第2話「それでも行くの! いい? 騎士になろうっていうのに、襲われているかもしれない人をほっとくのは悪いことよ!」

「ロッシ! 早く歩きなさいよ! 日が暮れるわ!」

「分かっているよう」


 ジュリアの分の荷物を肩に背負いつつ、ゆっくりと後をついて行く。周りは木々に囲まれている山道。日がだいぶ傾いていて暗くなっている。


「急がないとまた野宿になっちゃうわよ! 二日連続でお風呂に入れないの嫌なんだからね!」


 昔はお風呂に入ることの意味が分からなかったけど、入らないと汚くなることは分かった。


「ねえジュリア。宿屋ってあとどのくらい?」

「地図だとだいぶ遠いわよ!」


 カリカリ怒っているジュリア。そんなにお風呂に入れないのが嫌なんだろうか?

 ボクはなるべく急ごうとペースを上げた――


「ジュリア。変な臭いがする」

「はあ!? 私、そんな臭くないわよ!?」

「ううん。ジュリアは良い匂いだよ。そうじゃなくて――」


 顔を真っ赤にさせるジュリアを無視して、ボクは前方を指差す。


「人が五人か六人固まっている。多分山賊だ」

「臭いで人数が分かるの? ……それよりどうして山賊だって分かるのよ?」


 そりゃあ分かるさ。


「だって、血の臭いが凄いんだもん」

「……どこら辺に居るの? 危ないから迂回しないと」


 それには賛成だった。ボクは「臭いで分かるよ」とジュリアの傍に寄った。


「それよりも気になることがある」

「なによ?」

「山賊の臭いと別に、花の匂いがする。昔、行商人が来たとき、売ってた物と一緒だ」

「……花の匂い? もしかして香水かしら?」


 ボクは頷いた。きっとそうだ。行商人の売り物を近くで嗅いだせいで、鼻が馬鹿になったのを思い出す。


「山賊が香水ねえ……ちょっと様子を見に行きましょう」

「危ないよ? 大丈夫?」

「平気よ! ロッシ、あんた剣持っているじゃない。それに私も魔法使えるし」


 ボクは「剣と言っても木剣だし、ジュリアは火の魔法しか使えないじゃないか」と反論した。


「それでも行くの! いい? 騎士になろうっていうのに、襲われているかもしれない人をほっとくのは悪いことよ!」


 そういうものなんだとボクは納得した。

 臭いを元に徐々に近づくと「や、やめてください!」と女の人の声がした。

 茂みからこっそりと覗くと「へへへ。金目のもんがあるじゃねえか」と山賊の一人が笑う。

 山賊は五人で襲われているのは僧侶の姿をした女性だった。従者は居ない。


「それは、大切な寄付金なんです! 子どもたちのための――」


 抵抗する女性は青髪がとても長く、垂れ目で小柄な体型だった。山賊がわざと手の届かないところに金目のものが入っているであろう袋を掲げている。


「へへっ。そいつは良いこと聞いたぜ。俺たちはなあ、『教会派』のクソ共から家を潰された従者の集まりでなあ」

「そ、そんな! 私は教会に属していますが、教会派の者では――」

「うるせえ! こいつは俺が貰った。ついでにあんた自身も楽しませてもらうぜ?」


 下卑た声で笑う山賊たち。

 どうしよう……不意を突くしか……


「ちょっと待ちなさい! このごく潰しが!」


 悩んでいるとジュリアが茂みから出てきてしまった。

 そういえば、山賊とか嫌いだったっけ。


「ああん? なんだお前は?」

「その人から離れなさい! それと、その金を返しなさい!」


 山賊たちは顔を見合わせて、それから笑い出す。


「ぎゃはははは! 面白い冗談だ!」

「奪ったもんを素直に返す馬鹿はどこに居るんだ?」


 あ、やばいな。

 ジュリアが物凄く怒っているのが背中からでも分かる。


「今、私に向かって馬鹿って言ったわね……」

「ああ? 言ったけど何か文句あるのか?」


 山賊が剣を抜きつつジュリアに近づく――


「――ファイア・マグナム!」


 ジュリアはいきなり高威力の魔法を山賊に放った。

 火達磨になった山賊は「あちゃああああああああああ!」と喚きながら地面を転がる。


「て、てめえ! 何しやがる!」

「早く消せ! 消せ!」


 四人の山賊が一斉に剣を抜いた。

 しかたないな。ボクも行こう。


「ジュリア……いきなりすぎないかな?」

「な、なんだてめえは! 女の仲間か!?」


 山賊がいきなり現れたボクにも剣を向ける。


「仲間じゃないよ? 友達だよ?」

「律儀に訂正しないの。行くわよ、ロッシ!」


 ボクは荷物を置いて、木剣を取り出した。


「なんだそのデカイ木剣は!?」


 山賊たちは驚いている。ボクの持っている木剣は普通の剣よりかなり大きかった。大剣と呼ぶらしい。幅も十分ある。

 両手で振り回しながら山賊に近づく。牽制になってくれればいいけど……


「この――ガキが!」


 山賊がボクに剣を振り下ろしてくる。ボクは剣を横払いして、そのまま山賊に腹に木剣を叩き込んだ。


「げこっ!」


 まるで蛙のような呻き声でその場に倒れる山賊。手先は器用じゃないけど、剣を振り回すことはボクでもできる。


「くそっ! この野郎――」

「私も居るわよ? ――ファイア・アロー!」


 ジュリアが放った魔法はボクに攻撃しようとした山賊を射抜いた。

 倒れる山賊。残りは一人だ。


「ひいい!? ちくしょう――」

「ジュリア。もう十分だと思うけど……」


 もう戦意がない山賊は無視して構わないとボクは思ったので、そう提案する。


「そうねえ。奪った寄付金を置いて行きなさい。そうしたら見逃してあげるわ」

「わ、分かりました!」


 山賊は仲間を置いて、逃げ出してしまった。

 人間は薄情だな。


「えーと、そこの聖職者の方? 怪我はない?」

「は、はい……ありがとうございます……」


 ジュリアが僧侶の女性に近づいて、寄付金を渡した。


「急いでここから逃げましょう。ロッシ、山賊はどっちに逃げた?」

「ここから南のほうだよう」


 女の人は「逃げるってどういうことですか?」と不思議そうに訊ねる。


「決まっているでしょ? 仲間を連れてこっちに戻ってくるわよあの山賊。仲間も回収しなくちゃいけないしね」

「あ、見捨てたわけじゃないんだ」


 ジュリアは女の人の手を引いて歩き出す。


「ロッシ! 急いで逃げるわよ!」

「分かったよう」


 ボクたちは怪我をしている山賊をほっといてその場を後にした。




「ありがとうございました。私、エレナと申します」

「私はジュリア。そこの白髪はロッシよ」


 宿に着いてから互いに自己紹介した後「女の一人旅は危ないわよ?」とジュリアが説教した。


「ましてやあなたみたいな小さな女の子が……」

「私、これでも十四歳です……」

「えっ!? 私たちと一歳違い!?」

「よく言われます。でも、どうしても寄付金を教会に持って帰らないといけなかったんです」


 ジュリアは怪訝そうに「そんなに教会の運営は危ないの?」と訊ねた。


「どこの教会か知らないけど、補助金が支給されているはずでしょ?」

「王都の教会は、今どこも運営が危ぶまれています……」

「はあ!? なんでよ!?」


 エレナは「王都は三つの派閥に分かれているのです」と言う。


「教会を管理する『国立大教会』の幹部が中心の教会派は今、『執政派』や『武官派』と対立していまして……政争でお金が必要とのことで、満足な補助金が……」

「そんな馬鹿なこと、ありえるの!?」


 ジュリアは怒っている。よく分からないけど、三つの派閥――たくさんの人の集まりかな――があることで迷惑しているのかな?


「帝国が侵略してきているのに、内輪揉めなんて! 信じられないわよ!」

「三英雄さまが居なければ、今頃王国は……」


 ボクは立ち上がって部屋から出ようとする。


「ロッシ、どこに行くのよ?」

「自分の部屋に戻るよ。難しいことは分からないから」

「あんたねえ……」

「ジュリア。君は騎士になりたいんだろう?」


 ボクの言葉にジュリアは「そ、そうだけど……」と曖昧に頷いた。


「だったら、教会……いや、王国を良くするために騎士として頑張るしかないんじゃないか? よく分からないけど」


 ジュリアは驚いた顔をしている。エレナも同じ顔をしている。

 そんなにおかしいこと言ったかな?


「あ、そうだ。明日には王都に着くのかな?」

「え、ええ。目と鼻の先よ……」

「分かった。それじゃあおやすみなさい」


 ボクは静かにドアを閉めた。

 宿屋のボクの部屋のベッドに寝転ぶ。

 わくわくしていた。もうすぐご主人さまに会えるって。


「待っててね。ご主人さま……」


 ご主人さま以外のことはどうでも良かった。

 難しいことは分からないしね。

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