13 派手な男
ぽつぽつと通り魔の噂を聞きながら、ビヒトは小高い丘陵地帯の小国、コルリスに足を踏み入れた。
城が一番高い場所に建っていて、国中どこからでもそれが見える。小国ならではの長閑な雰囲気に、通り魔の噂は少しばかり影を落としていた。
「おい、にーちゃん、悪いことは言わん、それ、外しとけ」
そんなことをこの国に入ってからビヒトは何度となく言われていた。
この辺りではもうファッションではなく、度胸試しとか、そんな意味合いになっているようだ。
「噂の通り魔だけじゃなく、着けてると襲われても構わねえってことで、喧嘩を吹っ掛けてくるやつらが増えた」
どうりで。とビヒトは小さく息をつく。
あちこちから小さな悪意がビシビシと飛んでくるのだ。
これは一般の酒場には入らない方がいいなと、ビヒトは
ある程度以上の冒険者には暗黙の了解だ。
面倒事を面白がって群がってきた輩と、関わり合いたくない者、両極端な顔ぶれだった。
ビヒトは受付の列を見つけて、おとなしく並ぶ。
「部屋は無い」というお疲れ気味の職員の顔に彼は同情しつつ、毛布だけでいいと交渉する。訓練場の隅でも屋根があればマシだった。
同じような冒険者は多いのか、すんなりと毛布が貸し出される。
すでに壁際などいい場所は埋まってしまっているので、ビヒトはどこがいいかとゆっくり歩きながら場内を見渡した。
成人までは少し小さいくらいだったビヒトは冒険者を始めてからかなり身長が伸びた。今では平均よりも頭一つ高いくらいになっている。だから、こういう時スペースを確保するのが少し大変だった。
歩いているうちに、耳飾りへ皆の視線が集まるのが分かった。
見る者が見れば、宝石との違いやその価値も判るに違いないが、今はそれとは少し違う雰囲気だった。
「ビヒト」
囁くような呼びかけに、思わず視線を向ける。
それはビヒトにかけられたものではなかったようだ。
赤い石の付いた派手な耳飾りを着けた男のその耳元に、傍の者が何か囁きかけている。
囁きかけられている方は頭に巻いた布も宝飾品で留めていて、良く見れば首飾りも指輪も何種類か着けていた。顔はそこそこ。女好きそうだな、とビヒトは勝手に思った。
目が合うと、彼はにやりと笑って立ち上がり、真直ぐにビヒトに近づいてきた。
ビヒトも足を止める。
彼はビヒトの耳飾りを舐めるようにじっくりと観察してから、朗らかな声を出した。
「やあ。君、今この辺りでどんな噂が広がってるのか、知ってる?」
「まあな。通り魔が出るんだろ?」
言いながら、ビヒトも彼の身に着ける宝飾品をチェックした。羽のような装飾のごてごてとした耳飾りはよく判らないが、首飾りと腕輪は護身具だ。指輪はどうだろう。裏に術式が彫り込まれている可能性が高いか。
となると、上着も耐火性の布かもしれない。足元はごついブーツを履いている。
見かけだけでチャラい冒険者まがいの人物だと評すると足をすくわれるタイプだ。
にこりと笑うと、彼はビヒトの耳飾りを指差した。
「わかってて、外してないんだね」
「あなたも」
少し目を細めた彼は、しばしビヒトを見つめた後、軽く舌なめずりをした。
「僕と、試合、しない? それ、欲しいな」
「あなたの趣味じゃないでしょう。それに、これは大事なもらい物だから譲る気はない」
「細工は後で変えられるし。……うぅん。そう、でも、危ないよ? 誰か分からない人に盗られちゃうくらいなら、僕と試合して譲ってくれた方がちゃんと使ってあげられるのに」
「ご忠告、ありがとう」
再び歩き出したビヒトの前に差し出された足を、気付かぬ振りで踏みつける。
フン、と鼻で笑う声が聞こえた。
そのまま離れようとしたビヒトに、水の塊が飛んできた。
ひょいと避けて、気にせずに歩き続ける。三発目を避けたところで、癇癪を起こしたように水の塊だった攻撃が水の刃になった。
剣を抜いて、それを床へと弾く。土が盛ってある訓練場の床に、ざっくりと足を広げたくらいの大きさの一文字線が刻まれた。
「喧嘩の売り方は考えろ。他のやつらに迷惑だ」
睨みつけた先には、先程派手な彼に囁きかけていた男が少し青褪めていた。
場内は一瞬静寂に包まれ、それからざわめき始める。
「見たか?」
「弾いたな」
「
「どうやるんだ?」
「魔力を武器に被せるって話は聞いたことがある」
「斬るやつがいるって話も聞いたぞ」
「それは無理だろう」
「見たやつがいるんだって!」
ざわめきを拾って、ヴァルムだなとビヒトは心の中で突っ込みを入れる。
派手な男が、魔法を撃ってきた男を庇うように立ち、軽く頭を下げた。
「ごめん。僕から謝るよ。それ、着けてるのも伊達じゃないんだね」
ますます欲しい。そう、音のない唇が動いた。
「僕はビヒト。お詫びにこの場所を譲るよ。ゆっくり休んで。次に会ったら、試合、してね」
壁際の一角から、彼は友人を連れて離れ、そのまま外へと出て行った。
ビヒトがありがたくその場所に陣取ると、どこからかエールや葡萄酒を持ち込んだ冒険者たちに囲まれて、結局遅くまであれこれと話をするはめになったのだった。
酒の抜けきらないまま朝を迎え、ビヒトは昼まで訓練場にいた。
二日酔いで……というわけではなく、何人かに訓練に誘われたからだった。
妙な試合を持ちかけられる訳じゃなかったので、それらには快く応じていた。
昨夜から聞いた話を纏めると、ビヒトと名乗った派手な男は七日ほど前からここにいるらしい。相棒は魔術師で、ちゃんと記章も持っているとのこと。
魔術師で冒険者というのはなかなか希少だったりする。優秀な魔術師は大抵国が抱え込んでいるからだ。そこそこくらいの魔術師だと相棒が良くなければ生き残れない。きちんと連携が取れなければ味方に魔法をぶつけることになるので、相性も大切だ。
リスクが高い仕事よりは、魔法陣や護身具を作って売る方がずっと収入も安定する。
それを選んでいないのは、性分なのか、一獲千金を夢見た馬鹿者なのか。
彼等は良き相棒なんだろうか。連携を考えると二人を相手にするのは大変かもしれない。
ビヒトはそんなことを考えながら相手を投げてしまったので、うっかり手加減を忘れてしまった。
見物人達に受け止められて、相手は苦笑いだ。
「すまん。ちょっと力が入った」
「いや。力量差がわかるな。ありがとう」
差し出された手を握り返す。
「あんたなら心配ないかもだが、あの、ビヒトとかいう奴等には気をつけろよ。向上心があるのはいいんだが、強そうな奴にはしつこいくらい絡んでいく。魔術師を連れてるのも厄介だし……負けたやつから必ず記念品を巻き上げるからな。昨日みたいに相手にしないのが一番だ」
「名前、本名か?」
「さあ。『ビヒト』は赤い石の耳飾りと共に増えたしな。違っても不思議はないな。そういえば、あんたはなんて言うんだ?」
素朴な質問に、ビヒトは曖昧に笑った。
「今は名乗りたくないな」
きょとんとして、握手をしていた青年は少しだけ首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます