3話 キムラくんとやまにしくんとゲーム
20歳大学生。恋人ナシ友人ナシ同居人アリ。
趣味は料理と、たまにゲーム。
僕とキムラくんが住んでいる部屋のリビング(正確にはダイニングだと不動産屋は言っていた)には、前の住人が置いていったテレビがある。
基本的には僕の発作を防止するために電源を切られている。ただたまに、課題が少なかったり、キムラくんがバイトやサークルで出かけており僕がひとりで手持ち無沙汰だったりするときにはこれでゲームをしているのだ。
イヤホンを耳に突っ込み、中古通販で買った少々型落ちのハードを起動すると、てれん、と気の抜けた音に続いて「CREATURE HUNTERS ZX」のタイトル画面がテレビに映し出される。
ハードもソフトももう5年以上前のものなのでなかなかお安く手に入れることができた。ネット通販さまさまだ。ろくろく普通の店での買い物ができない僕にとっては本物の生命線である。
なおPCをぶち壊した場合その生命線が切れてしまうことになるので絶対にPCでのゲームはしない。その点中古のハードなら万一の発作でゲームソフトごと叩き割っても痛手はまだ少ない。まあ普通に落ち込むけど。
『プレイヤーアバターを製作しましょう』
操作キャラの外見や装備に凝れるのが売りのゲームらしいが僕としてはそういうことは適当であればあるほどいい。サンプルそのままの何の特徴も無い、丁寧に作られているとはいいがたいのっぺりした顔の男性キャラに適当な剣を持たせて、チュートリアルもスキップする。操作方法は付属の説明書で十分。ゲームジャンルは捕獲採集RPG。タイトル通りにクリーチャーを狩って装備品を作ったりするゲームだ。
僕のアバターはのどかな草原に放り出されて突っ立っている。イヤホンをした耳にはガサガサと何かが草むらを動き回る音が聞こえる。アバターから見て3時の方向にぴこん、と黄色いポップが見える。その方向に向き直り、Aボタンで思い切りぺらぺらなグラフィックの剣を振り下ろす!
ぶしゃああ、と草むらを噴き出した血が真っ赤に染めた。
下ボタンでしゃがむと、やたらにそこだけグラフィックの質が良い6本足のウサギの、首なし死体が転がっている。首の断面まで鮮明で、横にはちゃんと首が転がっている。
それを選択して習得しようとした瞬間、びびびびび、と警告音が鳴る。
動きのもたつくアバターを操作して振り返る。
シロクマにワニの下半身を溶接したような巨大なクリーチャーがじっ、とこちらを見ていた。
あ、と思った僕の回避行動より早く、しかし演出上はがくがくとのたついた動きで振り上げられた前足がずしゃ、とアバターの胸をえぐる。どさりとアバターが牧歌的な草むらに倒れる。虚ろな目、抉れて骨と肉を晒す生々しい胸元のグラフィックにフォーカスし、てろてろとやる気のないSEと共に、GAME OVERのテロップが流れていく。
……購入の決め手は型落ちならではのグラフィックの程よい粗さと、堂々のCERO:Z認定も納得の妙にリアルな捕獲済みクリーチャーの解体描写およびゲームオーバー時の捕食ムービーである。
ちなみにレビューサイトでは「ゴアグラフィックに開発費を8割溶かしている」「出血量を盛りすぎ」「即死ゲー」「なぜ怪物の臓物だけ急に解像度が上がるのか」「動物愛護団体から苦情が来ない理由がわからない」「どんな賄賂で表現規制をすり抜けたのか」「トカゲと自分の腸を延々眺めたい狂人向け」と大好評である。平均☆1.9で続編の計画は凍結されたまま発売元会社は倒産した。
レビューを隅から隅まで読んだ後に購入ボタンを押した僕は、断じて自分の分身の腸を眺めたいタイプの狂人ではない。ただ、発作として噴出する前の衝動をどうにかしたいと思っているだけだ。
きれいなもの、かわいいもの、美しいもの、整っているものを見ると壊したいと思う。ただ、我慢しているだけではどんどん衝動はひどくなるだけだ。高校生の頃まではそれもわからず部屋にこもってひたすら我慢をしていたら、最終的には手足が血まみれになるまで家具と窓ガラスを壊し続けるようなひどい暴発をしてしまった。
