第29話 リュフトシュタインの癒し
あれから一夜明け、私は今日もお母様と一緒に祈りの塔に来ていた。朝早い時間にも関わらず、入り口の外からでもわかるほど、祈りの塔の中はたくさんの人でごった返している。
さすがに七の日は、祈りの塔の神官以外は仕事をお休みする日なのでわざわざ祈りの塔に来る人はそれほど多くないし、来る人たちも長居したり神官に説教を頼んだりしないですぐに帰って行く。だからこそ、私も周りを気にせず一日中好きなだけ練習ができているのだが……
ここのところ一の日から六の日は、毎日のように朝早くからたくさんの人が祈りの塔に来るようになった。風の噂で聞いたが、リュフトシュタインを聴くために領都の多くの店や工房で、その日の仕事を始める時間が少し変わったそうだ。大したことじゃないかもしれないけれど、自分がやっていることが多くの人に影響を及ぼしていると思うとなんだか恐ろしくなってしまう。
……まあ、リュフトシュタインを使っている時点である意味全世界に影響を及ぼしているんだもの。今更領都で始業時間がちょっと変わるくらい、気にしてもしょうがないのかもしれないが。
私は、ただ目立たずにひっそりと生きていたい、追放死亡ルートが回避できればそれでいいのに、なぜこんなにもささやかな願いが叶わないのか……。もはや内心苦笑いを浮かべながら、今日も満員御礼の祈りの塔へと足を踏み入れた。
いつも通りリュフトシュタインの椅子にちょこんと座ると、ほんのわずかな時間だけだが、7時になるまでの間にリュフトシュタインを無音の状態にして鍵盤でウォーミングアップを済ませる。手足、そして手指を温めたところで、いつも通り『主よ、人の望みの喜びよ』から演奏を始めた。
これから王都に向かうにあたって、私は自分でもリュフトシュタインの音色を聴きながら今までのことを思い出していた。思えばいきなり死んで、ソフィーになって、呪いをやっつけて、お母様に抱き殺されそうになって、ソフィーの代わりに勉強するようになって、女神の使徒になって、みんなに誕生日を祝ってもらって、リュフトシュタインと仲良くなって、いずれ世界中のリュフトシュタインをなんとかしろとか言われて、今日はこれから王宮に行くことになっていて……
居候転生してからたった1か月しか経っていないのに、数年くらい経ったじゃないかと思うくらい怒涛の1か月だった。私は、ソフィーは、少しは変われただろうか? 私たちの運命は少しでも変わってきているだろうか? 王宮に行っても大丈夫だろうか?
私には前世で叶えられなかった夢も、ソフィーとの約束も、そして今守りたい人たちも場所もある。まだ運命には負けられない。消えるわけにもいかない。
ともすれば、今日のこの後のことを考えて不安で押しつぶされそうになる心を、リュフトシュタインから溢れてくる美しい音色が優しく包み込んでくれる。温かいなにかが私にそっと寄り添って、大丈夫だよと微笑みながら励ましてくれたかのように、心の中の不安がほろりほろりと溶けていく。
私は自分が演奏するリュフトシュタインから流れる、8分音符の3連符で刻まれる心地よい刻みに耳を傾けながら、今日に限っては彼らがどうやって『生き物を癒す』のかを身をもって実感していた。
演奏しながら自分自身も癒され、根拠はないがすっかり前向きになった私は、1曲目を終えて全てのコンビネーションをリセットした。そして2曲目の準備を始める。
「パル爺、次はまた新しい曲にするから一旦リセットしたよ。それで、えっと……またストップの場所を教えて欲しいんだけど……
私は使う可能性のあるストップの音色と番号を次々と挙げていく。ちなみに、2’とか4’といった数字はフィート数のことだ。1フィートは30.48cmで、この数字が上がれば上がるほど長いパイプということになり、数字が小さいと高い音程、大きいと低い音程の音が鳴る。
この数字の中で、楽譜の表記と同じ音程が鳴るのは基本的に8フィートのパイプだ。同じ音色のパイプでも、4フィートはその1オクターヴ上、2フィートはもう1オクターヴ上となる。そして16フィートや32フィートのパイプは、8フィートから1オクターヴずつ低い音程が鳴るのだ。そのおかげで、同じ楽器の音色を使ったとしても音程を重ねることで深みのある、重厚な音色を奏でることができる。
