雨を降らす者

銀河星二号

第1話 豪雨特売の噂

「豪雨特売……?」


 若き主婦、雨宮瀑布子あまみやたきこは、ネットを徘徊していて奇妙な言葉に出会った。それが「豪雨特売」であった。妙な響きだと思ったが、とりあえず”特売”の2文字に惹かれた。


 それは主婦が集まる口コミサイト「剛腕シュッフ」に書いてあった。

 何でもスレッド主によると、豪雨の日に限って秘密裏に特売をする店があると言う。豪雨が降っている間だけ、5割引から8割引になるらしい。

 一種の投げ売りだろうか?それとも単に口コミ狙いなのだろうか?

 瀑布子は目を輝かせた。これが分かれば、家計が相当浮くかもしれない。

 幸いにも、最近は突然の豪雨が多い。時には一日中降ることもある。近くチャンスはあるはず。


 瀑布子は二十五歳。地元女子校の時に出会ったイケメン教師に一目惚れし結婚した。まだ子供はいない。イケメンであったが故に惚れたのだが、しょせん地方教師。しかも若い。給料はたかがしれている。しかも瀑布子は食べ物に目が無い。これはご褒美、これもご褒美と毎日自分へのご褒美の献上に日夜勤しんでいた。

 一つ数百円から千円ぐらいではあるが、毎日あると結構な額になる。

 当然、家計は火の車である。何とか回したい。せめて次のボーナスまでは何とか持たせたい。そこにこの朗報である。


 瀑布子は、しばらくぼうっとパソコンの画面を見つめて何かを考えていたが、意を決してサイトに書き込んだ。


「それどこですか?」


 しかし、なかなか返答は無かった。思わずリロードしてしまったので、質問が二重投稿された。慌ててブラウザを一旦閉じた。もう一度ブラウザを立ち上げて行ってみるとスレ主の返事が書いてあったが、それは実にそっけなかった。


「私も、噂で聞いただけなので、店は良く分からないんです」


 瀑布子は諦めずに食い下がる。

「何かヒントになるようなものは無いんですか?」

「うーん?あったかなぁ……?」


 他の人も書き込んだ。

「サニーマートじゃない?」

「デラックスライフ?」

「もしかして、スーパーじゃなくて、地元のお店?」

「そう言えば、その辺に地元密着のコンビニ無かった?もしかしてそれ?」


 しかし、スレ主は分からないの一点張りだった。

 だが、スレの人々も食い下がる。すると、あることを言い出した。


「そう言えば……看板に赤色が入ってたとか……聞いた話ですよ?」


 赤色……瀑布子は考えた。サニーマートは太陽のマークだ。赤が入っている。可能性が高い。デラックスライフは緑にオレンジ。違う。もっともデラックスライフは高級スーパーだから、割引されてもあまり安くはならない。どっちにしろ対象外だ。あとは……。


「サンサン!」


 サンサンとは瀑布子の地元、とは言っても隣駅ににある、えらくマイナーなスーパーのことである。時々とんでもない掘り出し物がある所だ。普段は特に安くは無いので、近所の人から安かったと聞いた時だけ頑張って自転車を走らせて行く。

 サンサンの看板もまた、太陽をモチーフにしている。白地に海が描いてあって、トビウオが跳ねており、海から笑う太陽が昇っている。太陽、つまり赤だ。条件に合っている。


 瀑布子は考えた。自分のカンは、サンサンだと言っている。もちろん、論理的に考えると赤色の入った看板なんて他にも結構ある。どれも可能性はある。しかし、サンサンが怪しい……何より近所だ。ここは一つ、調査という名の買い物に行ってみようか……?


 時刻は午後3時。夕方には普通は夕飯セールがあるはずだ。

 瀑布子は冷蔵庫を開け、食材のチェックをした。あるのは納豆、挽き肉、もやし、きゅうり、トマト。

 そう言えば晩御飯のメニューを決めていなかった。何にしよう……これで出来るもの……そうだ、麻婆豆腐!豆腐を買って挽き肉を使えば麻婆豆腐が出来る!よし、お豆腐を買いに行こう!


 瀑布子は鏡台の前に座り、化粧を始めた。

 たかがスーパー、されどスーパー。主婦に外に7人の敵はいないが、7人以上の近所の目がある。外に出るからには化粧をして飾らないといけないのだ。

 準備の出来た瀑布子はさっそくサンサンへと出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る