63 入口階(地上三階)

「なるほどな……」


 ヴァルムの呟きに、ビヒトは我に返った。

 明るくなった室内をもう一度見渡しながらヴァルムに近付く。


「知ってたか?」

「知る訳なかろう。アイツにここまで案内してもらったこともあるが、それだけだったぞ」

「中は?」

「入ったことはあるようだったが、先には行かねえ。興味もねえようだ。ちびにゃあ危ねえから、連れ出したのは多分そのためだ」

「興味ない割には……よく……」


 明るくなったホールの中央に下へと続く階段があった。覗き込むとぐるぐると螺旋状に続いている。

 ヴァルムも一緒に覗き込んで、階段手前にある細い溝を剣で指した。


「いつもはそこに格子状の柵が出とる。乗り越えられる程度のものだが、防犯的なものなんだろう。お前さんがから、一部の防犯機能が解除されたんだ。魔力を流したんだろう?」

「ああ……」

「アイツは偶然魔法でも当てて同じようになったことがあるのか……ヌシなら、知っとるかもしれんから、見たことがあんのかもな。考えてみりゃあ、持ち出したもんが魔力に反応するように作られとるんだ。施設だってそう出来とっておかしくない。だいぶ使うのか?」

「いや。大した量じゃない」

「んなら、先も頼む。少し楽になるだろう」


 頷くビヒトの腕を軽く叩くと、ヴァルムは踵を返した。


「これは下りないのか?」

「それは途中で崩れとる。二階下の大ホールに続く階段だが、使えねえ。大ホールには外から回れば入れるが、特に変わったもんはねえから、今は行かん。見学したいなら、探索終わってからゆっくり見りゃええ」

「建物は剣みたいに壊れない材質じゃないのか……」


 ヴァルムの後に続きながらビヒトが足元を見下ろすと、ヴァルムが少し呆れたように笑った。


「加工できないものは使えんだろうよ。剣だって、作ってから細工しとるに違ぇねえ。建物程の大きさの細工は出来ないのか、出来るが必要ないのかは判らねえが。崩れてんのは木の根が入り込んでるからよ。入口は3階程度の高さがあって免れとるが、2階付近が一番浸食が激しいな。1階に当たる大ホールも三分の一は潰れとる。植物の力は侮れん」

「そうなのか……確かに建物自体に木が生えてたりしてるもんな」

「地下に水が染み出したり溜まったりしとるとこがあるから、そういうとこまで根を伸ばしとるんだろう。わしが落ちた床も少しずつ歪んだための結果かもしれねえ」


 ホール奥まで進んで行くと、左右に通路があった。ヴァルムは左側の通路に進んで行く。


「こっちなのは、理由が?」

「まあ、ぐるっと繋がっとるから、どっちでもいいんだがな。下に降りる階段が東奥の左右にあって、右の方、建物の南側になるんだが、そっちは崩れている箇所が多い。少しでも安全な方を行くならこっちってだけだ」


 通路に入ると、外側の壁には四角い穴が開いていて自然光が入り込んでいる。天井に目を向けても、ホールと同じようにほんのり発光しているようなので、陽が落ちても困らないに違いない。