「violonbassは本体にしかないのでな、足鍵盤はsubbassの16’でよいなら足元の一段目の右から2番目のストップじゃ。足鍵盤で16’の音程が欲しいなら、principalと
principalの8’は第1手鍵盤と第2手鍵盤の両方にあるからの。左のその光っておる2本のストップじゃ。そのうちの右が第1手鍵盤じゃからの。octavの4’は右手側の左から2番目の列の上から3番目じゃ」
「fluteの2’、4‘、8’は、てけんばんのいちだんめならこことここなの。にだんめならあっちなの。はやくおぼえるのー。まいかいおしえるのめんどくさいのー」
パル爺とフルフルがそれぞれ場所を具体的に言ったり、レバーを光らせたりしながら教えてくれる。確かに、ぶつぶつ文句を言いながら教えてくれるフルフルの言う通り、さっさとレバーの場所を覚えるべきなのだが……
いかんせん、楽譜以外の記憶力は特別良いわけではない。しかも、ストップレバーは規則正しく並んだ全く同じ見た目のレバーで、多分70本くらいある。最初の時みたいにいちいち1本ずつ毎回鳴らして、自分の欲しいストップを探すのは大変だ。
基本的に1度弾けばコンビネーションごとリュフトシュタインが覚えてくれるのだ。自分で覚える努力を完全に怠っていたし、以前弾いていた、大学の講堂にあるドイツ製中型のパイプオルガンのストップの位置とつい間違えることもあり、初回から数日経ってもこうして不安で聞いてしまう。これはいけない。次の七の日には、筆記用具を持ってきて自作のストップリストを作って覚えよう。うん、そうしよう。
「おいおい、あんまりいじわる言うなよな。こいつの仕事は俺たちを使うことであって、別にレバーの位置を覚えることじゃないだろ?」
「はあ、そうさね。わからないなら聞けばいいさ。毎日魔力をもらう分、この程度の手助けくらいしてもいいさ。それにね、この子はまだ小さなこどもなんだよ。もう少し優しくしてもいいさね」
そう考えていると、頭の中で私をフォローしてくれる声が聞こえてくる。おお、トラ兄とスト姉が思いのほか優しい。そうだった、私は今、外見は5歳だからね。確かに、5歳の子どもに自力で読めないストップリストの音程と音色を正確に暗記しろとか鬼畜だわ。中身は大人だからあんまり甘えてはいけないと思うけれど、2人の配慮に感謝しておく。
「トラ兄、スト姉、フォローしてくれてありがとう。フルフル、何回も聞いてごめんね。私もがんばるからまた教えて?」
私は手を動かしながら小声で話を続ける。使いそうなストップは一応音を出して確認しつつ、4人にその他のストップレバーの位置も聞きながらセッティングをし、一つひとつコンビネーションを記憶させていく。
「いじめてないのー。めんどうだけど、おしえるのはいやじゃないのー。まいにちごはんくれるからちゃんとおしえるのー」
フルフルはあっけらかんとしながら、ちゃっかり私をご飯扱いするのは忘れない。ほんとぶれないな。そう考えて内心ちょっと笑いながら、私は鍵盤とストップのセッティングを終えた。
そして今度は音量調節のために、今回の曲の冒頭の
「よし、準備できたよ。パル爺、今回の曲は『
私はそう伝えると、敬愛するモーツァルトがその生涯で最後に作曲した教会音楽であり、天にも昇るようなその美しいメロディーをハルモニア様に、そしてここで音楽を聴くすべての人たちに向けて奏でようと、手足の鍵盤の上でそっと構えた。
W. A. モーツァルト作曲 『Ave Verum Corpus』
この曲はモーツァルトが作った合唱曲としてレクイエムと並ぶ傑作と称されているが、この曲名と歌詞自体はモーツァルトが作ったものではない。
『Ave Verum Corpus』はキリスト教の讃美歌の一つであり、一説には14世紀の教皇インノチェンティオ6世が詩を作ったと言われている。この詩に合わせて様々な作曲家がメロディーを付けて讃美歌として曲を作り上げており、モーツァルトもそのうちの一人だ。
