5話 キムラくんの彼女とやまにしくん
「あ、そうそう」
キムラくんにバイトもサークルも無くて、僕もバイトがない日は週に2日3日ほどある。
今日もそんな日で、キムラくんは夕食時、僕の作った
「彼女ができたんだけど、多分可愛いから紹介しない方がいいよね?」
ピーマンと肉が入ってればとりあえず青椒肉絲だ味付けなんか知るかという気持ちで作ったものの、やっぱり醤油だけだと変な味がするなぁちゃんと調べればよかったなぁと考えていた僕は、同じく青椒肉絲もどきをもしゃもしゃ咀嚼しながら「ああうんそうだね」と適当な返事をした。
してから、適当に飲み込んだキムラくんの発言に違和感を覚える。
「彼女」
「うん」
「できたの」
「うん」
「おかしくない?」
「おかしいって?」
しょっぱすぎるピーマンを水で流し込み、僕の指摘がいまいち理解できていないキムラくんを軽くにらむ。
「だって、出来るも何も、いるでしょ。彼女」
キムラくんは、はっきり言って、もてる。
人間の美醜なんぞさっぱりだし、好きも嫌いもよくわからないような人だけど、だからこそかもしれない。
誰にでも分け隔てなく「かわいい」と言って笑って、何を言っても「うんうん」とうなずいてくれたら、それだけで嬉しくなってしまう女の子もいるのだろう。気持ちはわからないでもない。自分の言っていることを少なくとも否定しない人がいるって、すごく心地よいものだし。
まあとにかくそんなわけでキムラくんはもてる、らしい。キムラくんと友達の会話を不本意にも聞いてしまったところから察するにだが。というか、彼女がいると同居を始めるときに聞いている。彼女がいるのに合コンにいく神経は僕にはよくわからない。
「彼女っていうと、詩織ちゃんのこと?」
「バイト先で会ったって人、一つ年上のさあ、いたでしょ」
「それ由貴さんだ」
「待って待って、一回別れてたの?」
青椒肉絲もどきをご飯に乗せて、なんだか渋い顔をしながら食べているキムラくんに制止をいれる。怪訝な顔をしたキムラくんは首を傾げ、一回ご飯と青椒肉絲もどきを飲み込みきってから指折り数え始める。
「えっと、去年の7月くらいまで由貴さんと付き合ってて、なんか向こうからフラれて、八月の真ん中くらいからボラサーの真壁さんと、直接『付き合おうねー』とかは言わなかったんだけどセックスちょくちょくしてたから多分そういうことなんだろうなあと思ってて、それが今年の1月くらいに真壁さんに彼氏ができるまで続いてて、その後が学科の詩織ちゃんで、詩織ちゃんには好きです付き合ってくださいって言われたから彼女だったんだと思うんだよね、そんで今月の頭に詩織ちゃんと別れて、でこないだ真帆ちゃんに」
「待って待って待ってもういいもういい」
コミュ障童貞コミュニティ極狭人間の僕にはちょっと理解できない言葉の羅列に、思わず広げた両手を突き出し降参のポーズをしてしまう。
その返事としてへらっと笑うキムラくんには、やっぱり意味なんかないのだろう。
「説明させたのやまにしくんじゃん」
「そうだけど、なんというかちょっと僕の想像よりひどかったっていうか、パリピ怖いって言うべき? っていうか一回一回の期間が短すぎない?」
「なんかねえ俺長続きしないんだよねー、『何考えてるのかわかんなくて怖い』んだってさ」
へらへらしたまんまそう言ったキムラくんは「しょっぱい」と言って立ち上がり、キッチンへと向かう。この家のリビング(正確にはダイニング)とキッチンの間には間仕切りめいた薄い壁があるので、姿は見えなくなるが声は筒抜けだ。
「水いる?」
「……いる」
水道水入りペットボトルと共に戻ってきたキムラくんは、自分のコップにどばどばと水を注ぎ、僕に手渡してくる。
水道水をそのまま飲むのはキムラくんの始めた習慣というか、僕は実家でそういうことをしたことがなかったので一緒に住み始めた当初は少し戸惑ったし、実家でも普通に水道水をそのまま飲んでいたらしいキムラくんは戸惑っている僕に対して戸惑っているようだった。
今では慣れたけれど、それでも僕は時々ミネラルウォーターを買う。
「やまにしくんに女の子の話とかしない方がいいのかなって思ってさ、最近そういう話あんまりしないようにしてたんだけど、これからはちゃんと報告されたい感じ?」