 建物奥、東側に通路を折れて進んで行くと、右手にいくつかのドアが並んでいた。


「ここは?」

「前は鍵がかかっとるのか、開かなかったから調べてないが……開くかもしれねえな」


 ちょっと顎に手をやったヴァルムだったが、そのままひょいと取っ手に手をかけた。


「お、おい。気をつけろよ」

「大丈夫だ。地上部分はさほど危ない仕掛けはねえ。散々調べられとる」

「でも、今まで開けられなかった所だろう?」

「さっきので開くようになったのなら、もっと安全だ」


 言いながら引き開けたドアの向こうから、少し黴臭い空気が漂ってきた。

 覗き込んだヴァルムは中に入るでもなく、隣のドアに足を向ける。

 ビヒトもそっと部屋を覗いてみた。明かりはなく、薄暗かったが、応接室といった雰囲気だった。


「ビヒト」


 呼ばれて、ビヒトは振り返る。

 ヴァルムはすでに並んでいたドアをすべて開け放って、最後の部屋の前でビヒトを待っていた。

 通りがかりに他のドアも覗いたが、どこも同じようなつくりだった。


「さっきみたいに、明かりが点くと思うんだが」


 ああ、とビヒトはカンテラを灯して手前の壁を調べてみた。手の届く範囲だろうから、と当たりをつけてよくよく目を凝らす。


「この辺かな……」


 ほとんど勘でほんの少し魔力を流してみると、やはり壁から天井に魔力がめぐる気配がして、ほんのりと明るくなる。壁にボードのようなものがかかっていて、真ん中に置かれた机と、それを挟み込むように置かれたソファ。他は小さな棚くらいしかない。

 ヴァルムがずかずかと入り込んで棚を覗き込んだが、そこにも特に変わった物はないようだった。

 ぐるりと部屋を一周して戻ってきたヴァルムがドアを潜ると、明かりはふっと消えた。


「ちょっと、少なすぎたか」

「いや」


 ヴァルムがもう一度部屋に足を踏み入れると、ぼんやりと明かりが灯る。


「魔力か、部屋の中の人を感知しとるんだろう。あまり使わない部屋は個別で管理しとったのかもな。魔力節約、かもしれねえ。応接室か会議室みたいな感じだから、さもありなん」

「そうだな。これだけ大きな建物を動かす魔力なんて、どれだけかかるのか想像がつかないな。地下も結構深いんだろう?」

「多分な。十階くらいまではあると思うぞ。明かり係とか、暖房係なんてえのがいたのかもしれねえなぁ」


 がははとヴァルムは笑った。


「奴隷的な?」

「さあな。犯罪者から魔力だけ搾り取って使っとったのかもしれんし、意外と全員が少しずつ魔力を何かに溜めて使ってたのかもしれん。転移陣を使う時のようにな。わしには縁遠くてよく解らん」


 よく解らん、と言いつつ、ヴァルムの言葉は的を射ているような気もした。

 今と同じように魔力で個々が見分けられるのなら、入口で通行証代わりに魔力を献じていたということも考えられる。大ホールがあるということだし、入口階のつくりを見ても、少なくとも地上部分は公共的施設だったのだろう。お金ではなく、魔力を献ずることで使える施設だった可能性も大きい。


「その道の人間なら、調べたくてたまらないだろうな」

「お前さんもか?」


 笑いながら奥へと向かうヴァルムをビヒトは慌てて追いかける。


「気にはなるが……もう使えない物を突き詰めてもな……陣とか見つかればまた話は別だが」


 アレイアの研究方面の人材を何人か思い浮かべて、彼等を案内しようとした時の労力を考えると、ビヒトは頭を横に振らざるを得なかった。


「んなら、黙っとる方がええなぁ。面倒なことになるとしか思えん」


 実際、面倒なことになった人物の言葉は重い。帝都からの調査隊も、魔力で動く仕掛けのある建造物だとは気付かなかったのだ。魔道具を作り、広めているのは、魔力を上手く使いこなせない人でも便利に暮らせるように。魔力を使うのが当たり前の生活は想像できなかったということだろう。

 ビヒトでさえ、示されて、試して、目撃して、ようやく、だ。


「魔法以外に魔力が使えると思ったことがないからな……」


 自嘲気味な呟きを、ヴァルムは鼻で笑った。


「現代では誰しもそうだろうよ。手のひらで仰ぐと風がおきる。そんなことは誰も後世に残さねぇ」


 乱暴な例えに、ビヒトも少し笑う。

 南側に抜ける直線の通路を横目に、ヴァルムはその奥にある階段を目指していた。

 階段は下へと続くものだけで、上階に行くものは見当たらない。


「この上は、何もないのか? 見た感じでは上の方は物見台みたいになってる気がしたんだが。外から回るのか」

「外からはちっと難しいな。上からロープでも垂れてりゃ行けないことはなさそうだが……どこからか行けるとは思うが、今のところどう行くのか分からねぇな」


 ヴァルムは階段を下りはじめたが、こちらは明かりが点いていない。下を覗き込んでも暗がりなので、流した魔力はそのフロアにしか影響しないのかもしれない。

 ビヒトはカンテラを持ち直してヴァルムの後を追った。




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