モーツァルトの『Ave Verum Corpus』にはたった46小節しかなく、実質3分程度の短い曲だ。それにも関わらず、曲中で4回に渡る絶妙な転調とそこから紡がれる厳かで澄み切った響きは、一部でモーツァルトが自身の死期を悟っていたのではないかと言われるほど、天にも昇るような穢れのない美しいメロディーだ。
混声四部合唱に、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス、そして通奏低音としてのパイプオルガンで編成されたこの曲を、私は合唱の声の柔らかさに合わせて敢てフルート系の音色をメインで演奏する。
『……Ave, Ave verum corupus, natum de Maria virgine,』
私は、ラテン語の歌詞を口ずさみながら曲を弾いていく。個人的に、この歌の音としての響きが好きで、この曲を知ったころはよく音源を真似して歌っていたものだった。
これには、別の神様自身の名前は出てこない。歌ってもハルモニア様はきっと怒らないって信じている。歌詞の内容は、キリスト教の神様への感謝と賛美、それから来る試練を知らせてほしいとかそれに備えたいとか、そんな感じだったはずだが……
曲がニ長調からイ長調へと転調する。
『Vere passum, immolatum in cruce pro homine,』
私はキリスト教徒でも、音大出身でもない、ただのクラオタだ。だから、この歌詞の一字一句の意味までは知らない。でも、知っている限りの知識で、試練云々のところはこれから王宮へと行く私の気持ちにぴったりだと思って選んだ。知らせるまでしてほしいわけじゃないけれど、どうかせめて、ハルモニア様が見守っていてくれますように。
ここで、弦楽器とオルガンの短い間奏が入る。そしてここからは、
『Cujus latus, perforatum un da fluxit et sanguine,』
この曲が作られたのは、1791年、モーツァルトが亡くなる半年前だと言われている。この頃、モーツァルトの妻コンスタンツェの病状が悪化し、療養のためにバーデンへと向かった。しかし、モーツァルト自身は歌劇『魔笛』の仕上げのために、ウィーンを離れることができなかった。
そんなモーツァルト夫妻のために、バーデンでコンスタンツェをなにかと助けてくれたのが、現地の教会の合唱指揮者アントン・シュトルだった。モーツァルトは、お世話になった彼に感謝の気持ちを込めてこの合唱曲を作り、彼に直筆の楽譜を贈ったと言われている。
1小節の繋ぎを経て、最後に元の明るいニ長調に戻ってくる。一段一段、空へと続く階段を昇っていくような旋律にモーツァルトがこの曲に込めた感謝の気持ちと、私のハルモニア様への祈りを込めて弾く。
『Esto nobis praegustatum, inmortis examine, inmortis examine』
そして、最後の歌詞を繰り返し歌うところでソプラノと第一ヴァイオリンが
旋律自体はとても単調だ。だが、これだけ単純なつくりのメロディーにも関わらず、全く違和感を感じさせない4回の転調。そして心が震えるほど美しいハーモニー。単純だからこその難しさだってあるはずなのに、それをさらりとこなしてしまう才能。
35歳の若さで亡くなったモーツァルトが、もしもっと長生きしていたら……『私たちの財産は、私たちの頭の中にある』という言葉を残したくらいだもの。もっともっと多くの名曲が生まれていたに違いないのに。ああ、なんてもったいない!
私は、歌の後に続く最後の3小節にわずかに
最後の音がリュフトシュタインから離れ、壁や天井に跳ね返り、そしてすうっと消えていったのを確認し、私はふっと息をついた。今日は私が勝手に祈っただけだし、単純にリュフトシュタインの効果かもしれないが、この美しい調べのおかげでずいぶんと心が落ち着いた。
大丈夫。きっと大丈夫だ。前を向いて、堂々と王宮に行こう。何事もなるようになるんだから。
私はそう自分を励ますと、いつものようにリュフトシュタインに労りの気持ちを込めてひと撫でした。そして、ぴょんと
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