんてないわよ!」
「お願いします。なんでもやりますから……」
ボクもお願いすると「駄目だ駄目だ」と強めに断られた。
「俺も忙しいんだ。教会派と執政派が何か企んでいるらしいし……」
「企んでる? 何を企んでいるのよ?」
「いや、君たちに言っても仕方ないことだ。ほれ。少ないけどこれで村に帰れ」
手渡されたのは、銀貨二枚。
それっきり騎士はどっかに言ってしまった。
「……どうする?」
「ああもう! デマに騙されるなんて……!」
ジュリアは苛々して歩き回っている。
落ち着くまで待つしかないな。
「こうなったら、家に帰るしかないのかしら……お義父さんになんて言おう……」
落ち込むジュリアにボクはなんと声をかければいいのか、分からなかった。
人間だったら励ますか良い考えを浮かぶんだろうけど……
「とりあえず、王都を見て回ろうよ。お土産でも買う……買えないか。せっかく来たんだから。ね?」
「ロッシ……そうね。話の種に見て回りましょうか!」
十年の付き合いで空元気だと分かっていたけど、少しでも元気になってくれれば良かった。
そんなわけでぶらぶらと街中を見ていると、ジュリアが喜びそうな店を発見した。
「ジュリア、あそこに服屋があるよ? 見てみたら?」
「服? 買う金も仕立てる暇もないわよ?」
「でも服が並んでいるけど?」
ボクは大きなガラス越しに服が並んでいるのが見えたので、そのまま言う。
「あら本当ね。へえ、都会の服屋は違うのね……」
「ボク、待っているから入ってみなよ」
「いいの? じゃあちょっと見に行ってくるわね」
機嫌がちょっとだけ直ったみたい。良かった。
店の前で待つ。昔から待つというか『待て』が得意だった。
「そこの少年くん。ちょっといいかな?」
空を流れる雲を見ていたところに、二十歳前後の男の人がボクに話しかけてきた。
柔和そうな顔。細くて優しげな目元。笑顔が自然だ。背は普通ぐらいで一見すると学者かなと勘違いしてしまうけど、腰に剣を差しているので、それはないだろう。鎧ではなくそれこそ学者みたいな格好をしていた。
「なんでしょうか?」
「先ほど、武官派の騎士と問答をしていたのを見たけど、何を揉めていたのかな?」
ああ。外でのやりとりだったから見られても仕方ないな。
「えっと。騎士を募集していると聞いて、村から王都まで来たんですけど、どうやらデマだったらしくて」
「……それはデマではないよ」
ボクは首を捻った。
デマじゃない?
「どういうことですか?」
「一緒に来てくれれば分かるけど、ついて来るかな?」
「今、友達が買い物をしているんで。ちょっと呼びに行きます。待ってもらえますか?」
柔和な人は「ええ、どうぞ」と笑った。
ボクは店に入りながら誰かを待たせたのは初めてだったなと気づいた。
「あら? どうしたのロッシ」
「騎士の募集について何か知っている人に話しかけられたんだ」
服を眺めていたジュリアにそう報告すると「本当なの!?」と大声をあげられた。
店主らしき人が厳しい目でこっちを見る。
「さっそく会いに行きましょう!」
ジュリアの後に続いて、外に出るとその人は「早かったですね」と笑った。
「服はいいんですか?」
「それより、騎士の募集について知っているんでしょ? 教えて!」
ジュリアの遠慮のない言葉でも笑みを崩さないその人は「歩きながら話しましょう」と振り返って歩き出す。
ボクもジュリアもよく分からないままついて行く。
「あなたたちは王都における三つの派閥を知っていますか?」
「知っているわよ。教会派と執政派と武官派でしょ?」
「では騎士がどこに属しているのか、分かりますか?」
ジュリアは少し考えて「名前からして、武官派かしら?」と答えた。
「正解です。元々騎士団長の派閥が武官派ですから」
「じゃあ騎士募集は武官派が行なっているの?」
「いえ。武官派では騎士の募集はしていません。では騎士の募集をしているのはどこでしょうか?」
うーん、武官派じゃないとすると……
「そりゃ他の二つのどちらか、もしくは両方でしょ」
ボクが思いつく前にジュリアは答えた。
やっぱりジュリアは賢いなあ。
「ええ。そのとおりです。私たちは武官派の対抗勢力として集められました」
その人がぴたりと足を止めた。
そこには寂れた教会があった。
村の教会と比べるととても大きく感じる。
「ここが私たち『紅狼騎士団』の本部です」
「こ、紅狼騎士団?」
ジュリアは戸惑っていた。僕も同じく戸惑っている。
「正式な騎士ではありませんが、いずれこの王国で必要となる団体になるでしょう」
その人はにこりと笑った。
「良ければ、あなた方を迎え入れたいと思っています」
「む、迎え入れたいって……あなた、何者よ!」
ジュリアの指摘に穏やかな表情のまま、その人は言う。
「申し遅れました。私、紅狼騎士団の副長を務める者、クロードと言います」
以後よろしくお願いしますという言葉が遠くに聞こえた。
これからどうなるんだろう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます