第3話 隣の気象予報士
「あ、おはようデス」
出かけようとして自転車に乗ろうとしていた瀑布子に声をかけてきたのは隣に住む自称気象予報士、日向さん。歳は三十くらい。男である。
かなりの長身で、細いと言うかヒョロいと言うか、そんな体型の人で、黒縁の四角いメガネが特徴だ。
自称気象予報士なのだが、昼間もよく家にいる。本人はフリーの気象予報士になったので、家にいると言っているのだが、どうなんだろうか?いるのか?フリーの気象予報士って?
「おはようございます」
瀑布子はにこやかにご近所挨拶をする。
「自転車でお出かけデスか?」
日向さんは瀑布子の出で立ちを見てそう言った。
「ええ!」
瀑布子は自転車で出かけるのでフル装備していた。UVカットの白いウィンドブレーカーに手袋、赤いUVカットマフラー、赤いUVカット手袋、そして主婦必携のUVカットの漆黒のフェイスバイザーである。ぱっと見アニメや特撮のヒーローに見えなくもないので、近所の子供達には密かにヒーローと呼ばれている。
その格好で前後に買い物カゴをフル装備した愛車のトキワ号(近所のトキワ自転車で買ったのでそう呼んでいる)にまたがり、今まさに漕ぎ出そうとしていたところだった。
「今日はにわか雨が降る可能性があるので、自転車で行くのでしたら、合羽とかポンチョとか持って行った方が良いデスよ」
「あ、そうなんですか!」
「んー、風吹いて来てマスねー。来るかなー雲ー?」
日向さんは指を立てて空を見回した。
一応、日向さんの予報は当たる。確率的には70%ぐらいだろうか。一応聞いておいた方が良い。隣に気象予報士が住んでいると何かと便利である。……と、そこで瀑布子は気が付いた。もしかして豪雨がいつ降るか分かっていたり……?
「あの、最近豪雨多いですよね?」
「ああ、そうデスね。ロシア方面から寒波がですね、今年は上からズーッと、ズズズーッと押して来てデスね、そこに南から熱帯低気圧ってやつがデスね……こう……」
瀑布子は要らぬスイッチを押してしまったのを少し後悔した。
「あの、もしかして、いつ雨が降るのかとか分かります?」
「ああ、そうデスね。最近は『雨雲くん』とか便利な雨雲レーダーのウェブページがありますね。あと、スマホお持ちなら似たようなレーダーアプリが沢山あるようデスけども……」
「ああ、いえ、そうじゃなくて……あの……豪雨……とか……」
「……豪雨デスか?」
日向さんは少し怪訝な顔をした。無理もない。極普通の主婦が、ただの雨のことならまだしも、降ってもいない豪雨のことを聞くのだから。
「んーそうですね。遠くから流れてくる雲ならばある程度は予想できますが――」
「予想できる?」
「――大気が不安定な時に出来るゲリラ豪雨はなかなか予想が難しいデスね」
「なるほど」
豪雨特売はどっちだろうか?瀑布子は考えた――割引率から考えると長時間やると店の方がマズそうなので、突発性の方が確率は高そうだが――どっちも有り得る。分からない。やはり情報が足りていない。もっと情報を収集しなければ。
「豪雨ってどうしてまた?もしかして、雨宮さん……気象……お好きデスか?」
日向さんが黒縁メガネの奥から興味深げにこちらを見つめた。
「あ、いえ、ちょっと人から……豪雨に遭ってずぶ濡れになったって話を聞いて気になったもので……」
「ああ、なるほど。豪雨……うーん、大変興味深い大気現象デスよね。あ、そうそう、興味深い大気現象と言えばデスね――」
あ、面倒くさい。瀑布子はそう感じた。ここは誤魔化して情報収集に急がねば。
「あ、ちょっと今急ぎの用事がありますのでこれで……オホホ。お買い物に!」
「ああ、それは残念デス。今から話すところが実に興味深い、世界の深淵を示唆する大事な要点デスのに……あ、深淵と言えばデスね……」
瀑布子はペダルにグイと力を入れた。トキワ号は自重二十キロとは思えない猛烈な加速をし、日向さんの何か大事そうな話がだんだん遠く小さくなって行った。
雨を降らす者 kumapom @kumapom
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