第2話 スーパーサンサン

 大通りから一本内側の住宅街にサンサンはあった。

 店長の日ノ出虎夫は店の奥で商品を並べながら、店内の閑散とした様を横目で見つめていた。

「はあ……」

 売り上げが伸びないのである。


 立地的には近所に団地があるので、人は一応来る。しかし、全然目立たない小路にあるので、来ない人は全然来ない。多分気づいてもいない。かなり常連さんばかりである。

 看板がもう少し大きければまだマシなのだが、十数年前に作ったアクリルの小さい看板があるだけで、すぐ近くまで行かないと見えない。

(じいちゃん、何でここに店建てたかなぁ……)


 祖父から受け継いだこのお店、元は「日の出商店」と名前がつけられていたのだが、虎夫は、それは今時じゃ無いからカタカナの名前、出来れば英語の名前にしようと言い出し、祖父の反対を押し切りサンサンと言う名前にしたのだった。もっともサンサンは英語のようで英語で無いのであり、単に擬音なのかもしれなかった。しかし、虎夫はそこには気づいていないようだった。


 サンサンは敷地面積200坪ほどの小さなお店で、個人商店と言っても過言ではなかった。客が数十人もくればいっぱいいっぱいになってしまうような感じだ。


「どうしようかねぇ……今月も売上カツカツだよ、鯉ちゃん……」

「店長、チラシ配りましょうよ、大通りで。大した距離無いんだから。知名度の問題ですよ。宣伝宣伝!宣伝第一!」


 店長と話してた細面の男は、販売マネージャを務める大池鯉三郎。虎夫の同級生で、ツテでこの店に潜り込んだクチである。当然実力は推して知るべしである。どっちかというと口の方が達者。得意技は店内アナウンス。煽るのが仕事と言ってはばからない。


 そういうマネージャに相談をする店長もどうかと思うのだが、この店は小さいからしょうがない。従業員と呼べるのはこの販売マネージャの鯉ちゃんと経理担当の妻の貞子ぐらいしかいない。あとはパートのおばちゃんやらお兄ちゃんやらが数人ローテーションで回しているばかりである。


 あとは娘の清美。たまに手伝ってくれる。まだ高校生なのであまり頼りには出来ない。相談は出来るが、使っている言葉がよく分からない。日本語のようだが、どうも使っている単語が違う。雰囲気で言っていることは分かるのだが、要点しか分からない。世代間の断絶とはこのことだろうかと虎夫は嘆いている。


 妻の貞子は一応理解しているようで、時々同じ言葉を使っている。もしかして夫婦の間も断絶が進むのかもしれないと密かに憂える虎夫だった。


「チラシ……そうだな、でもそれだとセールでもやらないと」

「セール!……いいっすねぇ!それですよ店長!やりましょうよ!パーッっと!パパーッっと!」

「そうは言っても売上とセール品のバランスが……何安くするんだよ?」

「そうっすね……米とかどうです?単価高いから、売れると売り上げグッと上がりますよ」

「米なんてそんな簡単に腐らないだから、安売りしない方がいいんじゃないか?」

「じゃあ、野菜とか肉とか!これなら在庫もハッピー!ハッピー!」

「ああ、そうだな、傷みやすいからな。いいかもしれないな」

「惣菜とか!」

「惣菜は手間かからるからダメだろう。トータルで考えるとコストが高い」

「そうすか……」

「まあ生鮮食品が無難だな。じゃあ、品目決めてチラシ刷って……ああそうだ、貞子!貞子!」

 虎夫は妻の貞子を呼んだ。


「ふぁいふぁいふぁいふぁい……」

 奥でテレビを見ていた貞子が面倒くさそうに煎餅を咥えながら出てきた。

「ふぁに?」

 煎餅を咥えながら喋っているので、日本語になっていない。

「……お前、とりあえず煎餅なんとかしろよ。食え。とっとと食え!」

 虎夫がそう貞子に諭す。言われた貞子は上を向きながら煎餅をバリバリと咀嚼して飲み込んだ。

「ごく……はい、オーケー。食べ終わったよ。で何?」

 虎夫は何か言いたげに貞子を横目で見つめながら話し出した。

「……セールやるから!」

「セール?安売りすんの?」

「売上上げる施策!」

「……下がらなきゃいいけど……」

「鯉ちゃんがさ、品目決めるから、パソコンでちゃちゃっとチラシ作って!」

「経理担当なんだけどナー……で、いつまで?」

「ああ、そういや、やる日決めてなかったな。印刷どれぐらいかかる?」

「田中印刷さんに聞いてみないと詳しくは分からないけど、部数少ないなら三日ぐらいで出来るんじゃ無い?」

「今日が月曜だから……セール今週末でどうかな?鯉ちゃん?」

「いいっすねぇ!土日セール!売り上げバンバン!やりましょう!」

「んじゃ、あたし田中印刷さんに聞いてくるわ」

 そう言うと貞子はサンダルのまま表へ出て行った。

「じゃああっしは奥で品目決めて来ますんで」

 そう言ってブツブツ言いながら奥の事務所へ入って行った。

「いいねぇ。ここから俺のレジェンドが始まるのかな?ンフフフフ……」

 虎夫はまだ見ぬ売上に胸をときめかせるのであった。

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