我慢をし過ぎず何かを定期的に壊す必要がある。壊してはいけないものはたくさんあるから、代替品を探す。手ごろな代替品として、作りこまれたCGの生物はうってつけだ。綺麗とは思えないようなビジュアルの物も多くはあるが、何かを原形をとどめないところまで解体していると目で認識できるだけでだいぶ気が楽になる。
ゲームは、つど雑誌を一冊ボロボロにしたりトマトを限界まで刻んだり卵のパックを丸ごと割ってしまうよりもコスパの良い発作のガス抜き方法なのだ。
「ただいまー」
扉の開く音とともにキムラくんの声が聞こえる。あれ?と顔を上げて壁の時計を見るともう日付が変わるころだった。4時間近く没頭していたことになる。
「あ、ゲームしてる。それ初めて見た」
「こないだ買ったやつ」
「ひと狩りするやつ? のパチモン?」
「さあ……僕流行ってるゲームに詳しいわけじゃないから」
「クソゲー好きってやつだ」
クソゲーじゃない。僕が安心してできるラインのあんまりグラフィックが綺麗すぎなくてかわいい女の子が出てこなくてなおかつ僕独特の需要が満たせるゲームを探すと不思議と世間の評判が良くないだけだ。
キムラくん自身にクソゲーかどうかの判断ができるとは思えないので、多分ゲーム好きの友達がいるのだろう。キムラくんは妙に顔が広い。
「キムラくんってゲームとかするの?」
「あんまりしないなー、あ、でもソシャゲは誘われたらちょっとやるよ。友達に『お前ステータスとバフ倍率の話しかしない』って言われるけどね。でもそこ以外どこで判断したらいいのかわかんないし」
「あー、ステ低いキャラ容赦なく素材にするタイプ」
「やっぱりそういうのって駄目?」
「感じ良くはないんじゃない? それこそいつもみたいにテキトーに『かわいい』とか言っときゃいいんじゃないの」
「あーそっかー、なんか人間じゃないから別にいっかと思ってて」
ご飯にしよ、とキムラくんは僕が作って冷蔵庫に入れておいた夕食を取り出す。今日のメニューは肉と野菜の炒め物、ミンチすれすれの細切れなのはまあいつも通りだ。
レンジで温めたそれとご飯を僕の分まで座卓に並べ、「いただきまーす」とキムラくんはさっさか食べ始めた。
僕もキリがいいところでいい加減にしないとな、と今日最後の獲物に向き直る。
何を思ったのかキムラくんは茶碗片手にテレビの前の僕の横に座って、ゲームを観戦し始めた。いや食事しながら見るもんじゃないと思うけどこれ。
「その足生えた蛇みたいなやつおいしそうだね」
「食べれないよ、そういうコマンド無いから」
「データだもんね」
「そういう話じゃないんだけど……あっ」
始まりの草原からわずか数歩、のたうち回る蛇足の具現化みたいな生き物が「え」と僕とキムラくんがハモるくらい豪快に口を開き、アバターの上半身がばくり、と飲み込まれた。
「わー死んだねえ」
晒される人体断面図を、こういうの健康番組でみたことあるなーあれは白黒レントゲンだったけどなーと流石に直視を避けて細目で見ている僕とは対照的に、のんきなことを言いながらキムラくんはぱくぱく米を食っている。
「……キムラくん、あれもおいしいとか言わないよね?」
「さすがに言わないよ」
茶碗に残った米粒まで丁寧に取っているキムラくんに恐る恐る問うと、顔も上げずにあっさり返される。
「人の死体をおいしそうっていうの良くないって、さすがに学習したし」
前は言ってたの、とか、おいしそうに見えるの、とか。
一瞬聞きかけたあれこれを全部飲み込み、「ごちそうさまでした」と儀礼的に笑うキムラくんに、僕はかろうじて「……おそまつさまでした」と返した。
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