「いや、いい、大丈夫」
酷いのか愉快なのかそれとも世間では案外普通なのかわからない交際歴を黙っていたのは、キムラくんの気遣いだったらしい。
彼氏が作れるような女の子は大概僕の発作のセンサーに引っかかるとはいえ伝聞だけなら大丈夫だとは思うが、気を回してくれるのはありがたいかぎりだ。
「あれ、じゃあ逆にさ、なんで急にそんな話しだしたの?」
「それがさあ、真帆ちゃんこの前もうちに来たがってたし、なんかやまにしくんに興味あるっぽいんだよね」
この前、とはあの酔っぱらって帰ってきた日のことだろうか。あのときは友達、つまり「一緒に出掛ける人」だったのが知らない間に彼女にまでランクアップしたらしい。
彼女の定義についても聞いてみようかと一瞬思ったが、これでもし「セックスする人」とか言われたら僕がカルチャーショックで目を回しかねない。
恋愛って、まともな人が僕の知らないところでやる、なんかちょっといいものであってほしいのだ。キムラくんには関係ない、僕の願望である。
あと最早どうでもいいけどもうちょっとぼかした言い方をしてほしい。いやわかるけど、大学生男子が彼女作ってそういうことが無い方がおかしいのだけど。
「でもそれってさ、『僕に』じゃなくて、『彼氏が一緒に住んでる男に』興味があるんでしょ」
「同じじゃん」
「ちょっと違う」
「同じでしょ、俺、やまにしくんとしか一緒に住めないし」
……僕は多分、キムラくんの彼女がキムラくんと付き合いたくなる瞬間と別れたくなる瞬間のことを、同時にちょっとだけ理解できた気がする。
妬ましいとか羨ましいとか好きとか嫌いとか自分のこと一番に考えてほしいとか誰でもいいから笑いかけてほしいとか、そういう人間の機微が分からないキムラくんの笑顔と優しい言葉は、結構、苦しい時がある。
ごまかすように僕もどぼどぼコップに水を注いで飲み干すと、キムラくんは「やっぱりしょっぱいよね」といって笑った。
「これさ、青椒肉絲?」
「一応ね」
「ウスターソース入れるんだよ、そしたら多分こんなにしょっぱいだけにならないと思う」
「……ああー、なるほど」
「今度俺が作ろっか」
「え、いいよ、リベンジしたい」
安かったから、とキムラくんが買ってきたピーマンが残っていたからとにかく千切りにして、豚肉の消費期限が近いのも千切りにして、これって青椒肉絲になるのではないかと思ってとりあえず醤油をぶっかけて炒めただけの代物で、つまり真面目に青椒肉絲を作ろうという気はなかったのだ。
なかったのだが、「物を壊したい」という気持ちを料理にかこつけて晴らしていて、それにキムラくんを付き合わせているようなものなので、おいしいものが作れるのならそれに越したことは無い。
食卓は、僕ら二人がまっとうにコミュニケーションできる唯一の場だ。どうせならまずいものよりおいしいものの話をしたい。
「彼女も料理とかするの?」
「え、どうだろ、そういや聞いたことないかも。でも一人暮らしって言ってたし、してるんじゃない?」
キムラくんの彼女が料理上手ならいいな、と思う。ふたりのために。
おいしいものを食べてる時だけは、キムラくんのぺらぺらの笑顔にも本当に意味がある。
そして彼女が僕のことを嗅ぎまわるのを止めてくれたら言うことは無い。僕のためではなく、ふたりのために、だ。本当に。彼氏が僕のようなのと同居しているとわかって、喜ぶ女の子はいないだろう。
「さっきの話だけど、僕のこと、絶対紹介しないでねって言ったらどうするの」
「え? また『ごめん無理』って言うけど」
「なんかこう、もっともらしい言い訳とかないの」
「『やまにしくんはかわいい女の子見ると発作起こすからダメ』って言う?」
「……言い訳って言ったでしょ、それは事実」
「わかった、なんか考えとく」
いつも通りの意味のない笑顔で頷いたキムラくんに、僕はそう、としか言いようがない。
そしていつか、キムラくんが「おいしかったから」と言って笑顔で彼女の手料理を家に持って帰ってくる日が来るのではないかと少し、ほんの少し、怖くなった。
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